第9話 皇家の唐揚げ
結奈に抱きつかれるという衝撃的で、幸せすぎる出来事から落ち着きがなくなってしまった。それからずっと家の掃除をしていた。家の掃除なんて父さん達が海外に行ってから一度もしていなかった。
体を動かしていた方が落ち着く。
結局夕食の用意ができた、と結奈が呼びにくるまでの間ずっと掃除を続けてしまった。かなり綺麗になったと思う。
「準備が出来たから来て」
「わかった」
結奈の顔を見るとさっきの出来事が頭をよぎってしまう。背中に感触が残っているような感覚まである。
凄かったなぁ。
結奈の家に入るのも久しぶりだ。緊張してしまう。
「悠君、いらいっしゃい」
「お邪魔します」
出迎えてくれたのは結奈のお母さんだ。俺と同い年の子供を産んだ母親とは思えないほど若い。お姉さんと言っても通じると思う。
おばさん、と呼ぶたびに本当におばさんって呼んで良いのか? なんて疑問が浮かんでしまう。
俺の家族と結奈の家族を合わせた中で、一番年上なのが結奈のお母さんだ。一体なんの冗談だろう。
「こっちよ」
おばさんに案内されてリビングへと向かう。変わったところもあるが、殆ど変わっていないのでとても懐かしい。
「悠君はここに座って待っていてね。すぐに用意するわ」
「俺も手伝いますよ」
「すぐだから大丈夫よ」
お言葉に甘えて座って待っていると、テーブルの上に料理が乗り用意ができた。
「さぁ、召し上がれ」
テーブルの上に乗っているのは、俺の大好物である唐揚げだ。特に皇家の唐揚げは絶品で子供の頃から大好きだった。
普通の唐揚げとは少し違い、皇家特製のタレがかかっている。これが唐揚げの旨さを引き上げている。
「いただきます!」
久しぶりの皇家の唐揚げ。少し大きめの唐揚げを箸で掴むと、大きくかぶりついた。
肉汁が口いっぱいに広がり、甘辛い特製のタレが最高だ。
ゆっくりと咀嚼して味わう。
これだよ、これ! すごく幸せだ。
「喜んでもらえたみたいでよかったわ。これなら結奈も張り切って作った甲斐があったわね」
「ママ! 余計なこと言わないでよ。別に張り切ってなんかいなかったから!」
「あらそう? ごめんなさいね」
そう言って揶揄うように笑う。この親子は相変わらず仲がいいようだ。
二つ目の唐揚げを食べる。本当にうまいなぁ。
「お味はどう?」
「とても美味しいです!」
「殆ど結奈が作ったのよ」
「そうなんですか?」
「えぇそうよ」
「やっぱり、すごく料理が上手なんだな」
そう結奈に言うと、恥ずかしそうに視線を逸らす。
「昔から料理していたから普通だよ」
おばさんがニヤニヤと笑っている。
「そうね、将来誰かさんのお嫁さんになるために一生懸命練習したものね」
「ママ!」
そうだったのか……結奈は将来結婚する誰かのために料理の練習をしていたのか……
将来のことを考えて行動できるなんて大人だな……
結奈との差を感じてしまう。
「結奈はきっといいお嫁さんになるな」
「ほ、本当?」
「あぁ」
昔から努力してきたのだ、報われない方がおかしい。
ただ、少しだけ複雑な気持ちになってしまう。
暗い気持ちを誤魔化すように唐揚げを頬張る。
「そうだ、いいこと思い付いたわ」
突然おばさんがそんなことを言い出す。
「悠君も一人暮らしで大変でしょ? それに、不健康な食生活を送っているって結奈から聞いたわよ」
「すみません」
それに関しては返す言葉もない。
「だから、これから夕食を結奈が作ってあげればいいわ」
「え?」
「そうすれば結奈も将来結婚したときの練習になるし、悠君も健康的な食事を食べられる。Win-Winね」
それは確かに嬉しい申し出だ。好きなこの手料理を食べられるのだから……
でも、複雑な気持ちだ。結奈が将来結婚する人のための練習であって、俺のためではないと言う事実がとても悲しい。
結奈が結婚して誰かに料理を振る舞う姿を想像すると胸が締め付けられるようだ。出来れば俺が隣にいたいが、今のところ難しいだろう。
数年間、殆ど喋る機会などなかった。俺はずっと初恋を拗らせているせいで結奈のことを変わらず好きだが、結奈は違うだろう。
今だって母さんに頼まれたからだ。結奈の優しさに甘えてしまっている。
ちらりと結奈の方に視線を移す。不安そうな表情だ。
「悠真君は私の料理食べるの嫌?」
「そんなことないっ」
とっさに出た言葉だった。だからこそ本心だ。
「よかった。明日から私が作るね」
「よ、よろしく頼む……悪いな」
「気にしなくていいよ。おばさん達に頼まれているから」
勢いで頼んでしまったがよかったのだろうか……
結奈の表情が嬉しそうに見えたが、きっと俺が浮かれているからだろう。
まだ結奈の隣に立つことが出来ないと決まったわけではない。これから喋る機会は増えていく筈だ。少しずつ距離を詰めていこう。
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