第6話 『お! パイの実』

 結奈に起こしてもらい朝食を食べて登校した。いつもより早めに学校に着くことができて気分がいい。

 教室に入ると健吾から声をかけられる。


「よお! 今日はいつもより早いな」


 軽く挨拶を返しながら健吾の元へ近づく。


「お? いつもより顔色がいいな」


「そうか?」


 たしかに今日は珍しく朝食を食べてきたが、だからといって見た目に変化が起きているとは思わない。


「分かるのか?」


「いつも見ているからな」


「気持ち悪っ」


 本音が出てしまった。


「おいっ、そういう意味じゃないぞ!」 


 焦って弁解する姿が面白い。

 健吾と軽口を叩き合っていると結菜が教室に入ってくる。


 俺より先に学校に向かったはずなのに不思議だ。用事があるといっていたから、それを済ましてきたのかもしれない。


 健吾に言われた通り、今日はなんだか調子良く体が軽い。おそらく朝食を食べてきたからだろう。

 それは授業中でも効果があった。いつもより授業に集中することができた。気づけばお昼になっていたくらいだ。


 ほんの数時間で朝食の大切さが身に染みた。

 結奈の言う通り、これからはちゃんと朝食を食べるようにしようと思う。

 すぐに食べられるようにはならないと思うが、少しずつ変わっていけばいいだろう。



 昼休みになり、健吾と雑談をしながらコンビニで買ってきたパンを食べる。


「そうだ、菓子を買ってきたんだけど食べるか?」


 そう言って鞄を漁り出す。女子高校生か!


「何買ってきたんだ?」


 俺の問いに健吾は、得意そうな笑みを浮かべ自信満々に言う。


「決まっているだろ?『おっ! パイの実』だよ」


 男子高校生か!


『おっ! パイの実』はかなり人気のお菓子だ。

 明らかに狙っているだろうネーミングが話題になったお菓子だ。

 なんだか釈然としないが、非常に美味しいお菓子だ。

 外はサクサクのパイ生地に、中には絶妙な甘さのチョコレートが詰まっている。


 小さい時に食べてから俺のお気に入りのお菓子の一つだ。決して名前に惹かれたわけではないということだけ言っておく。


「しかも二種類あるぞ」


 二つの袋を取り出す。そのパッケージには『大きい!! おっ! パイの実』と『小さい!! おっ! パイの実』と書かれている。


 大きい方はパイ生地が多く食べ応えがあり、小さい方はチョコたっぷりだ。


「どっちがいい?」


 俺の方に差し出してくる。その時、隣にいた男子が声を上げる


「『お! パイの実』じゃん! 俺にも一つくれよ」


「いいぞ」


 健吾が快く菓子を差し出す。


「俺はこっちだな」


 そう言って男子生徒は、大きい方を取る。


「お前わかってるな! やっぱり巨乳の方だよな!」


「当たり前だろ」


 名前が名前なだけに比喩表現として巨乳、貧乳と言った言い方をさせれことがある。


 健吾たちの会話によって集まってきた男子生徒達が、全員大きい方を受け取っていく。


「やっぱり巨乳が一番だよな」


 健吾は、うんうんと頷きながら、なぜか納得したような顔をしている。


「ほら、お前はどっちを選ぶんだ?」 


 健吾に催促され、手を伸ばす。


「なんだよお前、貧乳派か?」


「別にいいだろう、こっちの方が好きなんだよ」


 パイ生地も美味しいと思うが、俺はチョコたっぷりの方が好きなんだ。


「お前は巨乳派だと思ってたけど、まさかの貧乳好きだったとは」


「ほっとけ」


 貰った菓子を食べる。やっぱり美味い。


 その時だった。ガタンと椅子が引かれる音がした。

 音がした方を見ると、勢いよく結奈が立ち上がり廊下の方へと走っていく姿が目に入った。

 なんだ?


「どうしよう、怒らせたかな?……もしかして殺される?」

 健吾が困ったような表情をしている。


「殺されることはないから安心しろ」


 そう言って苦笑いをする。

 出て行く時、一瞬だけ結奈の顔が見えたが、怒っているという感じではなかった。焦っているというか、動揺していると言った感じだった。

 もしかしたら、忘れていた用事を突然思い出したのかもしれない。


 結奈は女子生徒たちから頼りにされているし、教師たちからも信頼されている。だから、よく頼み事をされている。今回もきっとそうだろう。


 幼馴染みとして結奈が頼りにされていることに少しだけ誇らしさを感じながら、もう一つ菓子を口に放り込んだ。

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