第23話 洗脳② ~ミューレルの過去④~
ミューレルが扉を開けると、床にオパールやアメジスト、ペリドットなどの原石が乱雑に置かれていた。ラビナ鉱山から発掘されたモノだけでなく、ホロネルや各地にある鉱山から採掘された原石たちだ。
辺りを見渡すと、壁や室内を仕切るように並べられた棚にも数多くの原石が置かれており、その棚の奥から石を削る音が聞こえていた。
音が鳴り止んだタイミングで、ミューレルが奥に声をかけると棚の間から50代くらいの男が顔を出した。
「いらっしゃいませ。研磨の依頼か何かですか?」
ダークブラウンの髪を後ろにまとめいた男は、細めの目をさらに細めてニヘラと笑った。
「いえ、そうではないのですが、あなたがモンド・リカルトさんで宜しかったでしょうか?」
帽子を取って会釈するミューレルに、スッと目を薄く開いたその男は、先ほどの愛想の良い声色とは打って変わり、警戒するよう低い声をミューレルにぶつけた。
「あんたはいったい何者だ?」
「え?」
「どうして父の存在を知っている?」
「は?ちょっと待ってください!」
疑いの視線を向けられたミューレルは、慌てて両手を差し出すと男の誤解が解けるよう努めた。
「父の存在を知っているという事は、イヴァリアの回し者か?今度はいったい何だ!!」
「いえ、そのような者とは違いますよ。」
「ハッ!!誤魔化そうったってそうはいかない!お前らの言う事は信用出来ないからな!」
「はい!同感です。まったくもってその通りです!」
「ん?」
「私もそう思います!!特にイヴァリアの教会関連者の言う事など何一つ信用出来ん。」
平然と、しかも語気を強めにそう言いのけるミューレルに、男は目をパチパチさせ驚きの表情を見せた。
「そんな事を口にするってことは・・・・本当にイヴァリアとは関係ないのか?」
「はい。」
「ならどうして父の名を知っているんだ?」
「当時『女神の心』に携わった古い友人から無理言って教えて貰ったのです。あれの正体を知るために。」
「!?」
その発言に細い目を大きく開いた男は、揺れる事なく真っ直ぐに自分を見つめる老人に何故か嘘は無いと感じてしまった。
「あ・・あんた・・・・名前は?」
「あ!これは失礼致しました。私はミューレル・セレニーというしがない老人です。」
「あの・・富豪の!?」
「富豪なのは家内と亡くなった家内の父でして、私はしがない老人です。」
「・・・・ははは!面白いな・・・いや、こちらこそ失礼しました。私はモンド・リカルトの息子でムントと言います。こんな汚れた作業場にいらしていただき光栄です。」
一瞬破顔したムントであったが、口調を変え、姿勢を正すとミューレルに軽く頭を下げた。
「そんなにかしこまらないで下さいよ。」
「いえ、そうはいきません・・・ですが、セレニーさんのご希望には沿えないかと思います。」
「え??まさか亡くなられたのですか?」
「いえ・・・そうではないのですが・・・・・。」
申し訳なさそうな表情を浮かべて言葉に詰まるムントに、ミューレルは胸にざわつくものを感じ眉をひそめた。
****
作業場の2階で生活しているムントに連れられ、階段を上がったミューレルは奥の部屋に招かれるとベッドに横たわる老人の状態に呆然と立ち尽くした。
ガリガリとやつれたその老人は、何かを求めるように手を宙に揺らしながら
「イヴァ様・・・ああ・・・・ああ!イヴァ様・・・」
と憑りつかれたように女神の名を何度も口にしているのだ。
「こ・・これは・・・・いったい・・・。」
「16年前・・・私にはその作業の内容を教えてはくれませんでしたが、何かの仕事を終えた父は『褒美を取らせる。』とイヴァリアから通達が来て神国に出向きました。
しかし、その後なぜか父はイヴァリアで拘束されてしまったんです。」
「は?」
「その知らせを聞いた母は、驚いてイヴァリアに向かったのですが門前払いされました・・・・戻って来た時の母の顔は未だに忘れられません。その後、気落ちした母は床に臥せ・・病にかかり・・・・5年前に亡くなりました。」
「そんな・・・・。そもそもどうして拘束なんて・・・。」
「『拘束』の詳しい理由は全く教えてくれませんでした。ただ『不敬罪』としか・・・・その後、父がどうなっているのかは全く分かりませんでしたが、昨年、突然『刑期は終わった。』とだけ書かれた書状と共に帰ってきた父はこの有様でした。」
「な・・・なんと・・・・身勝手な!!」
「はい。いきなり拘束しておいて、弱り果てれば面倒を見切れないと突き返すその身勝手な行為に私は激昂しました。その怒りのまま父を運んできたイヴァリアの騎士達を問い詰めたのですが・・・剣を抜いた騎士達に『公務妨害で捕縛するぞ!』と怒鳴られる始末でした。それに何を言われたのかは分かりませんが・・・職人仲間も見て見ぬ振りをするというか・・・父の存在は無いものとされました。」
ムントの告白にミューレルは唖然とした。
「それで、なぜ名を知ってると・・・・・ロウは・・この状況も知っていたのか?だから地図を・・・いや、それはもういいか・・・。」
「ロウ?」
が、ムントの問いかけに、唖然としながらもつい思考を口にしていた事に気づいたミューレルは被りを振った。
「いえ、すいません。気にしないでください。それで・・お父様はずっとこの状況なのですか?」
「あ・・起きてる時のほとんどはああやっていますが、1~2時間に1回程度、疲れるのかあの動きが止まるときがあるので、その隙に何とか食事を摂らせて・・いや、無理矢理食べ物や水を押し込んでいるような状況です。その他は寝ています・・・が、父はもう間もないだろうと思っています。」
「そうなのです・・か・・。」
「はい。ここ数日で一気に手の力も咀嚼する力も弱くなって来ましたので・・・ですが、気が狂った父の介護から解放されるのなら・・・それはそれで良いのかと、最近思うようになって来ました。」
「ムントさん・・・・。」
顔を覗かせる息子に視点を合わせる事の無い父親の頭をそっと撫でながら、明るく努めようとするムントにミューレルは上手く言葉を繋げれなかった。
「酷い息子ですよね・・・・。」
「そんな事は無いです。あなたは立派です・・・あの、お父様にご挨拶させていただいてよろしいですか?」
そう話ながらミューレルがムントの横に立つと、ミューレルに視線を向けたムントは寂しげな笑顔で軽く頷いた。
「ありがとう。」
ムントに礼を言い、モンドに声をかけようと宙に彷徨わせている彼の手を取ったミューレルは、手を触れた事でモンドの心を黒い影のようなモノが覆い尽くしている感覚を得た。
それは、ロウの背中に手を当て、『女神の心』の質問を繰り返していた時に感じたモノと同じ感覚だった。
「!?!?」
「どうしました!?・・・・・え??」
ビクッと体を震わせモンドの手を放したミューレルに驚いたムントだったが、今度はバッ!と自分に顔を向けたミューレルの力の入った目に少し気圧された。
「お父様の心を少しだけですが元に戻す事が出来るかもしれません!」
「え!?」
「私は先日、『洗脳』を解く事に成功しました。」
「いったい何を言ってるのですか?『洗脳』??解く??」
「あなたのお父様は気が狂った訳ではなく、女神に強い洗脳を受けた可能性があります。」
「お・・仰ってる言葉の意味が・・分かりません。」
早口で捲し立てるミューレルに若干腰が引けたムントが苦笑いを浮かべると、それに気づいてパンッ!と額に手を当てたミューレルは、落ち着きを取り戻すようにゆっくりと語りかけた。
「ああ!?すいません。ちょっと興奮してしまいました・・・一から説明致します・・・が、その前にムントさんは『洗礼の儀式』を受けてないと存じますが、合ってますでしょうか?」
「え??はい。工業区の金持ち連中や子供たちはほとんど受けたと思いますが、私たちまでは・・まだ順番が回ってきていないです。」
「そうですか!なら話は早い!」
ムントの返答にニッ!と笑顔を見せたミューレルは、これまでの・・ここに至るまでの経緯をムントに話し始めた。
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