第22話 工業区域 ~ミューレルの過去③~


―イヴァリア歴12年12月20日―


自分の心に落とした影のように、真っ黒い煙を立ち上げている工場の煙突を望んだミューレルは、空から舞い落ちる白い雪に身を屈めると、コートのポケットに両手を突っ込み工業区に向かって街路を歩き始めた。



****


その5日前、ロウの手紙を胸に抱き慟哭した日。目を赤く腫らしたミューレルはそのまま床に倒れ込んでしまった。前日、寒風が吹く橋の上でしばらく雨に打たれていたために体調を崩したのだった。その直後にメイドが倒れているミューレルに気づき、医者を呼び事なきを得たがその後2日間、ミューレルはベッドの中で熱にうなされる事となった。


3日目、熱は下がったのだけれども、医者からあと2日は安静にと言われてしまったミューレルではあったが、熱が下がったのと共に冷静さを取り戻していた。



そして、5日目の朝・・・ベッドで体を起こしていたミューレルは、右手にある窓から外を眺めながら何やらブツブツと独り言を呟いていた・・・。



「ロウよ・・・・私は考えが浅かったようだ。


よくよく考えれば、その瞬間の『洗脳』は打ち消せたとしても、会話を思い出せばイヴァが仕掛けた『洗脳』が反応するに決まっていたのにな・・・。


やはりワインに付き合わなければ良かったよ・・・・・いや、違うな・・・・・昔話に花を咲かせ過ぎて、あの後一度も『女神の心』に関する話題を持ち出さなかったのが良くなかったのか??・・・・・いや、それも違うだろうな・・・これ以上互いに負担をかけまいとその話題を避けていた雰囲気があったしな・・・・何にせよ、ロウよ・・・気づけずに済まなかった。


・・・・・。


いや!気づいたとしても・・・それでもお前は私に何も告げずに自殺をしただろうな・・・・そもそも何故、わざわざ『気違い』だと言われながらも橋から飛び降りたんだ???



!?



私のためか?周りに気が狂ったと思わせるために・・・・私に嫌疑の目が向かないようにするためにわざと・・・・。」



ギュウウウ!!!!と太ももに掛けている毛布の端を両手で握り締めたミューレルは、視線を窓から正面に戻した。



「これ以上お前の事を考えても、推測やいい訳にしかならんな・・・・・ロウ。詫びはそっちに行ってからにする。」


そう話、ベッドから足を降ろしたミューレルの目には力が戻っていた。



****



ミューレル・セレニーはどう考えてもイヴァが再降臨し、『女神の心』が各地に置かれてから世界の流れは悪い方に向かっているように感じていた。


国名がアルスト王国から神国イヴァリアになったくらいは良しとするが、それまで自由に交流出来ていた国が結界により閉塞的になってしまった。許可の無い者は住む事は勿論、入国する事も出来なくなった状況に人族の一部に差別的思考が発生した。


また、他に挙げるとするならば


●洗礼の儀式という新制度


●また、それによる選定の結果での差別的思考


●騎士団上層部の腐敗。


●動機不明の殺人事件の多発


そして・・・『洗脳』と・・・挙げればまだまだ出てきそうだが、そのどれを取っても人族に良い影響を与える内容では無い事は確かだ。



それでも人々は『イヴァ様のおかげで』と口にする。


ポケットの中に仕舞いこんでいた手紙を握りしめたミューレルは、


「ロウよ!必ず・・・・皆の洗脳を解いてみせるからな!!!」


そう決意を口に出し、工業区域に入って行った。


先日、ロウの口から伝えられた情報によると、ラビナ鉱山から発掘された『女神の心となった原石』はアリエナの工業区域に運び込まれ、そこで整形・研磨作業を施されて『女神の心』となったらしい。


しかし、ロウを始めアリエナでその事知る極一部の騎士団上層部たちは、イヴァリアの最高司祭より口をつぐむよう命じられていた。


しかも、『これは女神イヴァ様の御心である!!!!』と。


つまりは『口封じ』の洗脳だ。『女神イヴァの御心に寄り添う』と誓ったのだから当然に口はつぐまねばならない!



良く考えられている・・・・が、そんなことを考える者が果たして本当に『女神』であるのだろうか???


考えれば考えるほど沸いて出る疑念に、ミューレルは眉間に皺を寄せていたが、カンカン!!と心地よい剣を叩く鍛冶屋の音が聞こえて来た。その音に立ち止り、フゥッと辺りを見渡すと道の端で焚火をしている老人たちが居るのに気づいた。


ミューレルはそこに足を運ぶと


「すまんが、こいつを燃やしても良いですかね?」


「ん?構わんよ。」


「ありがとう。」


礼を言って焚火に向かいグシャグシャになったロウの手紙を投げ入れたミューレルは、手紙が燃え尽きるの見届けるとチラチラと再び降って来た雪に気づいて空を見上げたミューレルは、帽子を深く被りコートのポケットに両手を入れると再び工業区域の道を歩き始めた。



****



工業区域の道は迷路のようになっていた。先に道路が敷かれ、マス目状に整えられた中央区域とは真逆に、工業区域は大きな高炉や、倉庫、工場、加工場が道路より先に乱雑に建てられてから道を繋いだからだった。


その理由は、約320年前に遡る。


魔族との戦いが終わった頃、ある程度建国が進んだアルスト王国(現神国イヴァリア)に対して交易都市アリエナは開発を始めたばかりであった。


当初、まだ名も無かったその地は、グラティア湖から流れるマーテル河を利用した食の流通を行う目的で開発を開始していた。


まずアルストとの話し合いの中で、河のS字カーブになっている流れが緩い箇所に市場を設ける事が決まると、そこから東に向かって街区を形成し、この地の活性化とアルスト王国への輸送を目的とした街路の整備を始めていた。


しかし、初代アルスト王と魔族の王バスチェナが結んだ不可侵条約により、魔族が襲って来る事は無かったものの、防壁がまだ建設途中であったその地は魔物や周囲に生息する動物に襲われる事が多々あった。また、いつ不可侵条約が破られるか分からなかったため、開発の長であったアリエナ・デイズは出来るだけ早くアルスト王国に近いくらいの武力は整えておきたかった・・・のだが、戦争が終わったばかりのアルスト王国から武具を調達する事は難しかった。


けれども、アルストとの大陸北部の調査を終えて、南部の調査を開始するとアリエナの転機が訪れる。調査で鉄等の鉱物や石炭を多く発掘できる現ラビナ鉱山を発見したのだ。その発見は傷ついた王国にとっても、求めていた武具の生産に漕ぎ着けるアリエナとっても渡りに船だった。


嬉々としたアルストとアリエナは、街区作りを始めていたその北部を急遽工業区域と設定すると中央に巨大な高炉を設けた。そして急ぎでその周囲に各地から鍛冶師を集め、鍛冶場や工場、倉庫をどんどん建造させていった。


こうして、ラビナ鉱山とアルスト王国、グラティアとアルスト王国の中間点に位置するアリエナ(この時はまだ都市名は決まっていなかったが)が食と生産の交易都市として発展していくのだが、区画整理より生産を優先にした事が工業区域を迷路のようにした原因だった。(そのため、東門の北部に市場を設け職人たちにその生産物を運ばせるようになった。)


その歴史を感じながら、ロウの地図を頼りに道を歩いていたミューレルは、小さい研磨作業場を見つけるとその入り口と思われる扉に手を掛けた。


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