レッツゴー異世界

偏屈作家包装氏は呻いていた。


理由は言うまでも無く明日締め切りの原稿のネタである。いつぞやの原稿料は頂戴頂いたその当日に上カルビ・ホルモン・タン塩・米・キムチ…と化して腹の底に消え去ってしまった。


金が無ければ飯は食えぬ。これ即ち自然の摂理。生粋の怠惰者包装氏も言うに及ばず。という訳でここ数日は霞の中に肉を見出し水の中に酒を見出す高潔なのか低俗なのかよく分からん生活を送っていた。


ネタが浮かばねば字のごとく死ぬ。絶体絶命断崖絶壁八方塞がり背水の陣。ぜえいやあとありったけの力を込めてネタ作りに励むも腹ばかりがぐうぐう鳴り響き思考は拡散の一途を辿る。


そうこうしている内に体の感覚が無くなり頭もぼおっとして来た。腹が減りすぎるともはや腹が減っている事すら分からなくなるのだなあと呑気な思考が脳味噌を駆け巡る一方で脳味噌の奥底すなわち本能ではこれが「死」と呼ばれる物である事を薄々把握していた。


始めは死因が餓死では情けないやら家族親戚の顔やらの諸々が浮かぶ。中ほどでは今までの自伝いわゆる走馬燈がモワモワと立ち昇りいや改めてろくでもない人生だったと省みる。


最後にはただ肉への思いが募りに募るまるで肉に惚れたかと思わんばかりの肉恋慕。特上カルビにホルモンタン塩豚肉胸肉桜肉。せめて来世生まれ変わったら飽きる程の肉をほうばりたい…と考えた所で意識が途切れた。






「YO!YO!生きてる~~~?ってもうとっくに死んでるか!イッツ転生者ジョーク!ハッハッハ!」


…やかましい。何だこのグラサン掛けた白髭HIPHOPクソジジイは。てか髭長すぎるだろ。髭先が足先に付いてやがる。


「YO!YO!ででででで~~~?YOUは何しに天界に?」


タンクトップ短パンスニーカーグラサン白髭HIPHOPクソジジイが今しれっと重要な事を言った気がする。


「天界?今天界と言ったか」


「YO!YO!YES I DO!IT's a 天界!転生チャンス!」


「転生チャンスだと?どういう事だ」


「YO!YO!転生チャンス!You can go to I!SE!KA!I!」


異世界を一音ずつ強調するな。読み辛い事この上ない。


しかし事情は完全に理解した。つまり私は死んでここは天国でチート能力を持って異世界に行けるという事だ。


「YO!YO!話を戻すぜ!YOUは何しに天界に?」


「私は…」


「前世で特上カルビホルモンタン塩豚肉胸肉桜肉を食べたいと嘆いて死んだ。だから来世では肉をたらふく食べたい」


阿呆らしいがこれが私の嘘偽り無い願望であった。


「了解致しました。ではプランを幾つか提示致します」


いやYO!YO!ほざくYouのHIPHOPは何処に行ったんだよ。タンクトップ短パンスニーカーグラサンが泣いてるぞ。キャラを放棄するんじゃない。






「プラン1『百獣の王ライオン』です」


「待って」「はい」


「こういうのって普通人間に転生する物でしょ」


「人間とかいう貧弱な生物よりライオンの方が良いですよ」


返事になってない。


「じゃチート能力は?チート能力はないの?」


「ライオンのメスに滅茶苦茶好かれます。肉たらふく食べられる上にハーレムですよ。最高じゃないですか」


私はライオンのメスに興奮する様な異常性癖ではない。


「却下で」「了解致しました」




「プラン2『食人鬼


「待って」「はい」


「人間に転生したいんですけど」


「人間の肉はそのスジの方にはとても高い評価を頂いている超良質高級肉なんですよ」


そう…。


「人間でお願いします」


「了解致しました」




「プラン3『屠殺業者』です」


「…あの」「はい」


「もう少し…その…何というか…華やかというか…」


「中世の食糧周りの管理はガバガバですからね。端肉を少々ちょろまかせば毎日肉尽くしの生活です」


返事踏み倒しがテンプレになって来た。


「あの…チート能力…」


「屠殺のスピードが1.1倍に上がります」


「却下で」「了解致しました」






「もっと恰好良くて華やかな奴をお願いします!」


「わがままですね…正直貴方の様な死に方となるとランクが…これならどうでしょう」


「プラン4『勇者一行』です」


初めてまともそうなプランが出てきた。興奮してきたな。


「チート能力は『強靭な意思』。全能力上昇率が一般人の10倍&自分の意思を貫き通す心の強さを得る事が出来ます」


「信頼出来る仲間もいます。全員女の子です」


良い事づくめじゃないか。…待てよ。


「こんな良い条件が何故今まで残ってるんですか?後これが肉尽くしの生活にどう関係するんです?」


「それは…ええと…その…」


露骨に語尾を濁してきたな。


「教えて下さい」「うぅ…わかりました」




「まずですね…この国は勇者関連の待遇がすこぶる悪いです」


「貴方の世界で言うニートとそう変わりません。穀潰しに補助金出して国外にポイ。支援は無し。体のいい厄介払いですね」


そういうカラクリか。名ばかりの勇者と言った所か。


「大体の人はそこらで死ぬんですが貴方は全能力上昇率が一般人の10倍。普通に生き残れます」


「そこで同じ様な境遇のそこそこ強い魔法使い・剣士・僧侶と出会います。仲良く冒険したりキャッキャウフフしたり。ラッキースケベやら恋やらの一つ二つあるかもしれませんね」


THE・異世界物って感じだな。


「だけど進めば進む程環境が厳しくなるんですよ。魔王の本拠地に近づく訳ですからね。当然です」


「で食料を買える村も少なくなると。そうなると…ですね」


また言いよどむ。


「魔物を…食べるんですよ。大人の魔物の肉は筋肉が硬化して食べられないので子供を村からさらって殺して裁いて…」


「で子供ですから抵抗もしないんですよ。凄い綺麗な目で「おかーさんは?おとーさんはどこ?」なんて言ってね」


「でその目を見ると初めの内はとても食えないなんて思うんですけど空腹には勝てないんでね。食べる訳です」


「それがまた美味いらしいんですよ。空腹と背徳感って奴ですかね。それで病みつきになって。また食べるんです」


「でそれを続けてると子供がいなくなる。でまた腹が減る。でも意志が強いから諦めて何やらする事も出来ない」


「でそうなると一番近くにいる肉は何かって話に


「ストーーーーーーップ。もういい。もういい」


「肉尽くしの


「それ以上いけない」




「とまあこういう訳です」


いや話が重すぎるだろ。温度差がすごい。


「これでダメだったらもう人間の転生先は無いですね」


「じゃあ諦めます。ライオンとして転生を全うします」


「それが良いですよ。それではこちらへ…アレ?」


手を掴まれたがすり抜ける。見れば私の体が透けていた。


「どうやら生き返れた様ですね」


そんなんアリか。創作特有のご都合展開って奴だな。


「人間に転生するならもっと良い死に方をする事ですね」


死に良いも悪いもあるか…と考えた所で意識が途切れた。






見知らぬ、天井。


と言いたい所だがこの天井にはバチクソ見覚えがある。


昔盲腸で入院した時の病院だ。腕を見れば点滴が施されている。どうやら栄養失調による仮死状態から何やかんやで回復した様だ。


何やら夢を見ていた様な気もするが全く覚えていない。まあ夢なんてのは覚えていない方が健全という物。


机の上には原稿用紙が数枚。恐らく編集者陽氏が発見なり通報なり色々やってくれてその時に原稿も持って来たのだろう。今は席を外しているようだが。あいつはそういう男である。


さて締切当日。時間はまだあるし短編でも書くか。テーマは…そうだ、流行りの異世界転生物はどうだろう…。






おしまい

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