閑話 父の形見 ~刀の理由~

―イヴァリア歴16年7月17日―


昼食を摂り、食器を洗い終えたエストは居間のくたびれたソファーに寝転がっていたリュナに声をかけた。


「ねぇ、母さん・・・ちょっと聞きたい事があるんだけど。」


「どうしたの?」


「斬れない剣ってないのかな?」


「はぁ?」


エストの言葉にムクッ!と上半身を起こしたリュナが怪訝な顔を浮かべる。


「あの・・アリエナの騎士達と戦うにしても・・・俺は出来るだけ殺したくはないんだよね・・・。いや、変な事を言ってるのは分かってるよ。」


訝しげな視線から逃れるように、手をパタパタと振りながらエストが言葉を紡ぐとリュナはため息を吐いて首を左右に振った。


「はぁ・・・甘いわね・・・。」


「言うと思った。うーん・・やっぱり軽い鉄の棒とかで戦おうかな・・・。」


「そんなのあるの?」


「いや、これから探すとこ・・・。」


行き当たりばったりな息子の発言に再びため息を吐いたリュナは、ソファーの肘掛に載せていた足を床に降ろし立ち上がった。


「はぁ・・・分かった。何となくそうなるだろうと思ってたわ。」


テーブルを退かし両膝を床につけたリュナは、床に敷いてあるカーペットを捲り加工された床板を露わにした。


「え??まだ何かそこに隠していたの?」


エストはリュナの行動に目を丸くして驚いた。旅立ちの際にその床下に隠していた剣をリュナから貰っていたのだが、まさかまだそこに何かを隠しているなんて思いもしていなかったからだ。


「うん。ちょっとね。確かここに・・・。」


そう言いながら床下に顔を突っ込み手を伸ばして何かを探している様子のリュナだったが、「あった!」と嬉しそうな声を上げると布に包まれた長物を引っ張り出した。


「おい!ボーっとしてないでそこ戻しておいて!アタシはこれの埃を払ってくるから。」


「あ!うん!」


ボーッと突っ立っていたエストに声を掛け大事そうに長物を抱えたリュナが裏庭に出ていくと、エストは床板とカーペットを元に戻した。


「よし・・と・・。」


さらにテーブルを元の位置に戻し終えたエストは、台所にある勝手口に視線を向けてリュナの戻りを待つと、出た時と変わらずに大事そうに長物を抱えたリュナが戻って来た。


「お!ありがと。で、はい!これ。アンタにあげるわ♪」


「わ!?」


居間が元通りになった事を確認したリュナは、ズイッ!とその長物をエストに押し当てた。


「出してみなさい。」


「え・・・うん。」


押し当てられた長物を手に取ったエストはリュナに促され包まれていた布を解くと、深紅の柄巻に非対称に波打った鍔に黒が主体の鞘には躍動的な龍の装飾が施された刀が姿を現した。


「え?これって・・・刀??」


「ええ!そうよ。よく知ってるわね。」


「そりゃ、物語にも出て来るし・・・特にユウタ・カザマの『マサムネ』なんかが有名だよね。」


「そうね・・・・・でもそれはマサトの刀よ♪」


「父さんの??・・・・そうなんだ・・・あれ?何か文字が書いてある・・。」


刀をまじまじと見つめていたエストは鞘に見慣れぬ字が彫ってあることに気づいた。


「うん。それはマサトの元の世界にある言葉でね。『vivere est militare.』って言うんだって。マサトの好きな言葉らしいの。」


「エスト???」


「そうよ♪アンタの名前はそこから取ったのよ♪♪」


「え!?!?!?え?えええ?は??・・・え?そうなの!?!?」


突如父の形見に刻まれた文字が名前の由来だと教えられ、困惑したエストの自分と刀に視線を何往復もさせる姿にリュナは思わず吹き出した。


「プッ!ははは!そんなに戸惑う?」


「だって!急に言うから!!」


「あはははは!そうよね!!」


「・・・・で、どういう意味なの?」


「え・・・やっぱり気になる?」


楽しそうに笑う母親にジト目で睨んだエストは、その自分の名前の由来である言葉の意味を問うと若干答えずらそうな母親に首を捻った。


「え?そりゃ。」


「そうよね・・・あのね・・『生きることは戦うこと』って意味らしいのよね。」


「え?なんか・・深いね・・・どうして父さんはこの言葉が好きだったの?」


「そ・・・そうよね・・・あのね・・・アタシもどうしてこの言葉が好きなのかマサトに聞いたら・・・。」


「うん・・・・。」


「『え?カッコ良くね??』ってだけ言われたわ。」


「は??」


その答えに呆然としたエストだったが、「そうよ・・あの人そういうとこあんのよ・・。」とブツブツ言いながら遠い目をしている母親に苦笑いを浮かべた。


「あ・・・あの、それでこの刀、抜いていいかな?」


そんな母親に気を遣ったエストが話題を変えると、それにハッ!と我に返った(笑)リュナはパン!と手を叩いて大きく頷いた。


「ええ!もちろんよ。抜いてごらん。」


「うん!!」


リュナの了承(室内で刀を抜く)を得たエストは目を輝かせて小さく頷くと、ゆっくりと・・・そして静かに刀を引き抜いた。


「・・・綺麗だ。」


スラッ!と抜き切ったその刀身は洗練された輝きを放っており、少し神々しさを感じたエストは背筋がゾクッとした。


「その刀はさっき言っていたユウタ・カザマの刀をへし折ったほどの業物なのよ!」


「え!?!?凄いや!!!!それに・・・・。」


「それに?」


「何かしっくりくる。」


キュッキュッ・・と軽く握った柄は不思議と吸い付くような・・ぴったりと手に馴染む感覚があった。その感覚がやけに嬉しく、刀をジーーーーッと見つめるエストにリュナは目を細めた。


「あ・・・もしかして・・・これが斬れない剣って事??」


「そうよ。刃の背面は『峰』って言ってね。刃になってないの。」


「そうか!!初めて本物を見たから最初分からなかったや・・・こっち側を向けて戦えば良いんだね!!!ありがとう!!!」


「そう・・・それで斬らずに済むけど・・・でもね。戦いの中では甘さが命取りになる事があるのよ?」


騎士を出来るだけ斬りたくないと言う息子の甘さに不安を感じたリュナは、頬に手を当て眉を顰めながらそう告げる・・・・・が、


「大丈夫だよ、母さん。」


『言いたい事は分かっている。』という視線を向け、落ち着いた様子で刀を鞘に収める息子に胸を撫で下ろした。


「そう・・ならいいわ・・・・・よし!」


ふぅーー・・・と鼻から小さく息を吐いたリュナは、パッ!と顔を上げて笑顔を見せると再び手を鳴らした。


「ん?」


「ならアンタにマサトから教わった『お決まり』ってのを教えてあげる!!!」


「お決まり???」


「そう!!『峰』で人を打った後には言わないといけない決まり事があるんだって。」


「え???どんな???」


「こう刀を収めてね・・・・。」


「う・・・・うん。」


そう言いながら刀を収める姿勢を取ったリュナに嫌な予感がしたエストは若干引いた笑顔を浮かべると・・・・


「『安心しろ・・・峰打ちだ!!』って言うの。」


決め台詞と共にどや顔を向けて来た母親に頭を抱えた。


「えええええええええええええええ!?で、でも・・・あの・・・だって、相手は気絶してるかもしれないんだよ!」


「それでも言わなきゃならないんだって!!あーーーそう!!言いたくないなら刀返しなさいよ!!」


「ぐ・・・・わ・・・分かったよ・・・言うよ(母さん絶対騙されてるって・・・はぁあああ・・・)」


頬を膨らませて刀を取り返そうとするリュナにエストは抵抗しながら、(やっぱり聞かなきゃ良かった。)と『どんな?』と問うた自分に後悔するだった。

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