制汗スプレー

「博士、何やってるんですか」


古風なメイド服に身を包んだ彼女が呟く。


「制汗スプレーさ。こいつを使わないと汗臭くなっちまう」


白衣に身を包んだ老人が返す。


「汗…ですか。人体には何でそんな面倒臭い機能が付いてるんですかね」


「お前みたいに完璧じゃねえからさ。温度調節のメカニズム・身体構造・精神構造…何を取ってもスマートじゃない。許されるなら俺が設計図を作り替えたい所だね」


「人体の無断改造は犯罪です」


「分かってる分かってる。言ってみただけよ」





「博士、どうしたのですか」


「何でもない。大丈夫だ」


「血ヘド吐いてる人が何言ってるんですか。横になって下さい」


「大丈夫だ…この作業が終わるまで…」


「駄目です。横になって下さい。命令です」


「創造主に命令か…ずいぶん偉くなったもんだな…ええ?」


「ロボットは人間に危害を加えてはならない。ロボット工学三原則第一条。常識です」


「口も達者になったじゃねえか…ゲホッ!ゴホッ!」


「ほら早く寝て。今スープを作ります」





「おはようございます、博士」


「ああ、おはよう」


「今日はお元気そうですね」


「ああ。今日はやる事がたんまりあるからな。ベッドでゴロゴロしてる暇なんかねえんだよ」


「どうせロクでもない事でしょう」


「正解だ。車を出す。座席まで運べ」


「かしこまりました」





「おはようございます、博士」


「博士…博士!?」


「お…おう…お前か…」


「症状が悪化しています!今すぐ病院にー」


「いいんだ…俺の事は俺が一番分かってる…それより俺の話を聞いてくれ…」





「俺は自分の好きな様に生きた…前しか見ないで突っ走って来た…それで良いと思ってた…だが何かが引っかかってた…でな…老いぼれ爺になってようやく分かった…」


「安静に!喋らないで!命令です!」


「俺が死んだ後お前がどうなるかってな…今時分ロボットが一人で生きるにゃちょいと窮屈だ…お前は俺の理想なんだ…そんな奴がスクラップ場で錆び付くのを見たかねえのさ…」


「な?人間の精神構造ってのはトチ狂ってるだろ…?死んじまえば何の関係もねえのにな…」


「もうやめて…もう…」


「そこを見ろ…スイッチ一つで自動的に手術が行われる…でお前さんは人間になれる…目が覚めれば欠陥だらけの人間様に早変わりって訳だ…」


「人間の構造は非効率…俺の美学にゃ反するんだが…今回はそいつが一番効率的な解だったって訳さ…へへ…皮肉な話だ…」


「でも!そこにあなたは…」


「お前はまだ若い…出会いもあれば恋もする…で家族を築くかもしれねえ…子供だって出来らあ…そうすりゃこんな老いぼれ爺に執着してる暇ねえっての…」


「おっと時間だな…じゃあよ…」


「博士!博士!博士!」








「博士はロボット工学の第一人者でした。少々我が道を行きすぎるきらいがありましたが…奥さんもさぞかし苦労されたでしょう」


「ええ。あの人は何というか…奔放で…傲慢で…横暴で…感情の表現が下手な方でしたわ」


「わかります。色々ありましたからね。今現在の身寄りは奥さんだけ。遺産も全額貴方に入るとのことです」


「そうですか」


「いやしかし今日は暑いですな。拭いても拭いても汗が出る。奥さんも喪服ではさぞかし汗だくでしょう」


「案外大丈夫な物ですよ。近頃はこんなのもありますし」


「ええとこれは…制汗スプレーですか。見た事無いデザインですな」


「博士が生前調合していた物ですの。棚の奥に仕舞われていました。バースデーカードと一緒に」


「成程。そういえばあの日は貴方の誕生日でしたな…申し訳ない。軽率な発言でしたな」


「いえ大丈夫です。あの日が…私の…本当の誕生日でした」











おしまい

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