第4話 久しぶりの朝食

 体が揺さぶられる感覚がある。


「悠真君起きて、朝だよ」


 心地よい声が鼓膜をくすぐる。甘い匂いに包まれながら、ゆっくりと目を開ける。


「おはよう」


「お、おはよう?」


 視界に飛び込んできたのは結奈の綺麗な顔だ。寝ぼけていた思考が一気に覚醒する。


「な、なんでいるんだ?」


「なんでって、起こしに来たんだよ」


 時計を見ると寝坊したわけではないようだ。昨日は寝坊したから来てくれたが、今日はどうしているのだろう……


「朝食用意したから早く来てね」


「お、おう」


 そのまま結奈は部屋を出ていってしまった。

 何がなんだかよくわからないが、混乱したまま結奈の後を追った。


 キッチンで結奈が朝食の準備をしてくれている。


「俺、朝食は食べない派なんだけど……」


「知ってる。でも、朝食を食べないのは体に悪いよ。悠真君でも食べられそうな軽いものにしたから」


「ありがとう」


「べ、別に、おばさん達に頼まれたからで……」


 それでもこうやって朝から朝食を作りに来てくれるだけで嬉しい。


「何か手伝う事ないか?」


「大丈夫。悠真君座ってて」


 断られてしまったので、大人しく座って待っていることにした。小さい頃は悠君と呼ばれていたが今は悠真君だ。名字で呼ばれていないだけよかった。


 結奈の姿をボーッと眺める。実は昨日の夜もあまり寝付けなかった。


 学校から帰ってきたあと、結奈が感想交換に来たのだが、結局何もせずに帰ってしまった。

 その時の様子が少しおかしかったので心配だった。今の様子からするとおそらく大丈夫だろう。

 まぁ、寝付けなかった理由はそれだけでなないけど……


 俺と結奈は小さい頃はよく遊んでいたが、結奈の男子嫌いが始まってからは遊ぶ機会がほとんどなくなってしまった。それに追い討ちをかけるように中学三年間は一度も同じクラスにならなかったことから、さらに距離が開いてしまった。

 高校生になり、念願の同じクラスになれたにもかかわらず、昔のように喋る事は出来なかった。

 結奈も氷雪姫なんて呼ばれるようになり、男子嫌いは治っておらず、それどころか男子への対応はかなり素っ気ないものとなっていた。


 別に仲が悪くなったわけではないと思う。会えば挨拶くらいするし、必要なことがあれば話すこともある。事務的と言われたらそれっきりだが、それでも数少ない会話のチャンスだったので嬉しかった。


 そんな結奈が昨日の朝、俺の部屋に来たのだ。最後に結奈を部屋に入れたのは小学生の頃のだったから、数年ぶりだ。

 それだけではない、そのあとも一緒に登校することが出来た。これも数年ぶりの出来事だった。

 久しぶりに結奈と一緒にいられる時間が多く、テンションが上がっていた。テンションが上がってしまって寝れないなんて子供っぽすぎる。しかも、その理由が好きな女の子とたくさん一緒にいられたからなんて恥ずかしい。


 なんだかんだ一人暮らしをする選択は間違いではなかった。申し訳ないが、父さんの転勤に感謝してしまいそうになる。


 そんなことを考えていると、朝食の準備を終えた結奈がこちらにやってくる。


「はい」


 テーブルに置かれたのはコーンスープと、一切れのパンだ。


「これなら食べられると思うよ。パンはコーンスープに付ければ食べやすいと思うから」


「いただきます」


 コーンスープを飲み、パンをかじる。少しだけ食べづらいが、なんとか食べ切れる事は出来るだろう。

 口と手を動かしていると、結奈の視線を感じる。そんなに見られると食べづらい……


「結奈は食べないのか?」


「もう食べたから」


「そうか……」


 会話が続かない。

「さっき、キッチンで見つけたんだけど……あのカップ麺と冷凍食品のゴミの量は何?」


 顔は笑っているが、目が全然笑っていない。怖い。

「え、えーと……」


「あんなのばかり食べてたら体壊すでしょ!」


「すみません」


「はぁ、おばさん達に頼まれたのに体を崩されたら、なんて言えばいいの?」


「はい」


「今日の夕食は私の家で食べて」


「え?」 


「ちゃんとしたものなんて食べてないんでしょ?」


「……」 


 何も言い返すことが出来ない……


「ほら、やっぱり」


 誤魔化すようにパンを食べる。怒られてしまったので無理やり話題を変える。

 そういえば昨日の感想交換がまだだったことを思い出す。


「そ、そうだ、俺が勧めた小説どうだった?」


「――っ」


 結奈の体がびくっと震える。


「どうって……悠真君はどう思ったの? ……あの幼馴染みがざまぁされる作品」


 不安そうな視線をこちらに向ける。作品の感想が自分と相手で違うのではないかと思うと、不安になる気持ちはわかる。


 結奈に勧めた小説を思い出す。

 最初は幼馴染みに裏切られて辛い気持ちになるが、あの作品の魅力はそのあとのヒロイン登場からだ。

 主人公とヒロインの関係が次第に縮まり、それからは二人の甘い関係が続いていく。

 ヒロインの主人公への想いがダダ漏れでとても可愛らしかった。時には少しエッチで大胆なアピールをする。そしてそれにドキマギする主人公。

 ラブコメの王道展開だがそれがいい。そんなに甘々で幸せそうな二人を見るとこちらまで幸せな気持ちになる。


 この二人のような関係を結奈と築けたらいいな、なんて気持ちが悪い妄想まで膨らんでしまった。

 近々また読み直そうと思っているほど、素晴らしい作品だった。


「すごく良い展開だと思ったよ」


「えっ……」


「最近の中だと断トツでお気に入りの作品だな」


 結奈は俯き肩が震えている。


「うぅ……やっぱり、一回くらい朝食を作ったくらいじゃダメだよね……」


「なんだって?」


 声が小さすぎてなんと言っているかわからなかった。

 結奈が突然顔を上げる。


「私、頑張るから!」


「お、おう……頑張ってくれ?」


 いきなりなんの話だかわからないが、頑張るようなので応援した方がいいかもしれない。


「学校に用事を思い出したから、先に行くねっ」


 そういうと、バタバタと準備を整え家を出て行こうとする。


「ちょ、ちょっと!」


 俺の制止も聞かずに飛び出していってしまった。


「また、感想交換出来なかったな……」


 時計を見ると結構時間が過ぎていた。慌てて食べ終えると、学校へと向かった。

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