第42話 エストの盾

―イヴァリア歴16年7月20日 1時30分―


修道女たちが讃美歌を歌いながら教会の外に出て来た頃・・・


無事原石を破壊したエスト達は、教会に侵攻しているはずのミューレル達と合流すべく工業区を抜け中央区にある建物の上を移動していた。


工業区や中央区の住宅が建ち並ぶエリアの建物の屋根は、切妻や寄棟といった勾配が付いたものがほとんどであったが、中央区の中心部に入って来ると徐々に平らな陸屋根仕様の建物が増えて来た。


少し移動し易くなり余裕が出来て来たのか、横並びになったアルガスがエストに声を掛けて来た。


「それにしてもお前強いな!!」


「あ・・ありがとうございます。でも、まだまだです。」


「おお・・謙遜するねぇ♪」


エストが小さく横に首を振ると、目を丸くしたアルガスは揶揄うようにそう言ってニヤリ!と笑った。


「いえ。本当に母や祖父に比べれば・・未熟です。」


「母、祖父??・・・ってことは親父さんは?」


「幼い頃に亡くなっています。」


「そうか・・・にしてもお前の母親の方がお前より強いって・・化け物一家だな。」


父親を早くに亡くしていると聞き眉を上げたアルガスだったが、常に魔物などと戦っている騎士やアルガスたちにとってそれは珍しいことでは無かった。そのため、慰めの言葉も謝罪も口にしなかったアルガスだったがエストも特にそれを気にする事は無かった。


「あ!いえ!!たた・・「おい!」!?」


それよりもどちらかと言えば『強い!』と言った意味は精神的な事だったため、それを訂正したかったエストが口を開くがすぐにセスに遮られた。



しかし、遮られた理由はすぐに分かった。



「歌???」


「ああ・・・。」


3人の耳に修道女たちの歌声が届いからだ。


「嫌な予感がするな・・・急ぐぞ!!」


「はい!」


アルガスの言葉に強く頷いたエストは、次の建物目がけて大きく跳んだアルガスに続いて大きくジャンプした。



**


「え!?讃美歌???」


「どうして・・・まだ屋内退避は解除されてないよね?」


修道女たちの歌声は高等学校にいるクリードたちの耳にも届いていた。


「一体何が・・・・・・え!?!?!?!?!?!?」


教室の窓際に座っていたクリードが歌声につられ外に視線を向けると、月明かりに照らされたフードを深く被った人物が向かいの校舎の屋上に着地する姿を目撃した。


ガタッッッツ!!!!


「キャッ!?何??」


「どうした?クリード。」


突然椅子を鳴らして立ち上がったクリードに驚いたエリシアとエドリックが声を上げるが・・・当のクリードには2人の声が届いていないようだった。


「どうしたの?クリード!!」


心配になったエリシアが横からクリードの顔を覗き込むと、キョロキョロと瞳の位置は定まらず、唇をプルプルと震わせとても動揺している様子だった。


「エスト・・・・な・・何で外に・・・。」


「え??エストって幼馴染の??旅に出ているんじゃ・・・」


確かにフードを深く被っているため顔はよく見えなかった・・・そしてエドリックが言うように今もまだアリエナを離れている可能性もあった・・・・だが、あのニッ!と笑っている口元は何度も見覚えがある・・・そして、クリードの直感があれはエストだと告げていた。


「ううん・・間違いないよ・・・僕・・・行かなきゃ!!!あ・・いてっ!!」


ガチャン!!!ガン!ガン・・・・


「キャッ!!」


ボソッと『行かなきゃ』と呟いて勢いよく振り返ったクリードは、真後ろにあった椅子に気づかず椅子を思い切り倒してしまった。


「くっ!!!」


しかし、椅子を倒し立ち止ったことで一瞬冷静になったクリードは、一度エリシアとエドリックに視線を向けると、


「ごめん、二人とも・・・僕行かなきゃ!!二人はここにいて!!!!」


そう言い残し教室を飛び出していった。


「え!?!?ちょ・・・」


「おい!!!クリード!!!行ったって・・・ああ・・。」


エドリックの伸ばした手は、クリードに届くはずなく宙を彷徨った。


タタタタ!!と廊下を掛けていくクリードの足音と、聞こえて来る修道女たちの讃美歌にしばし呆然としていた2人だったが、視線を合わせると互いに頷きクリードの後を追うのだった。


「急ごう!!ああ見えてクリード足速いんだよ!」


「ええ!!」



**



(追い付かないかもしれない・・・でも・・・・エスト・・・・。)


教室を飛び出した時、エドリックの「行ったって・・」と叫ぶ声は耳に届いていた・・・確かに行っても何も出来ないかもしれない・・行っても追い付かないかもしれない・・・それでも行かないといけない・・・その溢れ出る思いがクリードを突き動かしていた。


「ん!!!!」


クリードがドン!!と2階と1階にある踊り場から一気に飛び降りた瞬間・・・


ダァーン!!ダン!!!


ダァアアアアアーーーーーーーーーーーーン!!!!!


周囲に銃声が鳴り響いた。


「エスト!!!」


****


クリードに見られていたとは思いもしないエストは、高等学校の屋上を走り抜けると先に屋上から飛び降りたアルガスとセスに続き街路に飛び降りた。


「ここから先は下を進むぞ!」


「はい!!」


街路に着地したエストが立ち上がると、少し先で待っていたアルガスの指示に頷き讃美歌が聞こえる教会に向かって走り出した・・・・しかし、走ってすぐに街路の先で警戒に当たっている砲撃隊員に見つかってしまった。


「お!?」


「!?・・・・お、おい!!お前たち!!!襲撃者だな!!」


「・・・・一人か??」


砲撃隊員に叫ばれ一度足を止めようとしたアルガスだったが、相手が一人だと判断すると剣に手を掛け強行突破を計った・・・・が、


「どうした!!!!」


「奴らがいたのか!!」


その声を上げた砲撃隊員の下に銃を構えた数名の隊員たちが集まって来てしまった。


「あちゃあ・・・。」


その様子に目を大きく開いたアルガスは剣の柄から手を放し、トットットッ!!と片足で走っていた勢いを殺した。


「ああ!!!アイツらだ!!!逃げられる!早く打ってくれ!!」


「ああ!」


「了解!!!!」


「よし!打てぇえええええええ!!」


アルガスに続き慌てて足を止めたセスとエストだったが、既に砲撃隊員たちは一列に並び一様に片膝を地面に着けていた。


「!?!?やべぇ!!!!」


ダァーン!!ダン!!!


ダァアアアアアーーーーーーーーーーーーン!!!!!


砲撃隊が間髪入れずに発砲してきた・・・・が、それに素早く反応したアルガスとセスは街路左手の路地に、そしてエストは右手の路地に飛び込み彼らの銃弾を躱した。


「おい!!別れて移動するぞ!!」


「はい!」


反対側の路地から声を上げてくれたアルガスに手を挙げ踵を返したエストは、追手を振り払うように高等学校脇の細路地を走り出した。


「あ!!!エストォ!!!良かった!!!!」


「え???」


しかし、その路地中程でまた想定外の事が起こった。


同じ路地に飛び出していたクリードと鉢合わせになってしまったのだった。


「クリード???どうしてここに・・。」


「さっき教室の窓からエストの姿を見つけたんだよ!!!それよりエスト!!!今は屋内退避命令が出てるんだよ!!」


「は?・・ああ。」


思わぬ幼馴染との再会に虚を突かれたエストだったが、追われている事を思い出し顔をブンブン!!と強く振った。


「そんな事は分かってるよ!!クリード、事情は後で話すから今は教室に戻ってくれ!!」


「え??ならエストも一緒にだよ!!」


クリードの両肩を掴んだエストが学校に戻るよう促すも、グッ!!と足を踏ん張りクリードはこの場から動こうとしなかった。


「いや、俺は・・・・くそっ、何でこのタイミングなんだ!」


説明しようも今は時間は無い・・・エストは思わず苦悶の表情を浮かべてしまった。


「ごめんエスト・・・エストの姿を見掛けたら居てもたっても居られなくなって・・・。」


しかしクリードはエストのその表情で『エストにとって自分は余計な事をしている。』と察したようだった。だけど、肩を落としたクリードはそれでも確認したい事があった。


「エストが何か・・・警鐘に関わってるんじゃないかって・・・ごめん。」


「ぐっ・・・・・い、いや、クリードは悪くない!だけど俺にはやらなくてはいけない事があるんだ!だから!!」


クリードはエストが言葉を詰まらせた事で何かに関わっていると理解した。しかし、それでも自分を責めずに、いつものように真っ直ぐ目を見てくれるエストを今は信じようと頷いたのだが、2人はこのやり取りに時間を使い過ぎた。


「うん。分かった・・・エスト・・・『『『ガチャッ!!!!』』』!?!?」


追いかけて来た数名の砲撃隊員がエストの背中に銃口を向けていた。


「動くなぁあああああああああああああ!!!!」


「武器を下ろし投降しろ!!!!」


「・・・・。」


『この追いかけて来た小隊は、先程の無闇矢鱈に発砲してきた者達とは違うようだ。』先程の隊には無かった声色の男の警告に、そう感じたエストはゆっくりと両手を挙げた。


「え???え???・・・・。」


「こっちの男は一般人だ!!!」


街灯の明かりでキラッ!と光った銃口にクリードは息を呑み、エストは砲撃隊に背中を向けたまま大きく声を上げた。


「武器を下ろし投降しろ!!!!」


「は??・・・・こっちの男は関係ないって言ってるんだ!!!」


「いいから武器を下ろせぇえええええええええええ!!!!」


「はぁ・・・・・・おい、早く逃げろ!!クリード・・・。」


何を言っても『武器を下ろせ。』としか言ってこない砲撃隊にため息を吐いたエストは、この隙に逃げるよう小声でクリードに話しかけるが、銃口を向けられ動揺しているのかクリードは呆然としながらブツブツと何やら独り言を呟いていた。


「どうして僕は・・・・何も出来ないのに飛び出したんだ・・・・無鉄砲に・・・身勝手に・・・・でも・・それでも・・・守らなきゃマモラナキャ・・・今度こそ僕はコンドコソボクハ・・・。」


「おい・・クリード・・クリード・・・・・くそ!」


その様子にショックで気がおかしくなってしまったのかと錯覚したエストは、砲撃隊の警告を無視して懸命に声(小声で)を掛け続けるもクリードはブツブツ呟きながら顔を俯かせてしまった。


「・・・・下ろさんのだな!!」


「だから!!!こっちの男は一般人だと言ってるだろ??それでも撃つのか??」


「残念だが、屋内退避命令発動中にも関わらず外に出ている者は襲撃者と見なしてよいと命令が出ている!!!」


「は?」


「襲撃者は5度の警告を無視した!!発砲を許可する!!」


「「「はっ!!!!」」」


『『『ガチャッ!!』』』


(大切な人が撃たれる・・・・。)


砲撃隊員の銃を構え直す音にピクッ!と反応したクリードは、その後全身をブルッ!!!と震わせ一度天を仰ぎ・・・再び小さく呟いた。


「僕は・・・エストの・・・。」


「打てぇえええええええええええええええええええええええええ!!!」


「くそ!!!!!スアニャ!!!」


エストが振り返って風の精霊に声を掛けたのと同時に、視線を砲撃隊に向けていたクリードが両手を広げてエストの前に飛び出した。


「盾だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


「え??バカ!!!!!!!・・・・!?」


**


その瞬間・・・


学園時代に・・・たまに


「くらえ!クリードの盾だ!!!」


そう叫んではクリードの背中に回り込んで遊んでいた事をエストは思い出した。


「おい!!やめろよ!!」


いつもドゥーエがそれを止めさせようとするが、クリードは楽しそうに笑っていた。


「あはははは!!!僕はエストの盾だーー!!!」


そう嬉しそうに声を上げ無邪気に笑うクリードの顔が・・・エストの脳裏を過った・・・・


**


「あ・・待ってくれ・・・・」


我に返ったエストがクリードの背に手を伸ばすが・・・




ダン!!ダダダッダ!!!


ダァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!




6発もの銃弾がクリードの体に撃ちこまれた。

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