あべこべ自販機

「全くどうしたものか」


偏屈作家包装氏は悩んでいた。


ここで何を悩んでいるのですかと聞かれた時に己の将来性であるとか作品の方向性であるとかはたまた日本文学の未来であるとか等と言えればまだ格好も付こうという物。


だがしかしあいにく私にその様な高尚な案件に心的エネルギーを浪費出来る程の余裕は残っていない。


そんな私が何に悩んでいるか。答は単純にして明快。明日締切の超短編のネタである。先週分の超短編を納品して安堵したのも束の間。


本来執筆とは計画立てて進めるべき物。それを明日やろうで良いだろうの精神で尻に火が付く締切前まで捨て置いてしまった。


過去の私の余りに愚鈍な選択に一言物申したくもなったがもはやそんな気力も無い。ネタは浮かばぬ。筆も進まぬ。催促電話は鳴り止まぬ。こんな状態では書ける物も書けぬ。


執筆は自由でなければ。独りで静かで豊かで…等と嘆いても状況が好転する訳では無い。かりそめの自由を求め負の空気が充満する六畳一間を抜け出し外の空気を吸う事にした。




しかし七月の夜は酷く蒸す。これでは部屋の方がまだマシだ。人間とは現金な物でつい五分前訣別したばかりの六畳一間の冷房が酷く恋しくなっていた。全く泣く子と地頭と暑さには勝てぬと言った所か。


等と考えていた所に某大手飲料会社の自販機が目に飛び込んで来た。これはありがたい。炭酸でも飲んで凉を取るとしよう。財布から百五十円を取り出し某社の炭酸飲料のボタンを押す。ゴトン。飲料の落ちる音がする。


やはり夏は炭酸に限る等と考えながら身を屈め飲料を手に取る。熱い。それに固い。やれ一体何事だと思い取り出してみると手に有ったのは熱々のコーンポタージュであった。


全く何が悲しくて夏の真っ盛りにコーンポタージュなど飲まねばならんのか。それにこのタイプの缶は飲み終わった後にコーンが缶の裏に残る。あれを食べようとすれば缶の底を天に向けコーンが落ちるまで缶をひたすら叩かねばならぬ。


あれを傍から見た時の滑稽さよ…等と嘆きながらも腹が減り喉が渇いていた事もありコーン一粒残さずペロリと平らげてしまった。五臓六腑に栄養が染み渡るのを感じる。そういえば今日はまだ何も食べていなかったか。




しかし炭酸への欲求が消えた訳では無い。さっきのは何かの間違いだ。余りの暑さに私と自販機の間に蜃気楼が発生していたのかもしれない等と考えながらもう一度炭酸のボタンを押す。ゴトン。飲料の落ちる音がする。


恐る恐る身を屈め飲料を手に取る。熱い。それに固い。オイオイオイまたかと思い取り出してみると手に有ったのは熱々のコーヒーであった。正直そうなる気はしていた。うん。期待した私が馬鹿だった。


もうこうなれば意地である。半ばやけくそで飲み干す。今度はやや小さめの微糖コーヒーであった。しかも私が愛飲している銘柄である。しかし自販機を見直してもその銘柄が入っていない。


奇妙な事もある物だと思いつつ全部飲み干した。目が冴え思考が澄み渡るのを感じる。やはり深夜帯のカフェインは強力。これが締切前ともなれば尚更である。




だがそれでも炭酸欲求は収まらぬ。毒を食らわば皿まで。三回目のボタンを押す。ゴトン。飲料の落ちる音がする。身を屈め飲料を手に取る。冷たい。それに柔らかい。取り出すとそれは紛れも無くキンッキンに冷えた某社の炭酸飲料であった。


ようやっとかと思いキャップを開け一気に飲み干す。旨い。全身が悦んでいるのを感じる。七月のうだる様な暑さに加え先の熱々飲料を飲み干した後だという事がその旨さを更に加速させていた。


気付けば全て飲み干してしまっていた。いや満足。だがしかしこの自販機のポンコツさは一体何だ。責任者に一言言ってやらねば気が済まぬ。調べてみると自販機連絡窓口なる物があるらしい。早速電話を掛けてみる。




「はいもしもし」


「おたくの自販機は一体何だ。てんでデタラメな飲料しか出て来ないではないか」


「その自販機は最新のAIが搭載された試作機ですね。映像脈拍諸々の情報からお客様に一番ふさわしい飲料を提供するサービスを行っております。求められた物を提供するだけなんて旧時代的です。これからはニーズの創出が…」


長くなりそうなので切った。成程そう言われてみれば悪くない気もする。実際部屋を出る前より調子はすこぶる良い。しかし自販機に勝手に選ばれるってのは何だか複雑な気分である…。


等と考える内にかなりの時間が経っている事に気付いた為いくらか負の空気が抜けたであろう六畳一間に戻る事にした。


締切まであと三時間も無いが不思議と間に合う気しかしない。認めたくは無いがあの自販機の手柄かもしれぬ。さてちょちょいと書いて原稿料で焼肉でも食べに行くとするか。






おしまい

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