第24話 女神の心② ~ミューレルの過去⑤~
「・・・・それで私は『女神の心』に疑念を持ったのです。」
「・・・・。」
すっかり冷めてしまったコーヒーに口を付けたミューレルに対し、ムントはカップを持ったまま固まっていた。
先程、ムントの父親が寝ているベッドの脇でこれまでの経緯の説明をし出したミューレルを止めたムントは、ミューレルを居間に連れ、古びたテーブルの横で荷物置き場になっていた椅子の荷物を片付けるとそこに座らせていた。
話が長くなるかもしれないと感じてそうしたのだが、
「そうですね・・・まず、私がなぜ『女神の心』に疑念を持ったかというと・・・。」
というミューレルの話の出だしから、驚きっぱなしのムントはカップに口を付けることが出来なかった。
「信じられませんでしょうか?」
「いえ・・・ですが、父のこの状況を目にしていなければ信じられなかったかも知れません。」
「ええ。そうでしょうね。」
ムントの返答に、二度軽く頷きコーヒーを飲み干したミューレルは、「御馳走様でした。」と呟くと椅子から立ち上がった。
「?」
「先程の話の中で、旧友の洗脳を解いた方法を濁らせて説明して言いましたが。」
「はい。」
「その方法がちょっと荒療治なのです。」
「・・・・・・その方法は何なんですか?」
「『雷の魔法』で洗脳の気配・・というより波動の方が分かりやすいでしょうか・・・それを打ち払います。」
「え?雷ですか??それって・・・歴史の授業に出て来た・・・確かグラティアを救った『雷帝』と言われた人みたいなやつですか?」
「・・・・・・。」
ムントが『雷帝』という二つ名を口にすると、ミューレルは気恥ずかしそうに苦笑い浮かべた。
「え?まさか???」
「はい。あまりその名は好きではないのですがね。」
「・・・・セレニー・バゼル・・・・ミューレル・セレニー・・・そう言う事ですか。」
「名を変えて理由は下らない理由なのですけどね。それで話は戻りますが、荒療治故にお父様の体力が持つか分からないのです。仮に洗脳が解けたとしても命を縮める可能性があります。」
「・・・・軽く私に雷の魔法をかけてもらっても宜しいですか?」
「え?はい。ちょっと手を。」
首を傾げながら手を差し出すように求めるミューレルに、スッと手を差し出したムントは手首を握られるり椅子から飛び上がりそうな衝撃を受けた。
バチッ!!!!!!!
「イタッ!?!?・・・・・はははは!本物だ。」
「はぁ。疑っていたのですか?」
ため息を吐いたミューレルに、ムントは目を細めてニヘラ!と笑った。
「すいません。急に『私が雷帝です!』と言われても・・ははは。」
「まぁ・・・そうですよね。で、信じてくれましたか?」
「はい・・・それと父の事もお願いします。」
「良いのですか?」
「はい。このまま死を迎えるより、父が目を覚ます可能性にかけたいです。」
静に椅子から立ち上がったムントは、そう言うとミューレルに深く頭を下げた。
****
「では。やりますね?」
「はい。」
「イヴァ様・・・イヴァ様・・。」と手を徘徊させているモンドの胸に手を当てたミューレルが雷の魔法を放った。
『
バチチチチチチチチチッ!!!!!!!!!
「イヴァ・・いぃいいいいいいいいいいぎいいいいいいいいいい!!!!!」
激しく鳴り響く放電の音と共にモンドは体を激しく上下させ悲鳴を上げるが、ミューレルはモンドの胸から手を放すことはなかった。
バチン!!!!!!!
最後に大きな音がすると、モンドの中の陰りが消えた事を感じたミューレルはそっと手を放し、後ろで呆然と立ち尽くしているムントに微笑んで見せた。
「お父様・・・頑張りました。」
「ち・・・父は?」
「大丈夫・・息をしていらっしゃいますよ。」
口を半分開き、意識を失っている様子のモンドではあったが、呼吸をしている事を確認したムントはホッと胸を撫で下ろした。
「洗脳は・・・解かれたんでしょうか?」
「恐らくは・・・お父様が目を覚まさなければ分かりませんが・・・。」
祈るような思いでモンドを見つめていると、力なく垂れさがっているモンドのその手に動きがあった。
「あ!?ムントさん!」
「親父!!!!親父!!!!!!!!」
ムントが何度も父親の耳元で声を上げると、意識を取り戻したモンドの目がゆっくりと開かれた。
「ぉ・・・こ・・こは・・・・。」
「お・・親父!!!」
「・・・ああ・・・ム・・ントか?」
「あ・・・あああああああああああああああああああああ!!!」
名を呼ばれボロボロと涙を零したムントは、大声を上げベッドに突っ伏した。
まだ意識が朧気なのか視線を彷徨わせるモンドだったが、視界にミューレルを捕らえるとその顔をしっかりと見据えた。
「そ・・・・そこの方・・・ありが・・とうございます・・・・ゴホッ!ッゲホォ!!!」
「無理をされないで下さい。」
「親父!大丈夫か!?」
「み・・み・ず・・・。」
「ああ!ちょっと待ってくれ!」
涙を拭い、台所に走ったムントはストロー付のコップに水を入れて急いで戻ってくるとゆっくりと父親を抱え上げてそれを飲ませた。
「ん・・・ぐ・・・も、もう大丈夫だ・・・。」
「うん。」
モンドが口からストローを放すと、脇にコップを置いたムントは今度はそっと父親をベッドに寝かせた。
「あ・・んたの・・おかげ・・・だ・・・。」
再びミューレルに視線を向けたモンドが礼を口にすると、目を大きく開いたミューレルがモンドに問いかけた。
「まさか・・・自分の意識があったんですか?」
「あ・・ああ。何となく・・だが、意識はあった・・・ただ・・・深い霧の中にいるようだった。」
「そんな・・・では、女神の名を口にしていたのは・・・。」
「オレの中にもう一人のオレがいるような・・・そいつに主導権を握られているような感覚だった。」
「そう・・ですか・・・それは・・あ!!すいません。ムントさん!」
「いえ。セレニーさんのお陰ですから。」
目は変わらず宙をウロウロさせているが、話している内にモンドの口調はしっかりとしてきた・・・・が、ある意味久しぶりの親子の再会に水を差してしまったミューレルは、気まずそうにムントに頭を下げると少しベッドから距離を取った。
「ムント・・・。」
「ん?」
「長い間・・・す・・まんかった。」
「ああ。」
首を傾け、うろついた視線をしっかり息子に合わせたモンドは謝罪の言葉を口にすると、ムントは目を閉じ数度頷いてみせた。
それに微笑み小さく頷いたモンドは、今度は弱々しくも強い視線を息子に向けて語り始めた。
「・・ムントよ・・言わねばならない事が・・ある。あの石を信じてはならん・・・イヴァリアを・・信じてはならん・・・」
「あの石??『女神の心』かい?」
「そ・・うだ!あの石は・・あれに生み出されたものではない・・・普通に発掘され・・オレの手で研磨された石だ・・・・イヴァリアは・・嘘を吐いている・・・。」
「やはりそうだったんだ!?」
「知ってたのか?」
「いや、セレニーさんが教えてくれた。」
「・・・セレニー・・・そうか・・・。」
「それで親父!イヴァリアでいったい何があったんだ?」
「あ・・・ああ・・イヴァリアから褒美をやると言われたのまでは覚えてるか?」
「ああ。」
「それでイヴァリア行って・・ア・・ルスト城に連れてかれると・・・王から金をやるから石を加工した事は忘れろと言われたんだが・・・オレはそれを断った。ゴホッ・・・。」
「な・・。」
「オレは・・か、金が欲しくてやったんじゃねぇって言ったら・・・突然、怒った女神が現れて・・・ああ・・そこから何がなんだか・・分からなくなっちまった・・・・ゴホッ!!!ゴホ・・ゲホォオ!!!!ゴホッ!!!」
ゆっくりながらも確実に会話を交わしていたモンドだったが、徐々に声は弱くなり胸を押さえて咳き込み始めてしまった。
「大丈夫か?水!?」
「い・・いい・・・。」
心配してコップに手を伸ばしたムントにモンドは小さく首を左右に振ると、ムントの後ろから申し訳なさそうな表情を浮かべたミューレルが顔を覗かせた。
「あの・・申し訳ないのですが・・・質問しても大丈夫ですか?」
「ああ・・は・・い・・。」
「あの石に何か仕掛けがあるのでしょうか?研磨していて気づいた事とかありますでしょうか?」
「仕掛け???分からないな・・・・研磨の手ごたえで他の石より少し脆そうだと感じたくらいだ・・・。」
「そうですか・・・・。」
「だが・・・物はあるぞ?」
「「え!?」」
ミューレルとムントが同時に驚きの声を上げると、モンドはプルプルと手を震わせながら隣に座っているムントの膝に手を置き口を開いた。
「ムント・・オレの道具箱はまだあるか?」
「ああ!ずっと保管しているぞ??」
「すまんが・・持ってきてくれ。」
「あ・・ああ。」
言われるままに1階に降りたムントが、大きめの道具箱を抱えて戻ってくるとモンドはそれを愛おしそうに見つめていた。
「持ってきたぞ?」
「ああ・・開け・・ゴホッ!!うぅ・・・開けてくれ・・・・その二段目の底が取れるようになっている。」
「!?ホントだ・・なんだ?たくさんある・・・この石・・もしかして・・・。」
「ああ・・女神の心の・・原石だ。」
その言葉に目を大きく開いたミューレルは、ムントが手にした『女神の心』の原石に顔を近づけた。
「本物ですか!?」
「ゴホッ!ゴホゴホ!!・・・ほ・・本物の原石だ・・・整形した時に砕いた物を取っていた・・ゴホ!!!!持って行け・・・。」
「よ・・・良いのですか??」
「ああ・・ゴホッ!!ゴホゴホゴホ・・・ゲホォ!!!!!」
「あの。セレニーさん。」
「あ!?」
激しく咳き込み出した父親を案ずるようにミューレルの名を呼んだムントは、それを察して後ろに下がり、謝罪するよう深く頭を下げたミューレルに恐縮した。
「止めて下さい!セレニーさん・・・すいませんでした。」
「いえ。ご無理をさせてしまいました。こちらこそ誠に申し訳ない。」
「そんな・・・・・あ。」
「・・スゥ・・・スゥ・・・・。」
激しい咳き込みが収まったモンドは、疲れた様子で静かに目を閉じると眠りに入ってしまった。モンドに毛布を掛けるムントの姿に目を細めたミューレルは、居間に戻ると椅子に掛けていたコートと帽子を手に取った。
「セレニーさん!あの石は・・・。」
「また来ますので、それまで預かっていていただけますか?まぁ・・まずはゆっくりと親子で語らってください。」
「・・・はい・・・・本当に・・・ありがとうございます・・・。」
目に涙を浮かべて頭を下げたムントの肩に、ポン!と手を置き静かに微笑むんだミューレルはその場を後にした。
そして、外に出ると大きな収穫に胸を撫で下ろしたミューレルは、雪が止み、雲の隙間から顔を覗かせる星に目を向けると「ロウよ・・・感謝する・・・。」と小さく呟き瞼を閉じた。
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