第4話 想いを通して
岳は直樹に千円を差し出す。何も言わず、レジに行って会計は済ましてくれた。
「少し、海でも見に行かないか?」
「ああ」
駅を通り過ぎて、そのまま坂を下っていくと、海が広がっている。堤防に登ると、海を眺めることができる。
「何で、落ち込んでいるの?」
「さあな…」
海風が涼しく吹いている。数分、無言が続いた。
「まだ、次があるって」
「まあな」
単調な返事しか、今の岳にはできそうになかった。
そもそも、彼女に何をしてほしいのだろう。付き合ってほしいのか。それとも、今まで通り、通学の途中で、カフェの外から眺めているだけで充分なのか。それすら、分からなくなっている状態で、実際に落ち込んでいるわけではないのかもしれない。
「そろそろ、帰るか。また一緒にあのお店に行こうぜ」
「ああ」
少し笑えるようになった。直樹がこんな時は、深くは聞いてこないので、良い奴だなと思ってしまう。
駅に向かうと、坂の上から彼女、玲奈さんが下って来ていた。その隣には、彼女が今日店で働いていることを教えてくれた、男の店員の姿があった。2人は寄り添って手を繋いで歩いているようで、まるで恋人のようだった。
「なんか最悪なものを見てしまった気がする」
隣で、直樹が言っていった。
今は鉢合わせたくない。海の方向に歩き出す。ショックだったのは間違いない。
「あの男…」と言いかけて直樹は黙った。心配でもしてくれたのか、ついて来てくれていた。
またしても、堤防から海を眺める時間ができてしまった。
空は暗くなって、夕日が沈んでいく。綺麗だが儚くも感じる。今の気持ちを代弁でしてくれているのか。
「ねえ、2人して何を黄昏ているの?」
堤防の下を見ると、高校の同級生であり、岳の隣の席の高杉美晴がいた。
「美晴ちゃん、元気?」
直樹が言うと、
「私もそっちに行ってもいい?」
「勝手にすれば」
「岳って、ほんと冷たいよね。美晴ちゃん失礼だよ」
「はいはい」
「じゃあ俺、先に帰るわ。美晴ちゃんに慰めてもらって」
岳は呆気に捉えた。そのまま、直樹は地面に飛び降りて、去って行った。
「直樹くん、また明日!」と美晴は手を振っている。
なんで、こんな時に、直樹も美晴と2人きりにしたんだよ。
「岳って、落ち込んでいるの?」
「だったら何?」
「直樹くんから、岳を慰めって言われたから」
ああ、帰り際に言葉ね。美晴にも聞こえていたのか。
「カフェ『憩いの間』で働いている玲奈さんのことが好きなの?」
何を急に言っているのだろう。
「玲奈さん、彼氏いるよ」
「何で、美晴が知ってだよ」
女って、余計なことを言うことが趣味なのか。
「だって、玲奈さんはご近所で仲いいから、教えてもらった。」
「あっそう」
知り合いね。世間って意外と狭いのかもしれない。
「ねぇ岳、私じゃダメかな?」
「はぁ?」
その世界に 一色 サラ @Saku89make
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