第41話 狂信者の壁③
「はぁ?」
「あなたは言葉が分からないのですか??あなた方のような野蛮な者達を教会内に立ち入らせるわけにはいきませんと言っているのです。」
「おいおい・・・そこをどかなきゃ斬るぞ!!!」
「話になりませんね。」
年老いた修道女の捲し立てるような言い方にイラっとしたバガンが、剣の切っ先を向けるが彼女たちはそれに動じる事無く讃美歌を歌い続けている。
「私たちは死など恐れていません。」
「恐れるべきは暴力に屈すること!」
「イヴァ様の御心に沿えないこと!」
「私たちはたとえ殺されようともあなた方には屈しません!!!」
列を組んでいる修道女たちが次々と声上げるのだが・・・・その顔は作り物ように無機質でまるで人形劇でも見ているような感覚をミューレルは受けた。
「何だこいつ等の目つきは・・・イカれてるのか?」
「司祭め・・・こんな手を使ってくるとは・・・・。」
口はにこやかに両端を上げながら讃美歌を歌っている修道女たちの目を見て、バガンは顔を引き攣らせた。その瞳はこちらを見ているようで見ていないような・・・瞬きもせず揺れもせず・・・まるでガラス玉を埋め込まれているようだった。
「・・・・。」
しかし、スッ・・・とバガンの前に出たアリシアが冷たい目を彼女たちに向けると、
「なら死ねばいい・・・・。」
と呟き両手を頭上に掲げた。
「アリシア!止めなさい。」
修道女たちにも雹を降らせようとしている事に気づいたミューレルが、アリシアにそう叫ぶも彼女は耳を貸そうとしなかった。
シュゥウウウウウウウウウウウウ・・・
修道女たちの頭上に真っ黒な雲が広がっていくと、笑みを浮かべたアリシアが両手を振り下ろそうとした。
「アリシアァァアアアアアア!!!」
しかし、怒声を上げたミューレルがアリシアの背に手を当て『
バチン!!!!!!
「キャッ!?!?」
その衝撃に耐えきれずアリシアは扇子を手放し街路に崩れ落ちてしまった。
「私は止めろと言いましたが。」
そして、崩れ落ちたアリシアにギロッと鋭い視線を向けたミューレルが低い声で彼女を戒めた。
「申し訳ございません・・・ですが・・・。」
「『ですが??』・・・私の指示を聞けないのならこの場を去りなさい。それに、彼女たちに手を出せば『イヴァへの反逆』を高らかに宣言したようなものになります。」
「!?」
「今はまだ、騎士団は我々をただの蛮族として見ているようです・・・・が、彼女たちに手を出せばどうなるか分かりません。彼女たちのように・・・・まるで操り人形のように騎士たちが形振り構わず襲い掛かってくる可能性があります・・・・。」
「はい・・申し訳ございません。」
「しかし・・・教会内に入ってからならまだしも・・・手前で足止めされるとは・・・・・。」
ミューレルに咎められたアリシアが肩を落としシュンとすると、ミューレルは教会上部にある司祭の部屋の窓を見上げ、ギリッ!!と悔しそうに歯を喰いしばった。
****
「何!?教会に向かっただと!?」
アリエナ城の正門の前で蛮族たちを待ち構えていたサイリスは、駆け付けた騎士の報告に愕然とした。
「ハーセンさん・・・俺たちの予想は外れましたね・・・。」
「ぐ・・・くそっ!蛮族が教会に何の用があるってんだ!」
サイリスの隣に立っていたマリウスがため息を吐くと、彼は悔しそうにダンッ!!とアリエナ城の本壁に拳を打ちつけた。
このサイリス・ハーセンという男も『蛮族の狙いはアリエナ城』だと思い込んでいた一人だった。しかもそのサイリスの『アリエナ城に先回りして蛮族を迎え撃つ!』という意見にマリウスもドゥーエもその他の騎士も一切反論をしなかった。みんな同じ意見だったからだ。
そのため誰もサイリスを責めたりはしないのだが、自分がこの場所に先導したという責任を彼は感じているようだった。
それに対してどのタイミングでマリウス達をアリエナ城に引っ張るか迷っていたドゥーエは、サイリスが『奴らの狙いはアリエナ城だ!それしかない!』と発言した際、胸の内で両手を上げ大喜びしていた。
自分が言わずともアリエナ城にマリウス達を引っ張ってくれたサイリスに、ドゥーエは心の中で感謝をしていた。騎士団の中で機転が利き腕の立つマリウスとミューレル達を戦わせたくなかったドゥーエは、自らの思惑通りに事が進んでいることに胸を撫で下ろしていた・・・・・のだが、その一方で胸騒ぎや違和を感じていた。
『♫~♪♪♬♩~~~♫♫♩~~』
そして、そんなドゥーエの耳に例の修道女たちの歌声が届く。
「何だ??」
「讃美歌!?」
「え!?え・・・いったい何が・・・(胸騒ぎの原因はこれか??)」
広場の向こう側にある教会に目を向けたドゥーエが眉を顰めると、その背後に立っているマリウスとハーセンのもとに先程とは別の騎士が駆け付けた。
「お!どうだった?」
「はい!もうそろそろニドラン中将率いる一個隊が教会に到着するようです。」
「!?」
騎士の報告に驚いたドゥーエは、その騎士の報告で自分が感じていた違和に気づいた。
『ここではない別の場所を蛮族が襲撃している。』
それを知ったというのにマリウスが普段ならすぐに打つ次の一手を、今は全く打とうとしていなかったのだ。
「やはりそうか・・・ニドランさんの勝ちだな・・・・ハーセンさん!!!我々はこのままアリエナ城の守りを固めておきましょう。」
「ん??ああ・・・そうだな。」
「やはりって・・・勝ちって何ですか・・・?」
「ん?ああ!そうか、お前遅れて来たから知らなかったな。お前が装備を整えて正門に来る前にニドラン中将と話をしていたんだよ。」
「え??」
「俺は蛮族どもは『アリエナ城』を狙っていると思っていたんだが、中将は『教会側が気になる。』と話していたんだ。」
「それで・・中将の勝ちだと・・・?」
平然と賭け事をしていたかのような事を口にするマリウスにドゥーエは眉間に皺を寄せて強い視線を向けたが、マリウスはそれをいなすように話を続けた。
「ああ・・勘違いしているようだが別に中将と賭けをしていたわけではない。アリエナ城も教会もアリエナにとって大切なものだからな。どちら側に蛮族が来たとしても、動くことなくそのまま守りを固めていようと話し合ったんだよ。まぁ、危ない時は信号弾を上げることになってはいるがな。」
「そ、そうだったんですね・・・・全然気づかなかった。」
「そりゃあそうさ、中将が去った後にハーセンさんが来て、さらにその後に来たのがお前だったからな・・・・とは言えやる事は変わらない。聞こえてくるあの歌声は気にはなるものの、さっきも言った通り我々はここの防衛に努める。」
「は、はい・・・。」
教会で今何が起こっているのか・・・・マリウスの言う通り、気になるもののここで命令に背くわけにはいかず、歯切れの悪い返事をしたドゥーエは再び視線を教会側に向けると、遠くから不気味に聞こえてくる修道女たちの歌声に胸をざわつかせていた。
****
唖然としていたのはミューレル達だけでは無かった。修道女たちの登場に砲撃隊の面々も呆気にとられていた。
「あ・・・・・・ここは危険です!!中に・・・??」
その中の一人がハッとして修道女に声を掛けたが、彼女たちがピクリとも反応を示さない事に驚き後退った。
「聞こえていないのか???いったい・・・何なんだ・・・。」
一見凛としているように見えた彼女たちに敬意を持った隊員たちであったが、徐々にその異様さに気づくと恐怖を抱き始めた。
「危ないですって!!おい!!!」
「どうする??」
「い・・いや、俺に聞かれても。」
そして、修道女たちが自分たちを押し退けて前に出て行くと、砲撃隊員たちの間に動揺の色が広がっていった・・・・・普段のお淑やかな修道女たちの姿はそこにはない・・・まるで訓練されている自分たちと同じように・・・いや、それ以上の一糸乱れぬ歩行に隊員たちは息を呑んだ。
カツッ・・・カツッ・・・と一定のリズムで近づいてくる修道女たちを見て、ブルッ!!と身震いしたバガンは上半身だけミューレルに振り向けて叫んだ。
「じいさん!!!どうするよ??こいつらヤバいぞ!!!」
「分かってます!仕方ありません。教会の左手を回り別の入り口を探しましょう。」
「ああ!」
「よし!行くぞ!!」
「おおおおおおおお!!」
ミューレルの言葉に頷いたバガン達が声を掛け合うと、修道女たちから逃げるように街路を走り出した・・・・が、目の前に巨躯な男が立ちはだかった。
「ふぅうううううううううう・・・・。」
「・・・アルギア・ニドラン・・・・。」
深く息を吐いた男の登場に驚いたミューレルは、思わずその男の名を口にした。
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