わらび餅

皿にわらび餅が一つ。爪楊枝がぶすりとそびえ立つ。


円卓を挟んで小童が二人。餅を挟んで睨み合う。




「おい貴様。年長者への敬意を知らぬ訳ではあるまい。餅食う権利は我に有り」


『いや兄上。度量の心も知らぬと見える。部下には褒美を渡すべし。我餅を所望す』


「切が無い。どうしたものか」


『此奴を使いましょうぞ』


ごそりと取り出すぎらぎら時計。鈍色に光る時計に擦り切れた鎖がぶら下がる。所謂懐中時計である。




「何じゃ此奴は」


『此奴は時間を戻せる時計。針の分だけ時間が戻りまする』


「成程。ではやってみい」


『あいあい承りまして御座候』


そう言いぱくりと餅食べる。そしてかちりとぜんまい回す。然して世には何も無し。




「あいやどうした失敗か。やはり貴様は道化者。早く吐き出せわらび餅」


『待て待て兄上血を下せ。早く見たまへ皿の上』


兄上見たり皿の上。其所に有りけりわらび餅。


「成程成程これは好い。無限に餅を食える也」


『全く以てその通り。これにて問題雲散霧消』




わらび餅をぱくりと食べる兄上。


「どれどれ儂にも貸してみい。このゼンマイを巻けばよし」


そしてかちりとぜんまい回す。然して世には何も無し。


「どうしたどうした弟君よ。餅一向に現れぬ」


『この懐中時計は空間をわらび餅が有った時間まで戻す事によってわらび餅を出現させています』


『さっきは時計を五秒分戻して五秒前の空間からわらび餅を取って来た訳です。だから五秒前~餅を食べた時間に空間を戻してもわらび餅はそこには存在しません』


『このわらび餅がここに置かれたのは一分前。つまりわらび餅を過去から取って来るには一分前~五秒前の範囲に時計を合わせる必要があります』


「なるほど分かった」




ぜんまいを戻しながらわらび餅を食べる兄上。


「いや旨い旨い。しかし気になる事がある」


『何でございましょう兄上』


「儂は今10個のわらび餅を食った。しかしわらび餅は1個しか存在しないはず。残り9個はどこから来たのか」


『平行世界からでございます』




「平行世界、とな」


『時間は戻る度に分岐が発生します。例えば私が過去に戻って親を殺した場合親が殺されて自分が生まれなかった世界と親が生きてて自分も生きてる世界の二つに分岐します。なので私は消えません。これを平行世界と呼びます』


「成程。私が過去に戻ってわらび餅を9個食べた結果わらび餅を食べられなかった平行世界の私が9人誕生した訳だ。少し悪い気もするな」


『そう言うだろうと思って呼んでおきました』


「何」




『この時計の裏のスイッチを押すと…』


「「「「「「「「「餅食う権利は我に有り」」」」」」」」」


「「「「「「「「「早く吐き出せわらび餅」」」」」」」」」


「何だ…私が…9人?」


『餅を食えなかった平行世界の方々です。事情は平行世界の私が説明してくれました』


「「「「「「「「「餅食う権利は我に有り」」」」」」」」」


「「「「「「「「「早く吐き出せわらび餅」」」」」」」」」


「うわ…おい…待て…ウワアアアアアアアアアアア!」


『いい気味です。最初から素直に私に譲るべきでしたね』








『まあ上手い話は無いって事ですね』


『机に置いていた食べ物が無くなっていた時…もしかすると平行世界の『あなた』が食べてしまっているのかもしれません』








おしまい

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る