道
電車が来る。ドアが開く。足が。出ない。お腹が痛い。呼吸が出来ない。吐き気がする。後ろに並んでた人が私を避けながら電車に乗り込む。ドアが閉まる。電車が行く。
今日も、行けなかった。
ベンチに座る。ため息をつく。学校に間に合う最終電車。分かっていても乗れなかった。体が拒否していた。これで3日目だ。
親には何とか誤魔化してる。けどもう限界かもしれない。親に連絡が入ったらきっと叱られる。で逃げない様に車で送り迎えされて。また戻らなきゃならない。あの場所へ。
それだけは嫌だ。嫌だ。嫌だ。でも何も出来ない。何もしたくない。頭がぼうっとする。何も考えたくない。次の電車が見えた。快速だ。この駅には止まらない。膝に力を入れる。腰を上げる。歩く。歩く。前に。前に…
「こんにちは」
足が止まる。電車が通り過ぎた。白いワンピース。細い脚。腕。小学生…に見える。その視線の先は…間違いなく私。
「この町来るの初めてで…案内してくれませんか」
この町に大層な娯楽施設は無い。古びた映画館、やけに多い飲食店、潰れかけのボウリング場…それ位の物だ。半日あればおつりが来る。それでも彼女はずっと笑顔を浮かべていた。
映画館では聞いた事も無い古ぼけた洋画を見た。余命わずかの妻と支える夫。ありふれたラブロマンス。彼女は泣きじゃくっていた。
昼ごはん。お金が無いのでファミレスのランチを頼んだ。500円。彼女だけドリンクバー。色んなドリンクを混ぜて飲んでしかめ面をしていた。追加でアイスも頼んだ。足をバタバタさせて笑っていた。
ボウリングは苦手だったが彼女はそれ以上だった。店員さんに頼んでガター防止の柵を付けて貰った。一回だけストライクを取った。ハイタッチをした。痛かったみたい。少し強かったかな。
夜ごはん。コンビニのおにぎりを二人で分けた。大きい方を貰ってしまった。なんだか情けない。潮風が吹く。やはり夜は冷える。彼女と手を繋いだ。少し暖かくなった。
夜。帰る気もしない。海岸沿いを歩く。夜の海は酷く暗い表情を見せる。
「あの…さ」声をかける。
「何で…私だったのかな」
「えーと…ですね。なんだか似てる気がしたんです。貴方と、私。貴方を見た時『この人しかいない』って…そう、思ったんです」
「そっか。私も、そう思う」
「砂浜に行きませんか。靴に砂が入りますけど」
波打ち際。二人で体育座り。沈黙。
「私…ですね。死ぬんです。来週」
「小さい頃からずっと病院にいて。たくさん手術して。でもどんどん体調が悪くなって。で昨日お父さんとお母さんがお見舞いに来て。二人とも目が腫れてて。赤くて。でもいつも通りで。ああ、そっか。って。思ったんです」
「お腹が痛くて。吐き気がして。息が出来なくて。辛くて。苦しくて。悲しくて。気付いたらあの駅にいたんです」
沈黙。何も、言えなかった。私は彼女に干渉出来る人生を。葛藤を。苦しみを。持っていなかった。涙が出てきた。何故かは分からなかった。頭がぐちゃぐちゃになって。ずっと止まらなかった。
「泳ぎませんか」
そう言って彼女が私の手を引いた。足先が海水に触れる。足首。すね。ひざ。彼女は歩く。前へ。前へ。ワンピースが腰まで濡れていた。
「私、今日、凄く楽しかったです。映画館、ファミレス、ボウリング場、コンビニ。全部初めて行きました」
「こんな日がずっと続けばいいなって…そう思ったんです。こんな日がずっと、ずっと、ずっと。続いて欲しいって」
スカートが波に呑まれる。ワンピースが胸まで漬かる。
「でも、明日は来るんです。明日も、明後日も。そんなの嫌じゃないですか。明日なんて、来なくていいじゃないですか」
制服が胸まで漬かる。彼女の肩が見えなくなる。
「私、今日が一番幸せなんです」
おしまい
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