発砲障害(イップス)治療におけるカウンセリングの実例

イップス (yips)


主にスポーツの動作に支障をきたし、突如自分の思い通りのプレー(動き)ができなくなる症状のことである。




(的の前・少女と軍服女性並ぶ)


⦅構えろ⦆


「Yes.sir」


⦅安全装置を外せ⦆


「Yes.sir」


⦅撃て⦆


「…………………」


⦅どうした…撃て⦆


「…………………」ガクブル


⦅撃てと言ってるだろうがァ!⦆


「ああああああああああああああああああ!」


ドドドドドドドドドドドド


(明後日の方向に弾飛んでいく)




(建物内廊下)


(軍服女性と白衣女性が歩きながら話している)


{ありゃダメだね。死神どころか貧乏神だ}


⦅ああ。だが捨てるには惜しい。「経験を積んだ少女兵」は得難い財産だ⦆


{じゃあまたアソコに送っとくよん}


⦅頼む⦆




(以下キャラの台詞を絵・地の文をレポート用紙?形式で書く)


(綺麗な病棟・カウンセリング室)


(ひたすらカウンセラーの主観カットから少女を写す)




7/14(月)


【カウンセラーの西野(仮名)です。よろしく】


「…………………」


こういう目を何度も見てきた。何も見ていない目。思考を止めた目。最も正常に思考出来る人間があの戦場を生き抜けたとは到底思えないが。


【…挨拶は】


「命令であれば」


【挨拶をして?】


「Yes.sir。おはようございます。西野カウンセラー」


先は長そうだ。




7/15(火)


【好きな物は何?答えて】


「……………………」


【何でもいいのよ。男の子とか…音楽とか…】


「…ごはん」


【ごはんが好きなのね。好物は何?】


「ガム。無くならない」


【そっか!じゃ明日買ってくるわね!珍しい味のヤツ!】


心なしか口元が緩んだ気がした。古典的な手。


少年少女にはお菓子。男性には笑顔。女性には(滅多に来ないが)共通の敵。


どいつもこいつもまったく一緒だ。




7/16(水)


【えっと…言いづらいんだけどね】


【貴方が何故ここに来たか…話してくれない?】


ガムを噛み私を見る様になった目がまた焦点を消す。時期尚早か。


【ゆっくりでいいのよ…ゆっくりで。私はあなたに危害を加えない。話したくなったらその時に―


「銃が…」


「銃が…撃てないから」


よし。この言葉を「本人から」引き出せたのはでかい。罪悪感が生じる。


【そっか…辛かったよね。でも大丈夫。銃が撃てないのは貴方のせいじゃない。全部悪魔が悪いの】


「あくま…?」


【そう。貴方が銃を撃とうとすると悪魔が忍び寄ってきて「じゃましてやる~!」って銃を変な方向に向けちゃうの。だから私達は二人で協力して悪魔を倒す。分かった?】


「…わかった」


悪魔、か。悪魔は時に「病気」だったり「精神性障害」だったりする訳だがそこは本質ではない。


「本人と症状の完全分離」「共通の敵作成」の為の方便ってヤツだ。




7/17(木)


【おはよう。今日はベッドに寝てくれるかな?】


「分かった!」


随分素直になってきた。ありがたい。治療がスムーズに進む。




【悪魔を倒す為には…いつどこで悪魔に取り憑かれたかを知らなきゃダメなんだ】


【だから私の質問に答えて。OK?】


「…どうしても?」


【ごめんね。悪魔を倒す為なの】


「…。Yes.sir」


権利をチラつかせた様に見えたか。全くこの年頃の少女は扱いが難しい。




【銃が撃てなくなったのはいつ?】


「…6/10。いや…その次の日から」


【6/10。その日は戦場に行って…それから?】


「サラ(仮名)と話してて…「昨日のチョコおいしかったね!」って言ったら「とっといてあるから一つあげる」って言われて…サラがリュックに手を入れて…」


「そしたら岩の後ろから人影が急に出て来て…で…」


【…それから?】


「…………………」


【…………………】


「…じゅう…もって…うって…うって…うって…」


「となり…みたら…サラが…」


「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」


(西野少女抱きしめる)


【ごめんね…ごめんね…ごめんね…】




「カウンセラー」。人のトラウマをほじくり返す職業。


頭では分かっている…が未だに慣れない。慣れてはいけない、とも感じる。


最も正常に思考出来る人間がこの職業を続けられるとは到底思えないが。






8/16(金)


一ヶ月。少女が「6/10」をある程度冷静…客観的に捉えた。


少なくとも泣き叫びはしなくなった。次の段階だ。


(的の前・少女と白衣女性並ぶ)


【じゃじゃ~ん!】 


「…何コレ」


【水鉄砲!今日はコレで練習しよっか!】




【構えて?】


「Yes.sir」


【安全装置を…外して?】


「Yes.sir」


【…撃ってみて?】


「…………………」


【…大丈夫。ただの水鉄砲だよ】


「…………………」ガクブル


【…分かった。また明日がんばろ?】


(ピャアアアアアアアア(水鉄砲が吹き出るカット))


「あ…あああ…ああ…」


(西野少女の手を掴み振り向かせる)


【見て】


「…………………」


【私の目を見て。体温を感じて】


「…………………あったかい」


【あったかい。目は動いてる。私は生きてる】


【水鉄砲を撃っても隣の人は死なない。分かった?】


「…うん」



よし。ここまで来た。後は「水鉄砲」を「エアガン」に…「エアガン」を「ライフル」に変換出来れば一件落着だ。


吐いた。






10/18(土)


【構えて?】


「Yes.sir」


【安全装置を…外して?】


「Yes.sir」


【…撃ってみて?】


「…………………」


【大丈夫。落ち着いて】


(ドドドドドドドドドドドドドド(銃の発砲音))


「撃てた…私…撃てた…」


【やった!やったね!○○ちゃん!】


「うん…うん…ありがとう!」





成功だ。人を撃てるかは分からないが上の連中が出した基準ラインはクリアしている。


早急に招致がかかるだろう。


吐いた。吐いた。吐いた。未だに慣れない。





10/19(日)


【退院おめでとう!】


パーティを開いた。二人でケーキを食べた。ホールは高いのでショートケーキを二人で半分こした。


「ねえ…先生」


来た。


「私…先生が先生でほんとに良かった」


やめろ。


「だからこれ…プレゼント」


やめてくれ。


(大量の10円ガム)


「先生の好きな物よく分かんなかったからさ!私が好きな物―


頭の中でなにかが切れた。




【銃…貸して?】


「いいけど…どしたの急に」


(銃を床に叩き付けて壊す)


【こんなもの!こんなもの!こんなもの!こんなもの!】


(何度も踏みつけて粉々にする)


「え…と。先生?」


【ガムより美味しい物なんかこの世に一杯あるよ!貴方が見たら卒倒するようなイケメンだって世界にゃ沢山いるんだよ!貴方が銃担いで友達殺されてイップス扱いされてる間日本の子はニコニコ動画で淫夢動画とか音MADとか見てんだよ!】


【滑舌クソ悪先生の授業BGMにしながらラクガキに没頭して休み時間に友達と見せ合ったりさ!帰り道に今流行ってるアニメの話しながら買い食いしたりさ!球蹴りやらボードゲームやらをちょっと引いちゃう位真剣にやったりさ!】


【なんなんだよ!?なんなんだよこれは!?なんで友達殺されて怖くてもう銃撃ちたくないってのが病気なんだよ!?正常だよ!!それが正常な人間の反応だよ!!怖いじゃん!!逃げたいじゃん!!治療とかそーゆー領域じゃねーだろ!!!!】


【貴方が!一体!何したってんだよ!!!!】


(…………………)


(今の話は…聞かなかった事にしておきます)


ガラガラ




吐いた。ショートケーキがぐちゃぐちゃになって出て来た。





10/23(木)


⦅ご苦労。流石の腕前だな⦆


【…………………】


⦅被験者の銃器損害の件…経緯を聞かせて貰おうか⦆


【…気の迷いです】


⦅精神病のケがある様だな。優秀なカウンセラーを充てよう⦆




10/30(木)


[カウンセラーの東(仮名)だ。よろしく]


【…あの】


[何だ]


【私が担当したあの娘…どうなりましたか】


[死んだ]


【そうですか】


それきり黙った。精神病には到底見えない。


最も正常に思考出来る人間がこの職業を続けられるとは到底思えないが。






おしまい

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