ダメ人間の俺は頼りになる彼女に甘える。

花枯

第1話

 この前付き合い始めたって言っていた友達が、一か月後にはもう別れたなんてのはよく聞く話だ。

 誰だって最初は容姿からは見るだろう。別に顔だけじゃない。身長とか、髪型とか、ファッションとか、そういう視覚情報として「この人、いいかも」なんて思い始める(俺個人の意見)。

 そんでちょっと優しかったら、そのまま好きになって告白とかする。だが、実際に付き合ってみると「なんか違う」とか「こういうところがダメ」とかお互いに合わないことや欠点に気づき出す。

 長く続かず別れる、そんな感じではないだろうか。


 後は、恋人という関係が案外軽い印象にあるのも含まれるかもしれない。試しに付き合ってみて、気が合わなかったら別れればいい。そんな考えを持つ人も少なからずいるだろう。

 だが、実際に長く付き合って、結婚までする人は、そういう欠点すら認めて、補っていこうとする。


「好き」って何だろう。

 ケンカ一つで別れるカップルもいれば、何度ケンカしても仲直りして上手くやっているカップルもいる。


 どれが正解で、どれが間違いなのかは分からない。

 だが、一つ言えることがあれば、俺たちは確実に後者の方だった。


 ***


 朝だ。

カーテン越しに差し込む陽と、鬱陶しいスマホのアラーム音がそれを知らせている。ぼんやりとした意識でまずはスマホのアラームを止めた。

 それから本能に従い、二度寝を貪ろうとする。

 しかし、まるで彼の行動が分かっているかのように部屋の扉が勝手に開いた。


「やっぱり二度寝してる。ほら、勇作ゆうさく。起きて」


 声は聞こえている。聞き慣れた彼女の声だ。

 しかし勇作もしぶとくベッドの上で粘る。

 もう少しだけ、もう五分、いやもう十分だけ寝たい。


「んー……」

「起きないと遅刻するって。もう高二なんだから、しっかりしなさいよ。ほーら、まず身体を起こす!」


 背中に細い腕が回り込む。そして勇作の身体がグイッと強制的に起こされた。ガクッと頭が揺れ、表情を歪ませながらも目を開く。

 ぼやけた視界はだんだんと鮮明になり、勇作を起こした張本人の顔もはっきり瞳に映った。

 ふわりとしたシュートボブの髪、キリッとした瞳、柔らかそうな肌、小さな口、文句なしに可愛い少女である。


「おはよー……あおい。ふわぁぁ~ん」

「おはよう、勇作。ほら、顔洗ってきて。おばさんがご飯作って待ってるから」

「ん」


 そう言って葵はスタスタと部屋から出ていた。

 あれが俺、佐野さの勇作の彼女である知立ちりゅう葵である。

 付き合い始めて、たぶん一年くらい経つ。高校に入って葵と出会い、大体半年ぐらいで付き合うようになったのだ。あれ? となると一年じゃなくて半年ちょっとになるのか。


 まぁ、勇作にとって付き合いの長さは関係なかった。

 現に半年で勇作も葵もお互いに遠慮はないし、こうやって彼氏の家にすんなりお邪魔して母親を「おばさん」と呼べるような間柄になっている。

 いや、この場合きっと葵という人間性の影響が大きかったのだ。

 葵は妙に世話焼きというか、お節介というか、とにかく彼女の積極性があった故にこうして親密になっている。これがきっと他の女子なら、こうはいかない。

 勇作は洗面所で顔を洗い、居間へとやってきた。すると母親がちょうど朝食を並べているところだった。


「勇作、はやく食べて学校行きなさい。もう、葵ちゃんを待たせちゃダメよ」

「うーい」

「はぁー……。せっかくのいい彼女さんなんだから、もっと大切にしなさい。あんたには勿体ないくらいよ」

「うーい」


 と適当な返事をして、椅子に座る。

そして彼女はというと台所で洗い物の手伝いをしていた。タオルで手を拭きながらこちらへとやってくる。


「おばさん、洗い物終わりました」

「あら、ありがとうね、葵ちゃん」


 とても柔らかい声でお礼を言う。


「ほら、ダラダラしないで、早く食べなさい!」


 とても棘のある声でお叱りを飛ばす。


 この差は一体何なのだろう……。


 しかしご飯は美味しいので、パクパクと食べ進める。


「葵ちゃん、いつもお手伝いしてもらっちゃってごめんなさいね」

「いいんです。私も好きでやっているので」

「あら~、ホントによくできた子ね。うちのダメ息子とお付き合いしているなんて信じられないわ。今でも夢なんじゃないかって思うもの」


 それは俺も同感である。

 言葉に出さず、心の中で頷いた。


「それは褒め過ぎですよ。それに、勇作も、ちゃんと……す、す、素敵、な人、なので……」


 耳まで真っ赤にして俯きながら言う葵を眺めながら、ご飯を口に運ぶ。これを見てるだけで、もう三杯は食べられる気がした。いや、お腹いっぱいと言うべきか、ごちそうさまですと言うべきか。

 食べ終えると、食器を片付けて歯も磨き、制服に着替える。


「んじゃ、行ってきます」

「おばさん、行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」


 そうして勇作は学校へと向かう。

 俺にはできすぎた素晴らしい彼女と一緒に。

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