第8話 えいち?

 学校が終わり、家に帰って来ると早速Web小説を漁る。


 『ざまぁ』だからと敬遠していたラブコメの小説がいくつもあるが、つい先日読んだ作品のおかげで読まず嫌いをせずに読んでみようと思うようになった。

 ランキングを漁っていて気づいたことがある。


「こうやって見ると、ざまぁされる対象が幼馴染みの作品って結構あるな……」


 幼馴染みはラブコメにおいてかなり重要な役割を持っていることが多い。


 主人公の初恋相手だったり、恋人だったり。

 だが、必ずしもいい役回りだけではない。最近ではざまぁされる対象になっているし、幼馴染みといえば負けヒロインの代名詞でもある。

 全体的に見れば不遇なことの方が多い気がする。


 まぁ、所詮は創作だ。現実とは違う。


 物語を読む上で、現実と照らし合わせながら感情移入する事もあれば、現実と創作を分けると言う楽しみ方もある。


 うまく使い分けることが、いろんな作品を楽しむコツだ。

 長年いろんな小説を読んで出した、俺の考えだ。


 スマホを使って小説を探していると、部屋のドアがノックされる。

 一瞬、誰だ?と思ったが、おそらく結奈だろう。

 返事をすると、案の定結奈が部屋に入ってくる。その表情は驚くほど真剣だ。

 部屋に入ってくると床にちょこんと座る。


「少し聞きたいことがあるんだけど……聞いてもいい?」


「お、おう」


 結奈の真剣な表情に気圧されながら、結奈の近くに腰を下ろす。

 俺の目をしっかり見て口を開く。


「悠真君は大きいおっぱいと、小さいおっぱいどっちが好き?」


「………………はい?」


 一瞬何を言われたのか理解できなかった。

 相変わらず結奈の表情は真剣だ。


 今おっぱいって言ったか? なんでそんなことを聞くんだよ!? 聞き間違いじゃないよな!?


 好きな人が部屋に入ってきたと思ったら、とんでもない発言が飛び出た。


「ねぇ、どっちなの?」


 これ答えないとだめなのか? 一体なんの罰ゲーム!?


「えーと………大きい方?」


「本当に!?」


「あ、あぁ……」


 大きい胸が好きと言うより、好きな人の胸が大きいから好きになったと言う感じだ。俺の好みは結奈の影響をかなり受けている。

 全てではないが、殆どが結奈に基づいている。


「よかったぁ」


 小さく息を漏らすように呟くと、真剣な表情からふにゃりと表情が緩んだ。


 うっ……

 あまりの可愛さに喉の奥で変な音が鳴ってしまった。学校では絶対に見られない姿だ。

 こんな表情を見たのは一緒に遊んでいた頃以来かもしれない。

 結奈の表情に見惚れていると、結奈がさらにとんでもないことを口にする


「私の胸、Hなんだよ……」


「えいち?」


 片言に呟くと、指を折りながら数える。


「ABCDEFGH……H!?」


「ちょっと! 数えるの禁止!」


「わ、悪い」


「どうかな?」


「ど、どうって……」


 謝りながらも俺の視線は結奈の胸に釘付けになっていた。

 生唾をゴクリと飲み込む。


「凄い……」


「それは私のおっぱいが好きってこと?」


「うん……」


 混乱しているせいでとんでもないことを口走ってしまったがもう遅い。

 軽蔑されてしまったのではないかと思い、慌てて結奈の顔を見る。そこには顔を赤くしとろけたような笑顔の結奈の姿があった。


「そっかぁ……好きかぁ」


 小さい声で何か言っているみたいだがよく聞こえない。

 とりあえず、軽蔑されてはいないようだ。


「実は最近、また少しだけ大きくなったの」


 なん、だと……まだ成長中だと言うのか……


 俺の視線は自然と結奈の胸に集中してしまう。男子高校生には刺激の強いカミングアウトだったのだから仕方がないと思う。

 俺の視線に気づいたのか、結奈が自分の胸を隠すように腕を交差させる。それによってさらに胸が強調されてとんでもないことになっている。


「見過ぎ」


「ごめん」


 慌てて視線を逸らす。


「ちょっと後ろ向いて貰える?」


 俺は言われるがまま後ろを向く。見過ぎてしまったのかもしれない


 次の瞬間、俺の心臓は止まるかと思った。突然結奈が俺の背中に抱きついてきたのだ。

 結奈の白く綺麗な腕が前に回され、ぎゅっと力が込められる。

 背中に柔らかい感触が伝わり、俺の背中に押し付けられ、形が変わっているのがわかる。


 息をすることすら忘れてしまう。心臓がバクバクしている。


 少しして結奈が離れる。


「お礼だから……悠真君が好きって言ってくれたおかげで、嫌いだった自分の胸を少しだけ好きになれたから……」


 体が硬直して動けず、結奈の言葉を背中で聞く。

 ほんの少しだけ声が震えているような気がする。


 子供の頃、胸のことを色々と言われたことで、コンプレックスになっていたのかもしれない。

 もし、そのコンプレックスを克服する手伝いが出来たのなら嬉しい。


「それじゃ、夕食の支度があるから帰るね。出来たら呼びにくるから」


 俺が返事をする前に、ものすごい勢いで部屋を出ていくのが足音でわかる。


 しばらくの間呆然と立ち尽くしていた。小説を読むどころではなくなってしまった。

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