第10話 夕食後(結奈視点)
「〜♪〜♪〜」
悠君が帰った後、食器を洗いながら鼻歌を歌う。
いつもなら鼻歌なんて歌わないけど今日は歌っちゃう!
今日はここ数年の中で一番いい日だ。幸せすぎる。
今日は嬉しいことがたくさんあった。まずは学校から帰ってきた私が、悠君におっぱいについて聞いた時だ。
冷静になって考えてみると、好きな男の子にとんでもないことを聞いてしまったと少しだけ後悔した。だけど、そんなちっぽけな後悔なんて悠君の言葉で簡単に消えてしまう。
悠君は大きなおっぱいが好きだと言うことが判明した。つまり私のおっぱいが好きだと言うこと。
自分の胸に視線を落とす。
小さい頃はいじられる原因となったり、今でも興味のない男の子の視線に晒されて嫌な思いをするから、この大きな胸が嫌いだった。
でも悠君が好きだと言ってくれたおかげで好きになれた。初めておっぱいが大きいことを素直に喜ぶことが出来た。好きな人の言葉はとても大きい。
悠君が好きでいてくれるなら他のことなんてどうでもいい。我ながら単純だと思うけど、長年初恋を拗らせている相手から褒められたのだからしょうがないと思う。
あまりのに嬉しさに暴走してしまった。
私は嬉しさのあまり悠君に抱きついてしまったのだ。しかも褒めてくれたおっぱいを押し付けるなんて破廉恥な行為まで……
今でも思い出すだけで顔から火が出てしまいそうなほど恥ずかしい。
久しぶりの悠君の背中は大きくなっていたし、体つきも私と違って男の子って感じだった。しかもすごくいい匂いがした。優しく安心する匂いだ。
あぁ……かっこいいなぁ……好きだよぉ……
「えへへ」
それだけじゃない。私が作った唐揚げを美味しいって言ってたくさん食べてくれた。
しかも、しかもだ! いいお嫁さんになるねって言ってくれた! いいお嫁さんだって! すごく嬉しい!
将来悠君のお嫁さんになるために頑張ってきたかいがあった。
悠君の好きな食べ物を調べてそればかり練習していた。特に大好きな唐揚げは何度も練習したし、我が家特製のタレも完璧だ。
あとは本当に悠君のお嫁さんになるだけだ。
「えへへ」
あのときの悠君の姿を思い出す。
いいお嫁さんになるねって言ってくれた後に唐揚げを頬張っていたし、私の料理は気に入ってもらえたんだと思う。いっぱい食べる姿は可愛かった。もっとたくさん悠君に料理を作ってあげたい。
将来悠君と結婚したときを妄想しちゃう。
「うへへっ」
「うわ、気持ち悪いわよ」
酷いっ、私の楽しい気持ちに水をさされた。
「気持ち悪くないし」
「そんな変な笑い方してたら悠君に嫌われるわよ」
「?」
変な笑い方ってなに?
「無自覚なのね」
はぁ、とため息をつくと肩を竦める。
「今日は悠君が来て緊張していたから平気だったかもしれないけど、いつかボロが出るわよ」
「平気だもん」
ボロって言い方……でも今は好きなになってもらう事が何よりも先だ。だから、嫌われることを出来るだけしないようにしないと。
「よかったわね。ずっと練習してきた料理を褒めてもらえて」
「うん」
自然と頬が緩んでしまう。
「そんなに大好きなんだから告白しちゃえばいいじゃない」
「まだダメなの……」
ママの言葉で少しだけ冷静さを取り戻す。私はざまぁするぞ、とついこの間警告されたばかりなのだ。嬉しいことが多くて舞い上がってしまった。
悠君と恋人になれるならこんなに嬉しいことはない。でも今はまだ出来ない。振られるに決まっている。
ちゃんと私のことを好きになってもらってからじゃないとダメだ。
「悠真君にちゃんと私のことを好きになってもらってからじゃないと……」
「そう? まぁ、結奈が決めたことならなにも言わないわ」
毎日悠君にご飯を作ってあげられる機会をくれたママには感謝したい。
「そういえば、昔は『悠君』って呼んでいたのに、今は『悠真君』なのね」
「うっ……」
気にしているのに……
関わる機会が減ってからなんとなく距離が空いてしまったのが原因だ。昔のように呼びづらくなってしまった。
出来るなら昔のように『悠君』って呼びたい。距離が近づいた気がするし……
そんなことを考えていると、ママがニヤニヤと笑い出す。嫌な予感がする。
「私は『悠君』って呼んでるわよ」
「はい?」
「それに今日は結奈よりもたくさん悠君と話したわね」
「ぐぬぬ……」
思い返してみればそうだ。
あれ? もしかして私よりママの方が悠君との距離が近い?
私、ママにも負けているの?
「ふふっ、せいぜい頑張りなさいね」
私の心を見透かすようにそう言と、寝室の方へと歩いていく。
悠君との距離が近いママの後ろ姿を恨めしそうに見ることしかできなかった。
ママにも負けないんだから!
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