第2話
「勇作、寝癖くらいちゃんと直して来てよね」
「んー」
「もう、時間があったら部屋で直してあげたのに」
なんて言いながら隣を歩く知立葵は勇作の髪に手を伸ばす。そのまま櫛で、乱れた髪を綺麗に整えてくれる。
終わると「よし」と言って、再び学校へと急ぐ。
佐野勇作の彼女はよくできた人である。可愛くて、しっかり者で、家事もできて、責任感があり、なんなら勉強もできて運動もそこそこできる。
困っている人には手を差し伸べて、常に周囲に気を配っている。
「勇作、ちょっと待ってて」
そう言って葵はいつもの道から外れる。向かった先にはベビーカーを押す女性がいた。階段という程ではないが、小さな段差が数段続く坂を上ろうとしている女性に、葵が声を掛ける。
そしてベビーカーを持ち上げて、段差のないところまで運んであげていた。
頭を下げる女性に背を向けて、すぐに葵は戻ってくる。
「わりぃ、俺も手伝えばよかった」
「いいの、あれくらい私一人でできるし。それより急ごっ」
「ああ」
勇作の彼女は出来過ぎた、自分には勿体ないと思えるほどの彼女である。
自分でもこの関係が不思議に思える。
「なぁ、俺のダメなところって何だろう」
「え? そうだね、まず一人じゃ起きれないところ。計画性がない。無気力。無表情。私が急かさない遅刻も普通にする。言い訳もよくする。屁理屈を並べる。めんどくさがり、あと――」
「ごめん、ストップ。それ以上は俺のメンタルが死ぬ」
尽きる気配が微塵もないとか、どういうこと? この人、俺のこと嫌いなの?
表情には出さないが、一応落ち込む。
「何よ、そっちから聞いてきたのに」
「いや、そんな俺となんで葵が恋人なのかなって思って」
「何それ。私のこと嫌いになったの?」
「まさか。宝くじの最高額が当たるくらいあり得ない」
「万が一、当たったらどうするのよ」
「当たった宝くじを他人に渡すくらいあり得ない」
「うん、それなら安心した」
どうやら僅かな可能性より、勇作の利己的な考え方の方が信用に値するらしい。
そう、例え地球が滅んでも勇作が葵を嫌いになることはない。
しかし葵は分からない。勇作と違って学校でもモテるし、なんならそこらのアイドルなんかよりも可愛いと思う。
それに加えて、この面倒見の良さと高性能さだ。老若男女問わず、モテないわけがない。
少し気が強いところもあるが、そんなの誤差だ。欠点とは呼べない。
「葵の欠点ってないよな。何でもできるし」
「あるでしょ。欠点のない人間なんて人間じゃないよ」
じゃあ、あなたは人間ではない判定になってしまいますよ? 天使か女神ですか?
「私、生魚が苦手だし」
「好き嫌いなんて誰でもあるだろ。俺なんて抹茶味とかミントとかパクチーとか嫌いなもの多いぞ」
「なるほどね、抹茶、ミント、パクチーはダメっと」
葵はスマホでメモをしている。時折手作り料理を食べさせてくれるから、その時の参考にするのだろう。
「んー、暑がりとか?」
「俺は寒がりだ」
やっぱり葵に欠点らしい欠点はない。
気がつけば、もう学校が見え始めていた。これで遅刻は回避できそうだ。
勇作はふと足を止めた。すると葵も止まる。
「勇作?」
そのまま立ち止まる葵の肩に両腕を回した。ギュッと優しく抱きしめる。葵の体温がはっきりと制服越しに伝わり、胸の鼓動も僅かに感じる。
「わ、わわッ! ゆ、勇作⁉」
「ありがとう。大好きだよ」
「急にどうしたの⁉ 誰かに見られたら……」
周りをきょろきょろしながら慌てる葵だが、少し落ち着くと彼女も腕を腰に回す。
「私も……大好き、だよ」
聞き逃してしまいそうなほどに小さな声だった。葵の顔を見ながら聞きたいセリフだが、それをしたら本当に嫌われそうなのでしない。
でも、勇作は見つけてしまった。葵の欠点を。
こんなダメ男を好きになってくれて、ありがとう。
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