Time walk

「いらっしゃ…なんだアンタか。腐りかけのコイキングかと思ったぜ」


「うるせえな。草技受けたヌオーみてえな顔しやがって」


「注文は?」


「いつものだ」


「あいよ。モコシのみウイスキーのストレートな」






「景気はどうだい」


「座敷童でも転がり込んだみてえさ。閑古鳥が泣いてるこの店に分けてやりてえよ」


「どうせあの騒動のお零れだろ」


「知ってたか」


「時間転移ドラッグ『Time walk』の誕生。ドラッグを使った荒稼ぎ方法の発見。次々と未来にトんでく人類。それに伴う人口の急速な減少。TVじゃ毎日そんな話だ」


「その通り。Time walk...『時渡り』。ドラッグの名前にしちゃ随分幻想的じゃねえか。『未来にゃ金が埋まってる』。こいつぁ売人の売り文句」


「路地裏で一言未来を称えばヤクが飛ぶ様に売れていく…か。お蔭でTime walkとその原材料の木の実の価値がウン百倍に跳ね上がったらしい。買占めときゃ一生遊んで暮らせたのによ」


「皆思う所は同じよ」


「しかしお前さんがそんな危ねえ稼業をやってたとはね。腐りかけのコイキングから両髭が切れたコイキングに格上げしなきゃだな」


「その必要はねえよ。んなもん齢七十の爺に務まる職じゃねえ」


「じゃ何やってるんだい。齢七十の爺にも出来て座敷童でも転がり込んだみてえに儲かる仕事なんて物があったら是非聞きたいもんだね」






「Time walkを吸った人間。どうなると思う」


「そりゃ…。消えるんじゃないか。フッと。で未来に現れる」


「違う。仮死状態になるんだ。で一日後に蘇生する」


「そんな話聞いた事無いぞ」


「TVにかじり付いてるのが悪い。ちったあ自分の目で現場を見やがれ」


「分かった分かった」


「で…だ。大体の奴は自分の家でトぶんだが馬鹿な根無し草が公共施設・ワイルドエリアで傲岸不遜にトびやがる」


「社会性をどっかに置いてきたんだろうな」


「同感だ。だがソイツをほっぽってく訳には行かない。公共施設だったら運営に差し障る。ワイルドエリアだったらポケモンに食われて死ぬかもしれねえ。だからそいつらを目立たねえ場所に移動してやって時間になったら元に戻すって訳よ」


「地味な仕事だな」


「仕事なんざ大抵地味よ。それに国から金も貰える。経済成長政策の一環として補助金が出るらしい。齢七十日雇い爺には十分な額だ」


「お国もとうとうヤキが回ったか」


「まあ国の連中もTime walk買占めてるらしいからな。皆でトべば勝手に金が増えてハッピー!って事よ。で貧乏くじ引く人間にはした金くれてやろうってこった。Time walk値崩れのリスクを考慮すれば妥当な処置だな」


「そういうもんかね。俺には難しすぎて分からんよ」






「他にも荒稼ぎ方法に必要な巣穴。ワイルドエリアに点々とあるアレだ。あそこは近い内通勤ラッシュもビックリの人口密度になる。だから緩和の為の交通整理の人員も必要になる。さっきの理屈で国が給料出してくれるから支払いもそこそこ良い。働き口には当分困らんな」


「なるほどねえ。なにやら景気の良い話だ。アンタもモコシのみウイスキーなんて安物飲んでないでもっと高い酒飲もうや。金には当分困らないだろ。Time walk様に感謝の盃だ」


「やめとくよ。どうせこんな上手い話すぐに潰れる」


「なんだい。悲観的だな」


「考えてもみろ。Time walkの量は有限だ。つまりどっかで採算が取れなくなる日が来る。Time walkの価格がTime walkで得られる稼ぎを上回る日がな」


「そりゃそうだ」


「そうなったら荒稼ぎする奴は減る。で採算が取れなくなったから補助金は打ち切られ諸々の仕事も無くなる。元の木阿弥ってこった」


「ははあ。なるほどねえ」


「それだけじゃねえ。Time walkが売れてるのは何故だと思う」


「え?そりゃ未来にトべるからだろ」


「違う。皆がTime walkを買えば儲かると信じているからだ。しかし今の所大金を手にして未来から帰って来る様な酔狂な輩はいねえ。その前提が崩れればTime walkなんざ只の木の実パウダーだ」


「成程ねえ。信用あってのTime walkか」


「そういう事だ。こんな危うい環境のお零れをバカ高い酒に注ぎこむ気は無いね」






「手厳しいなあ。…おっと。もう閉店だ。また来てくれ」


「お前さんの店が潰れてなきゃあな」


「減らず口を。そういやアンタはTime walk使わないのかい。今ならそこそこ儲かるんじゃないか」


「こういうのはな。我々パンピーに情報が流れて来てる時点でもう落ち目なんだよ。それにあの巣穴の前で数時間並びたくはねえ。足がイカれちまう」


「成程。じゃまた明日も人担ぎか。腰に気を付けろよ」


「心配すねえ。このカウンターでツイストダンス踊れる位にはピンピンしてらあ」


「そうかい。こいつはサービスだ」


「何だこりゃ。…湿布か。オレン印だな」


「近頃腰痛が酷くてね。余ったからやるよ」


「嘘が下手だな」


「お前程じゃないさ」


「そうかい。じゃあまた」


「おう」








おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る