第11話 智先輩再び

 結奈が夕食を作ってくれるようになってから数日が経過していた。毎晩好きな人の手料理が食べられて幸せだ。


 結奈は料理を終えるとすぐに帰ってしまうので、なかなか会話をする機会がない。料理中も邪魔してはいけないと思うのでなるべく話しかけないようにしている。

 本当はもっと会話をしたいのだが難しい。

 ただ、以前よりも一緒にいられる時間が増えたことは嬉しいことだ。


 結奈に相応しい男となるために行動を開始していこうと思う。まずは以前やっていた事だが、体を鍛えようと思う。

 小学生の頃、結奈がいじめられていた時にその男の子達に挑んだことがあった。人数が多かったということもあるが、ボコボコにされてしまったという過去がある。痛かったし、自分の貧弱さを痛感した。そしてなりよりも結奈に格好悪いところを見せてしまったことが嫌で悔しかった。

 そこから結奈を守れるように強くなりたいと思ったのだ。


 当時子供だった俺は、父さんにどうすれば強くなれるか聞いた。

 そこで返ってきた答えというのが体を鍛えるというものだった。走ったり、腹筋や腕立てといった基礎的なトレーニングを始めた。中学生の頃は運動部に所属していたため、そこでも体を鍛えていた。高校になってからは勉強が忙しくなったり、部活動をやっていなかったりとだんだんトレーニングをする回数が減っていった。父さん達が海外へ引っ越すことになり、バタバタしていたせいで完全に途絶えてしまった。


 毎日は厳しいと思うが、休みの日を利用してまた体を鍛え始めようと思う。

 それに結奈のご飯が美味しくて食べ過ぎてしまっている事も一つの理由だ。このままだと本格的に取り返しのつかないことに成りかねないので、早めに行動を開始するのだ。


 あとは学生の本分である勉強だろうか……


 将来結婚できたとしても経済力がなかったらダメだろう。いくら想いが強かったとしても養っていくためにはどうしてもお金が必要だ。

 たくさんお金があれば幸せだなんて微塵も思わないが、幸せのために必要なお金はあるだろう。俺が原因で結奈には金銭面で苦労した生活を強いる訳にはいかない。それに一緒に旅行など思い出もたくさん作りたい。


 そのためにも勉強は必要だろう。良くも悪くもない成績なので、まずは頭がいいと言われる部類に入る事を目標に頑張っていこう。


 決意を新たにして一日を過ごす。気づけば全ての授業が終わり、放課後になっていた。自慢ではないが、十年以上も初恋を拗らせている。だから結奈のためだったら努力できる自信がある。


 荷物をまとめ帰り支度をしていると教室がざわつき始める。

 視線を彷徨わせると入り口に智先輩の姿があった。

 クラスの女子に話しかけている。


「皇さんを呼んでもらえるかな?」


 以前言っていたようにまた来たようだ。

 俺よりも一早く智先輩の存在に気づいていた健吾が感心したような口ぶりで話す。


「なるほど……流石だな」


「何がだ?」


「以前来た時から数日間何もなかっただろ? あえて時間を空けることで相手に自分の存在を意識させるんだ。おまけにガツガツしていない年上の余裕と演出できる」


 それっぽい事を物知り顔で喋っている。


「そうなのか?」


「知らね、雑誌に書いてあった事を言ってみただけだ」


 なんの雑誌だよ。というか健吾がそういう雑誌を読んでいるって事だよな?


 クラスの女子に呼ばれた結奈が智先輩の元へ近寄っていく。

「何か御用でしょうか?」


 相変わらず冷たい声だ。


「もう一度来るって約束を果たしに来たんだ」


「私は約束した覚えはありません」


 なんか機嫌が悪いな……もしかして連日俺の夕食を作っているせいでストレスが溜まっているのかもしれない。


「そう言わないでくれよ。今日も食事に誘いに来たんだ。いいお店を見つけたから一緒に行かないかい?」


「行きません。用事がありますので……」


 相変わらずブレないな対応だな。


「なら、時間がある時に連絡してよ。これ、僕の連絡先が書いてあるから」


 そう言って小さな紙を結奈に差し出す。


「いりません」 


「いつでもいいから、ねっ」


 そう言うって無理やり結奈に紙を渡すとそのまま教室を去っていった。

 結奈が不機嫌な顔でその後ろ姿を見ている。


 健吾が年上の余裕がなんとかって言っていたがなんだったのだろうか……

 攻め方を変えてきたのだろうか?


 結奈の表情を見る限り上手くっているようには見えないが……って……う、嘘だろ?


 結奈が受け取った紙を制服のポケットにしまう。

 もしかして上手くいっているのか?


 嫌な汗をかく。結奈が智先輩に連絡する姿を想像してすごく嫌な気持ちになる。だが、今の俺に止める権利はない。

 嫌そうに見えたのはただ単に恥ずかしかったからなのか?


 たしかに智先輩はイケメンだ。連絡先をもらって喜ばない女子の方が少ないと思う。結奈もその一人ではないという確証はどこにもない。


「智さん、本気で皇さんの事を狙っているみたいだな」


 タイミングよく健吾がそんな事を言い出す。


「え?……」


 自然と動揺が漏れてしまう。


「この前、告白されたらしいが、断ったって噂があるくらいだしな」


 イケメンの上に、サッカー部のキャプテンだ。それに年上の余裕もあるだろうし、あれだけモテるのだから女の子の扱いも慣れている筈だ。


 自分と比べて勝てるところがない。結奈に片思いを拗らせているせいで、これまで誰とも付き合ったことなどない。経験でも圧倒的に負けている。


 もしこのまま結奈がその気になってしまえば、智先輩と付き合うことになるだろう。

 そうなれば最近喋る回数が増えて喜んでいたが、一気に地獄に叩き落とされたも同然だ。


 連絡先をポケットにしまっていたことから聞くのが怖いが、結奈がどう思っているのか知りたい……


 勇気を振り絞って今日の夕食の時にでも聞いてみようと思う。

 もし結奈が本気で智先輩と付き合いたいと言ったら応援しよう。

 俺が幸せにしたいという気持ちはもちろん強いが、それ以上に結奈には幸せになってもらいたいのだから……

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