第19話 洗礼の儀式 ~魔力晶石~

神国が誕生した後、女神イヴァにより制定された『洗礼の儀式』。


その儀式を取り仕切るのは、各地の協会にある『女神の心』と対となる魔力晶石を手に持つ司祭だ。


対となる魔力晶石がそこに無ければ、誰であろうと『女神の心』に手を添え、誓いの言葉を唱えても『女神の心』に込められたイヴァのスキルは発動しない。


その司祭が持つ杖には2つの魔力晶石が施されていた。


ひとつは先端にある王冠の様な台座の上に施された魔力晶石だ。その魔力晶石には無論イヴァの『魅惑fascinate』のスキルが込められており、発動条件のひとつである『対の魔力晶石』がそれだった。

また、司祭が単独で『魅惑fascinate』を発動する事も可能だった。条件は魔力を注入するという簡易なものなのが、その効力はイヴァが直接行うものの1/10程度のものだった。


そして、もうひとつは杖の持ち手の部分に埋め込まれており、その魔力晶石にはスレイルの『力量Competence』というスキルが込められていた。


『力量』のスキルはその者が持つ「魔力」「知力」「身体能力」「精神力」など、ありとあらゆる『力量』を測る能力だった。その発動条件は『女神の心に込められたスキルの発動』であった。


つまりは『洗礼の儀式』で3つの条件がそろわなければ、その者の『力量』は測れない事になる・・・となれば、『洗礼の儀式』を受ける前に意識を失ってしまったエストの『力量』を司祭は見ていなかった事になる。


**


イヴァリア歴12年11月15日・・・その日『洗礼の儀式』を受けに来たエストは、誓いの言葉を唱える事無く気を失ってしまった。


「君!?大丈夫ですか!?」


「・・・・。」


驚いた司祭は、慌てて倒れた少年の上半身を抱え起こした。


「君!!!!」


「・・・・スゥ・・・・・スゥ・・。」


少年の体を揺り動かし声を上げた司祭だったが、少年が静かに呼吸をしているのに気づくと胸を撫で下ろした。


「はぁ・・・・気を失っただけか・・・。」


ため息を吐いて少年の頭を床にゆっくり置くと、立ち上がった司祭はテーブルに置いてある本日儀式を受ける子供たちの簡易な情報が記されている資料に目を通した。


(緊張してたのか???儀式を受ける前に気絶してしまうとは・・・何てメンタルの弱い子だ・・・・・エスト・オルネーゼ・・・農産区産まれか・・・まぁ家業を継がせとけばいいか・・・。)


この日はスケジュールがタイトだった。さらに、この後予定していたイヴァリア最高司祭との謁見の時間が迫っていた司祭が、緊張で気絶してしまう農産区産まれの少年の為に大事な時間を割いてまで儀式を仕切直す事など無かった。(儀式を仕切り直しても、女神グエナの加護を得たエストに『魅惑fascinate』のスキルは通じなかったが。)


「まだ起きないか・・・・・君!!!君!!!!」


思考を止め少年のもとに足を運び、再び抱きかけて声を上げた司祭は(これで目を覚まさなければ下の者を呼んで医務室に運ばせるか・・。)と思っていた・・・が、司祭の呼びかけに間も無く少年が意識を取り戻した。


「ん・・?」


「君!!!!!」


「え!?」


ガバッ!!!と体を起こした少年に司祭は安堵の表情を浮かべた。


「大丈夫かい??(良かった・・・リンカーネ様を待たせずに済みそうだ。」


「あ・・はい。」


「君、数分意識を失っていたよ。」


「え???数分????ですか?」


「はぁ・・。」


呆けた少年に司祭はため息をつくと、ゆっくり立あがらせると、少年の背中に手を当て外に出るよう促した。


「君の儀式は終わったよ。君は家業を継ぎなさい。」


「あ・・はい。分かりました。」


選定の言葉に素直に頷くも、まだ呆けている様子の少年が足元を確かめるようにゆっくりと洗礼の間を出ていく姿を見送った司祭は、踵を返して足早に洗礼の間を後にし(エストが出たドアの反対側にある司祭の控室があるドアから)イヴァリア最高司祭の出迎えに向かった。


「おお!リンカーネ様!!よくぞお越し下さいました!!」


満面の笑顔で最高司祭を出迎えた司祭の頭には、女神イヴァの脅威になりそうにもないか弱い少年との出来事など消え去っていた。



**



以上の通りエストが『力量』を測られる事は無かったが、儀式に立ち会う司祭がなぜ誓いの言葉を唱えた後に『あなたは〇〇の職に着きなさい。』と選定するのかというと、イヴァの『魅惑fascinate』の根がきちんと張られているかを確認するためだった。


ちなみに、『力量』を測りながら職業が偏らないようバランスよく振り分けを行ってもいた。


もちろん、その職業に適任の『力量』を持った者が就くことは大事な事だが、『選定』はイヴァの御心、女神のお告げという事になっている。


選定の結果に対して『反論する。』『否定する。』『激昂する。』などの事があれば、『魅惑fascinate』が根付いておらず誓いの言葉に反して『女神の御心に寄り添って。』と判断出来る。(また、そんな事態が起こった場合は騎士を呼び出し連行する事になっていた。そのため、基礎教育を終え、自分の考えを持つようになった状況かつ、大人顔負けの力(魔力、戦闘力)を発揮する手前、暴れても司祭が力で制することが出来る12歳という年齢に設定した。それと、幼過ぎると『魅惑fascinate』が根付いているかどうかの判断が分かりずらいというのもそのひとつの理由であった。)


しかし『洗礼の儀式』が始まって以来、結果を嫌がったり悲しんだりする者はいても、最終的にそれを拒むものは現れなかった。


むしろ、反対に嫌がったとしても従わざるを得ないと肯定する者などは『魅惑fascinate』が根付いる証拠だった。涙を流し、戸惑うも、最後に『選定』に感謝の言葉を述べたカリンがそれだった。


万が一、それでも何とか結果に抗おう(精神的に)とする者がいた場合のために、その者に重ね掛けをさせるために、司祭の杖にスキルが込められているのだが、これも『洗礼の儀式』が始まって以来それが使用される事はなかった。


『女神の心』はイヴァの望み通り、日々その役割をきちんと果たしていた。



****



イヴァを祀る教会の司祭となる者は、司祭となる際に女神イヴァに謁見する許可が得られる。


何と『神の間』で『洗礼の儀式』に関する指導を直接女神イヴァから受けることが出来るのだ。それは、女神イヴァを信仰する者にとって最高に栄誉な事であった。


しかも一対一で指導を受けるため、謁見中は司祭以外誰も『神の間』に入る事が許されていなかった。



だが・・・・そこではイヴァによりゆっくり・・たっぷりと司祭に『魅惑fascinate』がかけられていた。


謁見を終えた彼らは、とろける様な恍惚の表情を浮かべていた。


完全なる洗脳を受けた司祭たちはより一層女神を愛し、より女神の御心に寄り添う完全なる女神の僕となるのだった。例えイヴァの言葉に人族全員が反論を述べたとしても、彼らは胸を張ってそれを肯定する。


無論、そんなルアンドロ同様、深い深い洗脳を受けた司祭たちに『意思の捻じ曲げ』が発動するわけが無い・・・・女神の御心は絶対であり・・・女神とは一心同体なのだ。





彼らは、もう戻れない・・・・・・。




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