第3話
学校が終わると、いつも勇作は図書室へと向かう。生徒会や委員会、先生の頼まれ事で忙しくしている葵を待っているのだ。
一応「手伝おうか?」と訊ねるが、そんなの取って付けた言葉に過ぎない。それを理解している葵は「邪魔になるだけだから、待ってて」と言う。
だから待つのだ。
読みかけの文庫本を開き、適当に時間を潰す。
そして四十分くらいで、葵が図書室へとやってきた。
「ごめんね、今終わった」
「ん」
葵は少し息を切らしていた。用事を終わらせて急いで来てくれたらしい。
ページを記憶して本を閉じる。
「帰ろっか」
「ん」
葵が先導して図書室を出て、昇降口に向かう。校舎内も、グラウンドも部活生が青春を謳歌するために使用している。
外ではサッカー部が走り込みをしている姿が目に映った。あんな風に汗を流して一生懸命になるなんて勇作には絶対に真似できない青春である。
「ねえ、今日もおばさん帰り遅いの?」
「ん」
「じゃあ、ご飯どうする?」
それは勇作の家でご飯を食べるのか、葵の家でご飯を食べるのか、外食にするのか、の問いだった。
「んー、俺ん家で食べる」
「分かった。何食べたい?」
「葵に任せるよ」
「えー、それが一番困るんだけどなぁ」
と言いながらも、もう頭の中では献立を決め始めている。
「葵の作るのは何でも美味しいから大丈夫」
「う、うん……」
葵は照れ隠しするように明後日の方向を向く。
佐野勇作は嘘を吐かない。良くも悪くも自分に正直な人なのである。
二度寝がしたくなったら二度寝をするし、お腹が空いたら食べる。嫌いなものは食べないし、やりたくないことはしない。
それが佐野勇作という男だ。
だから彼の言葉にも行動にも嘘はない。それを知っているから、ストレートな褒め言葉が心をむず痒くさせた。
「おばさんは外で食べてくるかな」
「どうだろう。仕事次第かも」
勇作の母親はいつも仕事の影響で帰りが遅くなる。帰る時間はバラバラで、何時に帰ってくるなんて決まっていない。
だからこうしてよく彼の家でご飯を作ってあげるのだ。
「葵は早く帰らなくて大丈夫?」
「うん、それは大丈夫。いつも帰りが遅くなるって言ってあるから」
「そっか」
「それより、今日はパスタにしようと思うんだけど、いい? 冷蔵庫にまだ買い置きが残ってた気がするの」
「うん。楽しみにしとく」
そう言っていつも眠そうな表情をする勇作は少しだけ笑った。
人は誰にでも裏表がある。人に良く思われたい、失礼な態度はとってはいけない、マナーやこの世界を生きていく中で、相手に合わせることは必要だ。
目上の人には敬語を使うし、嫌いなものを好きと言ったり、その場の空気を読んで行動や言葉を選ぶ。
逆に表面では優しそうに見えて、陰口を言ったり、暴言を吐いたりする人もいる。
それは人間として当たり前のことだ。
「あ、電話――」
葵はちょうどスマホを手にしたところで横断歩道を早足で渡った。渡り切ったところで足元の歩道との段差に意識が向かず躓いてしまう。
「キャッ!」
「おっと」
だが傍に居た勇作が上手く支えてくれて、転ぶことはない。だが、足首を捻ってしまい、ジッと痛みが走った。
「いッ――」
「ほい」
その時、葵の足は地面から離れて、勇作の背中が目の前に現れた。
「ちょっと、勇作……」
「痛いのに無理するのはダメだ」
そのまま葵を背負って、歩き始める。
勇作のことを悪い印象で見ている人は多い。現に葵も最初はそうだった。授業は寝てたり、人の話も聞いてるのか聞いてないのか分からなかったり、多人数で遊び行く企画も一人だけ不参加だったり、手伝いをしなかったり、頼み事も大抵断ったり、思ったことは失礼なことでも言ったりする。
たぶん、空気が読めなくて、ダラダラとした無礼な奴っていう感じだろうか。
それは間違っていないが、正解でもない。
「はぁ、はぁ、っ……」
息を切らし始める勇作に言う。
「降ろして。勇作、疲れるの嫌いでしょ」
「なんなら力仕事も嫌いだ」
「重くて悪かったわね」
頬を膨らませて言う。
「らしくない。いつもこんなことしないのに」
「何言ってんだ? 葵はよく分かってるだろ。俺は欲に忠実なんだよ。確かに力仕事も疲れることも嫌いだ。だからやらない。けど、葵が痛がっているのに何もしない方がもっと嫌なだけ。俺が葵を助けたいから背負って帰る。それだけでしょ」
そう、佐野勇作は心から呆れるほどに正直者なのだ。
普段なら体育以外に運動はしないけど、物語の主人公に影響されればスポーツもする。
遠出は嫌いだが、興味のあるイベントなら一人でも出向く。
一度任されたこと、自分で了承したことは 面倒なことでも最後までやりきる。
本当に困っている相手がいたら、迷わずに助ける。対価も代償も気にせずに手を差し伸べる。
彼は自分に正直で、欲に忠実。裏表がない。
だから信用できる。
「ごめんね。ありがと、勇作」
「ん。俺も少しは彼氏らしく頑張らないとな」
ホント少しだけなんだから。もっと頑張ってもいいくらいなのに。
けど、これが勇作だから。
彼のいいところであり、好きになったところだから。
「俺、明日筋肉痛になるかもな……。葵、重い」
「もう! そういうことは言わなくていいんだってば! せっかく感心してたのに!」
次の日、勇作は本当に筋肉痛になった。
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