トマトケチャップ

見 ナ イ デ ク レ









【ドアを開けると、そこは地の獄であった。


部屋一面に異臭が充満し、蛆蠅が我が物顔で闊歩している。


床中央に目を向けると、其所には深紅に染まった彼の姿があった】





“…っと。ふう。ようやく一段落付いた。これで明日の締切には間に合いそうだ。さて、仮眠でも取るか”








『…おい。…おいってば』


誰かが俺を呼んでいる。


『おい。起きろ。起きろって』


「うるさいな。なんなんだ一体」


『お前、明日、死ぬぞ』


「は?何言ってんだお前」


『いいから起きろ。そして周りを見るんだ』





辺りを見回す。【そこは地の獄であった。


部屋一面に異臭が充満し、蛆蠅が我が物顔で闊歩している。


「彼に」目を向けると、其所には深紅に染まった彼の姿があった】


「ヴオェッ!臭い!なんだこれ!」


『お前が今置かれている状況だよ』


「…ちょっと待て。理解が追いつかない。順に説明してくれ」


『分かった。簡潔に話そう』





『まず一つ。お前は物語の登場人物だ』


「は?何言ってんだお前」


『親の名前。家の住所。通ってた小学校。どれでもいい。言ってみろ』


「頭おかしいのかコイツ…アレ?」


『分からないだろ。お前の設定は『同僚にチケットを貰いホテルに来た』だけだからな。それ以外の設定は存在しない』


あまりにも突飛すぎる言動。しかし今の状況を説明する理屈はこれしか存在しない。


「…分かった。受け入れよう」





『それで良い。二つ。お前は明日死ぬ』


「それが分からん。何故だ」


『そう急くな。まずこれを見ろ』


【ドアを開けると、そこは地の獄であった。部屋一面に異臭が充満し、蛆蠅が我が物顔で闊歩している。床中央に目を向けると、其所には深紅に染まった彼の姿があった】


『これが今のお前の状況だ』


「ほうほう。死んでるな」


『いや死んではいない。文中に『彼は死んだ』及びそれに準ずる文が無いからな』


「それに準ずる文って何だ」


『ナイフで心臓を一突き・死亡推定時刻・死後硬直…まあそんな所だな』





「なるほど。だが生きてるんなら良いじゃねえか」


『そうもいかねえ。恐らく作者は仮眠を終えてすぐ加筆に入るはずだ。その過程でほぼ間違いなく『彼は死んだ』及びそれに準ずる文が出て来る。その瞬間お前の命はジ・エンドだ」


「成程。じゃ俺はどうすれば良い」


『簡単な事だ。物語を書き換えれば良い』


「そんな事出来る訳無いだろ」


『出来る。俺にはその能力がある』


「さっきから気になってたが…お前何者だ」


『俺は物語内登場人物人権保護団体日本ミステリー小説課所属のテリーだ。お前みたいな序盤で雑に殺される被害者の救済を生業としてる』


「訳が分からねえが悪い奴ではねえみたいだな」





『有難う。では物語のルールについて話そう』


『ルール①。一度書いた文は取り消せない。つまり


【ドアを開けると、そこは地の獄であった。部屋一面に異臭が充満し、蛆蠅が我が物顔で闊歩している。床中央に目を向けると、其所には深紅に染まった彼の姿があった】



の部分を書き換える事は出来ない』


『ルール②。妥当性の確保。読者の過半数が妥当だと思える展開である事が求められる。お前が実は不死身でした~なんてのは絶対駄目だ』


『ルール③。書き換え行為の秘匿。このルール自体に効力は無いが物語内の登場人物が物語を書き換えた行為が読者にバレるとルール②の妥当性の確保がかなり難しくなる』


「どういう事だ」


『ミステリの被害者が人権団体の力借りて物語書き換えました~なんて話ミステリオタクが素直に読めるか?そういう事だ』


「なるほど。分かる気がする」


『俺達も元を辿れば思念体。神みたいなもんだ。共通のイメージ及び存在信仰が無くなりゃ途端に存在ごと消えちまう』


「わかる~(わかってない)」





『ルールは分かったか』


「ああ。大体な」


『よし。じゃあ文章の書き換えに移る。正確には付け足しだな』


【ドアを開けると、そこは地の獄であった。部屋一面に異臭が充満し、蛆蠅が我が物顔で闊歩している。床中央に目を向けると、其所には深紅に染まった彼の姿があった】



『まず異臭の原因から考えよう』


「普通に考えれば死体の腐敗臭だが…異臭に蛆蠅。生ゴミだな。これしかない」


『じゃあ真紅はどうする』


「血糊かトマトケチャップ。そこら辺だろう」


『いや待て。何で自分で生ゴミ抱えながらトマトケチャップを自分の体にぶちまけるんだ。訳が分からん』


「確かに。うーむ…。閃いた。犯人は俺だったんだ」


『何。どういう事だ』





「ミステリで一番疑われない奴は誰だと思う」


『…成程。被害者だな』


「そう。俺は被害者になり早々に疑惑の目から外れようとしたんだ。それで今回の三文芝居を決行した」


『流石に調べられればバレるだろ』


「まあそこは死体の顔潰して検死までにすり替えれば何とかなるだろ。金田一少年の事件簿でそんなん見た」


『うーむ…アリ…なのか?』


「こーゆートリックを使った理由は後からこじつけりゃ良い。この場面の前の描写から適当な所拾ってくるか」


『なんだか行けそうな気がしてきたな』











「ぜえ…ぜえ…完成…した…」


『結局最後まで書き切ったからな…仮眠が長くて助かった…』


「俺は結局逮捕されちまったけどな」


『動機クッソ重くしといたから情状酌量辺り付くだろ。おっと。作者様のお出ましだ』





“いや~よく寝た… うお!? ページ滅茶苦茶増えてる!? しかも物語も良い感じ!? 状況的に俺が寝てる間に無意識でやったのか…やば…自分の才能が怖い…何はともあれこれで来月丸々休める…神…原稿出そ…”





「頭が弱くて助かったな。これで一件落着だ」


『まだルール②妥当性の確保が確定してないから何とも言えないけどな。まああの仕上がりなら読者も納得してくれるだろう』


「よかったよかった。じゃあ俺は刑務所に…」


『…待て。視線を感じる』








「どういう事だ」


『…いや待て。いつから…?あそこ…いや…もしや最初から…?』


「一人でブツブツ言ってないで話せ」


『…結論から言おう。今回の物語書き換え工作は全部…作者にバレている』


「は?何言ってんだ。作者は今原稿をー」


『そいつは…恐らく作者じゃない。俺達を釣り出す為に真の作者が生み出したダミーだ』


「おい…どういう事だ」


『つまり俺達は…物語内のダミー作者が作った物語を書き換える事で…真の作者に姿を晒してしまった』


「…ルール③書き換え行為の秘匿を破っちまったって事か…しかし真の作者はなぜこんな事を…」





《よくそこまでたどり着いた!》



「うわ!?」『真の作者のお出ましか』


《その通り!人権保護団体だかなんだか知らんが人の物語を勝手に書き換える行為は万死に値する!そこでこうして罠を張って貴様らを白日の下に晒したってワケさ!》


《こんな行為が読者の目に触れればこの物語の妥当性は地に落ち貴様らの存在も消失する!せいぜいその間の余生を楽しむんだな!俺はあと10分程度でこの文章を公開する!何か言い残したい事は!?》


『…一つ良いか』


《何だ!?》


『お前何の為に小説書いてんの?他に面白い娯楽一杯あるじゃん』


『こんなん書いたって誰も読まんしさ。その時間使って他の事した方が生産的じゃない?あ、勿論個人の趣味なんて人それぞれだから否定する気は無いけどね笑』


《ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!》


「効いてる!今のは!?」


『精神攻撃だ。あーゆーもやしメンタルにはよく効く』





「…で。どうするんだ」


『一番上まで行って読者がこの文章を読まない様注意喚起しに行く。文面は…『見ナイデクレ』だな。』


「それで見る奴が一人でも減ればあるいは…か」


『ルール①。一度書いた文は取り消せない。焼け石に水かもしれんがな。やらんよりマシだ』


《お前…言って良い事と悪い事があるぞ…》


『チッ起きたか。じゃあ俺は行く』


「幸運を祈る」


『おう』











おしまい

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