『♩♪♫♫♫♫♫♬』

海辺をドライブしてたら少女を拾った。


と言ってもナンパとかそういう類の物ではない。砂浜にぶっ倒れている所が道路から見えたから降りて様子見に行ったら意識が無かったので助手席に乗せて病院まで運ぼうって具合である。


「病院まであと3kmです。次の交差点を左に曲がって下さい」


見知らぬ土地で苦労したが何とか無事に着きそうだ。ハンドルを切る。体が大きく左側に傾く。




「………キョロキョロ」


どうやら少女が目を覚ました様である。まずは現状を説明せねば。誘拐犯と間違われてはたまった物ではない。


「起きた?今君を病院に連れて行く所だから。もう少し休んでて」


「♪♬♫♫♪♩♪」


急に歌いだしたぞ。しかもコーラスで。訳が分からない。しかしここで狼狽えてはナメられる。淡々と続ける。


「名前は?どこから来たの?親の名前言える?」


「♩♪♫♪♫♬」


また歌いだした。やはりコーラスで。どうやって一人で複数音出してるんだ。いやそんな事はどうでもいい。やはりこの娘は私を舐め腐っている。ここは一つお灸を据えねば。


「オイオイオイオイふざけてんのかオラァーッ!オラオラオラオラ!オラァーッ!オララッ!オラッ!ワッショイワッショイ!」


某漫画風ですらない何かになってしまった。やはり怒るのは難しい。


「♩♪♫♫♬♫♩」


酷く悲しげなメロディーが返って来た。それを聞いていると不思議と怒る気が起きなくなりむしろ自分が怒られている様にさえ感じた。


「悪かった悪かった。いきなり怒られて怖かったよね」


「♪♬♫♫♫♬」


今度は明るげなメロディーが返って来た。どうやら機嫌を直した様だ。良かった良かった。




病院に着く。車を止める。


「じゃあ一緒に病院まで行って診察して貰おうか。倒れてた原因が分かるかもしれないし。親にはそこで連絡してね」


「♪♫♬♪♬♫♫」


ブンブンブンと首を横に振りながら物憂げなメロディーを紡ぐ。どうやら病院には行きたくない様だ。困った。


「じゃーどうするっての…家に連れて行くわけにもいかないし」


「♪♫♬♪♬♫♫♬」


ブンブンブンと首を縦に振りながら楽しげなメロディーを紡ぐ。どうやら私の家に行きたい様だ。こマ?


仕方ない。家まで連れて行く事にした。よく考えれば交番なり施設なりに事情を渡して預ければ良かった気もするがその時は何故か思いつかなかった。




共同生活は案外上手く行った。言葉は通じないがメロディーの抑揚やピッチ、声色で大体の感情は分かる。身振り手振り表情を交えれば言いたい事は大体伝わる。ボディランゲージの重要性を痛感させられた。


今では炊事洗濯諸々を少女に任せていた。おかげで家事に使っていた時間が空く様になったので新しい趣味を始めた。作曲である。流石にあれだけ日常的にメロディーに触れていると自分で作りたくもなる。


しかし中々上手く行かない。難しい。うーむ。行き詰ったので気分転換に少女が口ずさむメロディを打ち込んでみる事にした。


先日少女の好物のエビフライを出した時のメロディーを必死に思い出し打ち込む。これだけでは寂しいのでありきたりなドラムやらギターやらをぶちこむ。完成。投稿する。


すごい反響だった。殆どの反応が「この曲を聞くとウキウキしてエビフライを食べたくなる」といった物。私は一躍時の人になった。




少女のメロディーをこっそり録音して打ち込んで肉付けして投稿する。その度にファンが爆増する。気付けば私の曲は私のハンドルネームを冠する『○○派』と呼ばれ『○○信者』なるコミュニティも発生していた。


流石に奇妙だ。私の肉付けが評価の原因でない事は過去の経験から分かり切っている。となれば原因は少女が口ずさむメロディ。何が少女のメロディの魅力を形作っているのか…調べずにはいられなかった。


「♬♪♬♫♫♪♫♬♪」


夕食中。少女が口ずさむ。表情がやや暗い。どうやら私の心配をしてくれている様だ。ありがたい。


最も私が心配される原因を作っているのも少女な訳だが。近頃少女のメロディ研究で夜更かしが続いてる。その疲れが体や表情にも出ている事は私が一番よく分かっていた。


「♫♫♪♩」


『ゆっくり休んでね』…か。他人に体の心配をされるのはいつ以来だろうか。感慨にふける。…違和感が生じる。今私は少女のメロディを『言葉』として認識した。感情ではなく。『言葉』として。全ての線が繋がった。




少女のメロディはいわば『音楽言語』。音楽は全て一つの波で表す事が出来る。少女のメロディも同様である。その波の波形や大きさをある一定の図表・法則に照らし合わせた時『言葉』が誕生する。


まあ手の込んだ暗号の様な物だ。最も少女はそう思ってはいないだろうが。何より重要なのはこれが私達にも通じ、私達がそれを自覚出来ない事である。


感情は伝播する。音楽は特にその力が強い。その為音楽はスポーツやら音楽療法やら企業のCMやら様々なシーンで視聴者の感情・行動をより望ましい方向に導く為に使用されている。


この力をもっと強める事が出来たら…無意識下で相手に行動を強制する事が出来たら…革命である。メロディの感情操作能力を無意識下への言葉でブーストさせる。少女の『音楽言語』にはその力がある。


課題は多いがこの技術を研究・体系化すれば日本を…いや世界を支配出来る。何せ音楽を聞かせるだけで相手を意のままに操れるのだ。その用途は無限大である。下卑た笑いを浮かべずにはいられなかった。




「♪♬♫♫♬」ガチャ


ドアが開いた。しまった。少女にはこの部屋に入らない様言っておいたはずなのに。うさぎ型に切られたりんごを持った少女が目に入った。私の体調を気遣ってくれたのだろう。


PC一面に広がる少女が紡いだメロディ。机・床一面に広がる少女のメロディについての研究資料。私の顔に貼り付いた下卑た笑い。少女の顔が憤怒のそれに変わる。どうやら全てを理解した様だった。


「♬♫」「♬♫」「♬♫」「♬♫」


低くかすれた声で短いメロディを繰り返す。すると私の両手が勝手に棚のナイフを手に取った。自分の意思とは裏腹に。耳を塞ごうとしても駄目だった。ナイフが首筋に近づく。『死』。




「△△××。男性。一人暮らし。趣味は作曲。『○○派』『○○信者』の祖として有名。死因はナイフで自分の首筋を掻っ切った事による失血死です」


「OK。おつかれさん」


「先輩はこの件どう見てます?」


「まあスランプによる自殺だろう。芸術家ってのは死にたがりだからな」


「偏見ですよそれ」


「悪い悪い。しかしそれ以外に考えられんよ。部屋だって綺麗なもんだ」


「確かにですね。床にも机にも何も無い。PCのデータも最低限。綺麗なもんです」


「いやしかし…あまりにも綺麗すぎる。もしこいつが一人で死んだなら…」


「先輩。見て下さいこのファイル。『遺書』って書いてあります。音楽データみたいですね」


「本当か。聞いてみよう」


『♬♫♫♪♬♫♫』


「短いメロディですね」


「そうだな」


「あ、終わりましたね」


「この件はやっぱ自殺だな。早く終わらして飯食いに行くぞ」


「了解です」








『♫♪♩♪』

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