刻印

わたしはどうも印象に残りにくい質らしい。


同じクラスの人は誰も私を覚えていない。もちろん先生も。


親は私の名前を呼ぶ時いつも言いよどむ。こっちはもう慣れたもので胸につけたネームプレートを差し出す。


会話はいつも自分達の愚痴。あと学校で何があった~みたいな決まりきった問答。いつも通り何も無かったよと返す。


ここまで来ると何かの霊にでも取り憑かれているのかもしれない。




時々わたしが死んだ後の事を考える。


葬儀は恐らく行われる。


だけどそれはわたしへの惜別の儀式ではなく遺体を腐る前に処理しようだとかおとなりさんに白い目で見られないためだとかそういう目的なんだろう。


みんな誰かもわからない人間に向かって何時間もうつむいて正座して黙り込む。わたしのためではない。自分のためだ。


お坊さんは誰かもわからない話した事も無い人間に向かってお経をひたすらに唱える。わたしのためではない。金のためだ。


で親戚同士で集まって高い寿司を頼んで酒を飲んで騒いで寝て起きて寝て起きて寝て起きる。でわたしはどこにもいなくなる。そういうものだ。




いやわたしはもう何処にもいないのかもしれない。


人が真に死ぬ時がすべての人の記憶から消えるときであれば私はもう誰の記憶の中にも存在しないのだからもはや生きているとは言えない。


物体は観測されてはじめて物体になる。観測されない物体は存在しているのだろうか。それは存在と非存在の間をただよう飛沫のような柔らかい物なのだろう。


海の真ん中でぷかぷかうかぶ自分を想起する。だれもいないところで。GPSやら衛星やらのやぼな話はなしだ。


他人はわたしが存在していることをしらないがわたしはわたしがここにいることをしっている。


わたしだけがわたしをしっている。それはひどくすばらしいことだ。全ての事象と独立されて私という存在だけが私にコネクトされている世界。自己完結だ。すべてが閉じている。


ウロボロスの輪だ。わたしはわたしをたべていきる。ふるいわたしがたべられてそのエネルギーがまたあたらしいわたしをつくりだす。


わたしがしんでわたしがうまれる。わたしがしんでわたしがうまれる。そしてまえのわたしはいなくなる。


わたしのなかのすべての物質がわたしによって生み出されたわたしという存在に置換される。てせうスの船だ。




そとはひどくさむい。こごえてしまいそうだ。


わたしのなかのひかりがわたしのなかのわたしをてらしだす。てらしだす。


そのひかりはいつもそとをさしている。


そのひかりはわたしをうごかす。


のこせ。のこせ。のこせ。


わたしはわたしというそんざいがそんざいしていたせかいがわたしをひていするのがこわい。


「貴方は元々この世界に存在していなかったんだよ」


きざむ。きざみつける。わたしがそこにそんざいしていたことを。


「爪跡は雨と風できれいに洗い流されてしまう」


しゃくりとえずきが止まらない。くるしい。くるしい。


「きみは死ぬのさ」


まわりは塩水ばかり。なにも。なにもない。


「さようなら」


わたしは舌を噛み切ってその血を塩水に混ぜた。


血塩水はどんどんうすくなってほどなく何時もの慈愛をたたえた藍色に戻った。






おしまい

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