【短編】チープカシオが刻む5分間
Edy
pi-pi!
徹は腕時計を確認した。愛用するチープカシオのデジタル表示は23:55。彼の定めたリミットまでは後5分。それまでに桜子を一人にしなければならない。彼の目的のためには、そうする必要があった。
サークルの飲み会を終えたばかりの店の前。
少し離れた自販機前から、缶コーヒーを口に含み、目を向ける。
秋の夜は寒いというのに、通行の妨げになっているというのに、みんな、動こうともしない。
何かのイベントがあったわけでもく、ただ、なんとなく集まっただけ。ただ、それだけなのに、盛り上がった楽しい時間だった。
真由美が桜子に抱きつき「好きー!」と叫び、「知ってるー!」と返す。
歌い出すやつがいれば、それに合わせて踊るやつもいる。
みんな、思い思いのやり方で余韻を楽しんでいた。
余韻を楽しみたいのは俺も同じ。しかし、今日ばかりは駄目だ。コーヒーの残りを一気に飲み干す。酔いはあるが、頭は冴えてる。
空き缶をゴミ箱に放り込む。カランと小気味よく響く。俺にはミッション開始を告げるゴングに聞こえた。
桜子を一人にするにはどうすればいいか? 簡単だ。みんなを帰らせればいい。そのための策は考えてある。
最初の策。これで、大半を減らす。
スマホに最寄り駅の時刻表を表示させた。田舎の終電は早い。輪に戻りスマホを見せる。
「博、お前、電車間に合うのか?」
「ヤベェ! 徹、サンキュ! お前等も電車だろ? 急ぐぞ! みんな、おやすみー!」
別れの挨拶もそこそこに 集団が走り去った。
あれだけ飲んで、よく走れるもんだ。駅まで徒歩で10分はかかるが、走らなくても終電には間に合う。酔いが回って脱落しなければいいが。
俺にはミッションがあるから面倒はみれない。歩きでいいから確実に帰ってくれ。
残りは、いつもつるんでいる3人組と、真由美、桜子、そして俺。
全員が大学付近で一人暮らしをしている。歩いて帰宅できる距離だから、のんびりしたものだ。しかし、このまま手をこまねいていたら手遅れになりかねない。
3人組は体力が有り余っているのか、遊び足りない様子。真由美と桜子を交えて騒いでいた。
普段でも3人揃うとヒートアップしがちなのに、酒が入っていると誰にも止められない。
「徹! カラオケ行こうぜ、カラオケ!」
「このまま朝までコースしょっ!」
「いやいや、ボーリングだろ。そっちの方が熱いって! 徹もボーリング派だよな?」
いいぞ、お前ら。俺が最高のアシストをしてやる。最近手に入れたカラオケ50%OFFクーポンを財布から出す。
よし食いついた。
「徹ナイス! カラオケ決定だな! 朝まで俺の美声を聴かせてやる! 行くぞー!」
真由美と桜子は少し引き気味。そりゃあそうだ。こいつ等に付き合うと体力がいくらあっても足りない。
俺も両側から肩を組まれるが、なんとか抜け出す。
「俺はパス。そこまで体力ねえよ。クーポンはやる。楽しんでこいよ」
「えー行かないのかよ」
「しょうがねえな。これは俺たちが有効活用しといてやる」
「ありがとな、アバヨ!」
3人は夜の町に溶け込んでいった。予想してたより、あっさり引き下がってくれて助る。いつもなら、断りきれずに路上で一緒に朝を迎えるところだ。
これであと一人。
まだ少し猶予はあるが、ここからが難題。
予定ではこの時点でミッションを達成していたはず。しかし、まだ真由美がいる。いつも飲み会の後は博の家に泊まりに行くというのに。
最初の段階で、博と一緒に消えるはずだった。
さて、どうしたものか。真由美と桜子は仲が良い。良すぎると言ってもいい。今も2人で盛り上がっている。
ラスボスに相応しいじゃないか。しかし、ラスボスから囚われの姫を救い出す話はよくあるが、ラスボスと姫が仲良しなんて話は聞いたこともないし、知りたくもない。
……思考が脱線した。集中しろ。予定外なだけに、策もない。プランB? ねえよ、そんなもん。
それにしても、この2人、これからどうするつもりなのか? ここは探りを入れるのが定石か。
声を掛けようとした時、黒マスク黒マントのラスボスが現れそうな曲が流れた。俺のスマホ。通話モードにする。
遠い昔ではなく、銀河系の彼方からでもなく、たった今、すぐそこの駅にいるはずの博だ。
『徹! ヤバい! 超痛い! 助けて!』
「落ち着け。どうしたんだよ?」
切羽詰まった声をあげる博。通りすがりの暗黒卿に辻斬りされたか。
『走ってたら転んで足挫いた。立てない。マジ痛い。スマホの画面も割れた』
「他の奴は?」
『はぐれた』
まだラスボスが控えているというのに、この追撃は辛い。博に裏切られた気分。最後の戦いの前に、仲間が敵のスパイで窮地に追い込まれる。これもよくある盛り上がる展開。
しかし、今の俺には、盛り上げる展開なんていらなかった。
「どこにいる?」
『途中にあるコンビニの前』
「すぐ行く。動くなよ」
通話を終えると2人が寄ってきた。
「どうかした?」
「博が足挫いてコンビニから動けないって。博を連れて病院行くわ。じゃあ、おやすみ。気をつけて帰れよ」
万事休す。残念だけど俺のミッションはここまで。
出来れば、今、伝えたいが、怪我をしている博を放ってはおけない。桜子と話す機会はまた作ればいい。
手を振ってから駅の方へ踏み出す。が、腕を掴まれて足が止まった。真由美か。
「私が行く。一応、彼氏だし。私が行けば博は泣いて喜ぶわ。桜子! ごめんね。また今度、泊まりに行くね」
真由美は、桜子とハグをして、俺の肩を叩き、こっそりと囁いてから、走り去った。
……あいつ、去り際になんて言った? 『一個、貸しだからね』だと?
何に対しての貸しなのか。博の事か? それとも……
まあ、いい。色々と画策したが、最後は運に助けられた。最強のラスボスは去った。博、裏切られたと思ってすまなかった。お前の犠牲は無駄にしない。
時刻は23:59。何とかミッションは達成できた。そして、ここからが、本当の戦い。
いやいや、戦ってどうする。落ち着けよ俺。冷静に、落ち着いた雰囲気で、話せば良い。『ガツガツした男は嫌われる』らしいからな。スマートに、スマートにだ。
口を開こうとしたら、先手を取られた。
「それで? 徹、私に話があるんじゃないの?」
「どうしてわかった?」
なぜだ? 誰にも話してないのに。
「そりゃあ、わかるよ。平静を装ってたけど、2人きりになろうとしてたでしょ? バレバレだよ」
なんてこった。
どうしたらいい? 伝えようと思っていたが、主導権を握られていると言葉が出ない。頑張れ俺。
入りすぎた肩の力を抜かせんがばかりに、チープカシオが軽い電子音で0時丁度を知らせてくれた。早く伝えろ、飾り立てるな、お前はお前らしく、チープなまま、ぶつかれ。
そう背中を押してくれているように感じた。
桜子は、俺の言葉を待っている。
「誕生日おめでとう。……それと……桜子が好きだ」
桜子は目を細めて微笑んでくれた。
「知ってる。ありがとうね。誕生日を覚えていてくれたのも、好きだっていってくれたのも、嬉しい」
嬉しいと言ってくれた。電飾が少ない、この田舎町が、ラスベガスのように輝いて見えた。
喜びを噛み締めていると、桜子が手を出してきた。意図が掴めずに、握る。柔らかい。
「違うよ! ……手を繋ぎたいなら握っててもいいけど」
ああ、ええと、違うの?
「誕生日おめでとうで終わり?」
……誕生日プレゼント! すっかり忘れていた!
「桜子から聞きたくてさ。何がいい?」
「忘れていたなら、正直に言った方が高感度高――」
「忘れていました。ごめんなさい」食い気味に答えると、笑ってくれた。
「それが、いいな。格好いい」それとは俺の左手にあるチープカシオ。
「安物だけど、これがいいの?」
「それがいい。自分で買おうかと思ってたけど、お揃いになるから止めたの。でも、もう、お揃いでもいいよね?」
「……明日、買いに行こう。一緒に」
桜子は、握った手を、少しだけ強く握り返してくれた。
「うん。じゃあ、帰ろっか。送ってくれるんでしよ? 彼氏さん。あ、泊めないからね?」
繋いだ手を振りながら俺を引っ張るように歩き出した。
「知ってる」彼女の口癖を真似てみた。
手の振りが少し大きくなった気がした。
【短編】チープカシオが刻む5分間 Edy @wizmina
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