第4話:無理矢理

 ミネルバは、皇宮の調理場からありとあらゆる食材と調味料を持ってこさせた。

 その全てを確認し試食して、この世界の食の嗜好、特に皇太子の好みを確認して、一つの料理を作り出した。

 丁寧に筋切をして、旨味が豊富だが硬いと思われている親鳥を、食べ易い歯応えにした上で、塩と香草で下味をつけた後、魚醤と蒸留酒と香草で作ったタレに漬け、炭火でゆっくりと焼きだした。


「ふっふっふっふっ、この誘惑に勝てるかしら」


 親友と婚約者に裏切られた皇太子は、自殺する元気もなくし、心を病んで全く何も飲み食いせずに、部屋に閉じこもっている。

 部屋に押し入って助けたくても、皇太子の私室は完璧な防御魔術に護られていて、破壊して入る事は困難だという。

 ただ籠城時に外部から支援できるように、回復魔法だけは通すようになっているらしく、一カ月飲まず食わずでも死なずにすんでいるという。


「じゃあ、無害な香りはどうなの、香りまで遮断しているの?」


 そう確かめたミネルバに、窒息しないように空気は通すという返事だった。

 ただ、毒や病原菌は、防御魔法陣が遮断するか無害無毒化するという。

 なんと便利で都合のいい魔術なのかと、ミネルバはご都合主義のような状態に内心文句を言ったが、そのお陰で思いついた皇太子を誘い出す方法を実行できた。

 本能をガツンと刺激する美味しい香り、甘く香ばしい親鳥の炭火照り焼きの香りを、皇太子の私室に送り込んで、目を覚めさせるのだ。


「ううううう、なんだ、なんなのだ、私は、私はどうしてしまったのだ?」


 一カ月時間の経過と食欲が、生きたいという身体の訴えが、皇太子の心の傷を上回ったのか、皇太子をフラフラと動かした。

 一カ月寝たきりだったので、脚が萎えてしまって、あちらこちらにぶつかりながら、倒れる事すらあったが、それでも香りの元に歩いて行ってしまった。


「どこだ、どこにこの香りの素はあるのだ?」


 多くの私室を見て回り確かめ、それでも香りの素を見つけられなかった皇太子は、恐る恐る廊下につながるドアを開けてしまった。


「確保!」


 それが運の尽き、最後だった。

 待ちかねていた近衛騎士団にドアを無理矢理開けられ引きずり出され、身動きできないようにされてしまった。

 ここでまたミネルバの出番がやって来た。

 皇帝陛下にミネルバが許可をとり、皇帝陛下が近衛騎士に直々に命じ、近衛騎士に無理矢理口を開けさせられている皇太子の口に、美味しく食べられるくらいに冷ました、鶏つくねの炭火照り焼きを押し込み、喰わせたのだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る