自称・勇者レックス
街を出たレックスは、北へと向かう。目指すは王国北方にある魔族領。
その道中、レックスはいくつもの町や村を救った。それはまさに、英雄さながらの活躍であった。さすがに王国内に魔族はいないが、魔物たちに苦しめられている住民は多くいる。彼らを助けるのも勇者の大事な仕事だ、レックスはそう考えていた。
例えば、王都の北、山間部に位置するトワール村。ここでは、近くの山にドラゴンが住み着き、住民達が困っていた。田畑だけでなく、人的被害が発生していたので、ドラゴン退治を買って出た。住み着いていたのは、毒攻撃を使う厄介なポイズンドラゴンであったが、何とか討伐に成功。住民達はレックスの強さを称え、感謝の言葉を並べていた。
他にも、ゴブリンの大群に襲撃されていた街を救ったり、炭鉱近くのトロールの巣を壊滅したりした。町や村を救う度、レックスは自らを勇者と名乗った。これで、『勇者・レックス』の名は瞬く間に広がっていくことだろう。レックスはそう思いながら、魔物を倒していく。
今レックスが滞在している町、グレースフィールドも例外ではない。レックスが勇者だと名乗るや否や、すぐに悪霊の討伐を依頼された。グレースフィールドは歴史の古い町で、町の中心部には神殿がある。その神殿地下に、悪霊が住み着いてしまっていた。レックスは依頼を受けるとすぐに神殿地下に赴き、無数の悪霊を強力な光魔法で一網打尽にしたのだった。
悪霊を討伐した後、レックスは神殿の書庫へと向かった。
ノースタウンは勇者の伝承を多く伝える町であり、古の勇者と魔族との闘いを記した書物が多数、神殿に貯蔵されているとのことだ。レックスは子供の頃から勇者の伝記を読むのが好きであったため、神殿長にお願いして閲覧を許可してもらったのだった。
書庫へ入り、さっそく勇者の伝記を手に取るレックス。レックスの目は、少年のように輝いていた。書物の内容は、勇者の強さを称える英雄譚ばかりであった。強い勇者が魔族たちを蹴散らしていく。自分もこの伝説のように、魔族を蹂躙するのであろうか。自分の未来を創造し、レックスは思わずほほを緩ませる。
ふと気が付くと、レックスの目の前には神殿長が座っていた。
「どうですかな、勇者の伝記は」
ゆっくりと、落ち着いた口調で話しかけてくる神殿長。
レックスは書物の内容にとても興奮していると伝え、閲覧を許可してくれた神殿長に改めて礼を言う。
その反応を聞いた神殿長は、レックスにとって意外な言葉を口にする。
「どうやら、レックス様はまだ『本当の勇者様』をご存知ないようだ。これらの書物は全て、私に言わせれば紛い物です」
レックスは、神殿長が何を言っているのか分からなかった。魔族を圧倒する強い勇者。多少脚色はあるのかもしれないが、伝記の中の勇者は、レックスの思い描く理想像にピタッとはまっていた。
彼らが紛い物であるはずがない。
怪訝な表情を隠さないレックス。それを意に介さず、神殿長は続ける。
「私は、何十年も前に『本物の勇者様』に会ったことがあります。彼は本当に素晴らしい人物で、伝記の中に記されている勇者とはむしろ対局に位置するようなお方でした。どうやら、伝記の内容は世間受けがいいように、史実とはだいぶかけ離れた内容になっているようです。
あなたも、『本物の勇者様』に会えばきっと私の言葉の意味が分かるでしょう。」
まるでレックスが本物の勇者ではないかのような物言い。レックスはいらだちを隠さず、席を立つ。
なにより、神殿長の『伝記の中の勇者は紛い物』と言う言葉が、レックスには許せなかった。
自分の理想を否定された。そう感じたレックスは、神殿長に挨拶もせずに書庫を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます