第零夜 蒼銀の鬼と黒衣の僧 ろ

 黒衣の僧と闘った日から十年が経った。

 十年前に思った通りに、黒衣の僧の名はこのときには最強の僧として広まっており、辻斬りはどこか鼻が高くなる思いで彼の噂を聞いていた。

 そんな中、辻斬りは十年前から変わらず蒼銀の鬼の手掛かりを追う日々を続けている。


「それにしても、あれは惜しかったよなあ」


 一年前にとある島で蒼銀の鬼へ後一歩まで迫ったときのことを思い返す。

 辻斬りが来る直前まで蒼銀の鬼はそこにいたようで、死体は温かく、血はまだ乾いていなかった。

 この十年で、蒼銀の鬼はさらに伝説を築き上げていたし、黒衣の僧も名を上げている。

 自分だけがまるで変わっていないような気がして、普段は明るい辻斬りも少しだけ気分が沈む心地だった。

 

「ま、蒼銀の鬼を斬れば全部晴れるだろうしいいか。あの黒衣の僧が来てくれてもいいけど」


 黒衣の僧は結局、あれから辻斬りの前に姿を見せない。

 まだ辻斬りより強くなったと思えていないのか、あるいは単純に忘れているのか。

 ともかく、辻斬りはやっとのことで掴んだ情報を頼りに蒼銀の鬼の目撃談があった場所へ足を運ぶことにした。 

 そこにはまたも蒼銀の鬼の姿はなかったが、十四、五くらいと思える若い山伏が一人立っていた。

 辻斬りの中で十年前の光景が蘇る。

 この若い山伏も『闘って欲しい』などと言いやしないかと、辻斬りは警戒する反面、少し期待もした。

 若い山伏は辻斬りに気付くと、少年らしかぬ落ち着いた声音で呟く。


「あなたは……ああ、ひょっとして鬼を斬り殺して回るという辻斬りの方でしょうか?」


 いきなり自分の素性を言い当てられたことに驚く辻斬り。


「どうして分かったの?」

「ここ十年、あなたが蒼銀の鬼に関連する場所で度々目撃されています。そして腰の刀。

 何より、あなたのまとっている気配は並大抵のものではありません」


 十年前となると、この若い山伏は四つか五つだろうに、よく調べているものだ。

 辻斬りは若い山伏が知識と知恵とを併せ持っていることを認めながらも、力自体は大したことがないようだと軽く落胆する。

 そもそも、黒衣の僧と同じだけの力、あるいは気概を期待するのが無茶な話だった。


「私もあなたと同じく、蒼銀の鬼のことを調べてここへたどり着いたのです」

 

 若い山伏は辻斬りに聞かれるより先にそう言った。

 彼自身が蒼銀の鬼のことを調べていたからこそ、同じように蒼銀の鬼の足取りを追っていた辻斬りにすぐに思い当たったのだろう。

 十年経とうとも、蒼銀の鬼の人気は衰えるところを知らないようだ。

 実際、強さと美貌を兼ね備えた蒼銀の鬼に、殺されたいと考える奇妙な人間(主に若い女性)も少なくないらしい。

 もっとも、目の前の男がそんな人間の一人とは決して思えないが。


「で? 君は蒼銀の鬼に会ってどうしようっていうのかな?」

「それもあなたと同じですよ」


 若い山伏は辻斬りの予想通りの答えを返した。

 十年も狙っていた獲物を、こんなぽっと出の若造に取られては堪らない。


「悪いけど、蒼銀の鬼は僕が斬る。手を出さないでくれないかな?」

「私としては、誰が蒼銀の鬼を葬ろうと一向に構わないのですが、だからといって他の者に任せきりにする気もありません」


 辻斬りは腰の刀へと手を伸ばしかけたが、こんな少年に蒼銀の鬼が滅せるはずもないかと考え直す。

 放っておいても問題はないだろう。

 もしも今後、どうしても邪魔になるようであれば、そのときに斬ればいいだけのことだ。

 そう結論づけると、辻斬りはその場を離れ、再び蒼銀の鬼の手掛かりを探すことにした。

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