第20話 洗脳 〜ミューレルの過去①〜

今日も何事も無く退屈な一日が終わるはずだった。


蛮族たちは本格的に攻めて来るわけでもなく・・・そのくせたまにちょっかいを出してくる。


自分達を森に誘き出し数ある罠にかけたいのだろうが、先の討伐隊の敗北や、暴走した元中将たち失態を見せられているというのに、騎士団こちら側がそんなちゃちな目論見に引っかかると未だに思っているというのだろうか・・・。


周到な罠を仕掛けているのだから、そんな事も分からない相手ではないのだろうに、それでも集落に駐屯所が出来てから8か月間、飽きもせず真面目にきっちりと10日の間隔で西にある森の中から、駐屯所に向かって矢を数本放って来るのだ。


もはやパターン化された、蛮族たちの『構って欲しい。』と言うような幼稚なちょっかいに騎士達は飽き飽きしていた。


しかしながら、これでもちょっかいが始まってから3か月までは騎士たちも『次こそ本格的にくるかもしれない・・。』と緊張感をもってそれに対応していた。


が、それが5か月を超えて来ると徐々に恒例行事のような感覚に変わっていった。


それでも、矢が放たれる時間はパターン化されてはいなかったため、見張り番をする騎士たちは10日に一度のその日だけは、飛んでくる矢に気をつけていた。


「どうせ今日も何も起こらないんだろ??」


「ああ。早く宿舎に戻って酒飲みてぇ・・あぁ~あ・・・。」


欠伸をしたこの日の見張り番は完全に気が抜けていた。なぜなら前回矢を射ってきたのは4日前だったからだ。


つまりあと5日は何事も起こらない・・・・・・はずだった。




「うぐ・・がはっ!・・・うそ・・だろ??」


地面を這いつくばりながら、そう声を上げた騎士は見張りをしていた1人だった。


確かに先程目の前でゆらっと何かの影が動いた感覚はあったが「どうせ周囲に生息する野生動物だろ?」と特に気にしなかった・・・・・しかし、ザッ!という地面を擦る音を耳にした瞬間、蛮族により彼の左側の腕と足は斬り落とされた。


「そん・・あ・・・あぁ・・。・・・・・・。」


彼は同じく地面に倒れてた仲間に残った右手を差し伸ばすも・・・・・・指を震わせながら力なくゆっくりとその手を地面に落とした。



****



「ふむ・・・そろそろ終わりですかね。」


腰の後ろで手を組みながら、集落の中央に設けられた駐屯所に足を向けていたミューレルが周囲を見渡しそう口にすると、ソーヴェルを担いでその後ろを歩いていたアルカスも周囲を見渡しそれに応じた。


「はい。そのようですね。」


「特に問題はなさそうですね。では、肩にしている彼の事はよろしくお願いしますね。」


「わかり・・ま・・(バチチ!!)うっ!?・・・はぁ・・はぁ・・・・・はい。」


ミューレルの言葉にアルカスは呼吸を整えながら歯切れの悪い返答をした。


本当は『女神の心』を破壊するためにアルガスやタンザ達と供にアリエナに乗り込みたかったアルカスだったが、今はその思いを押し殺していた。


しかし、身に着けているミューレルに預けられた小さい石が埋め込まれた腕輪・・・それが無ければ気持ちを押し殺した今も『意思の捻じ曲げ』に持っていかれるところだった。


思いを押し殺したところで、返答をする際にその気持ちが心から漏れ出した・・・さすれば『意思の捻じ曲げ』は発動する。


この1年で、己の内からじわりと心を浸食するような違和を感じる(『意思の捻じ曲げが発動する)その感覚を完全に掴んでいたアルカスは、咄嗟に左腕に着けた腕輪の石に魔力を注ぎ込み『電撃』を発動させて違和を打ち消していた。


アルカスが付けた腕輪に施された美しく輝くその石は『魔力晶石』だった。(ミューレルは『魔法水晶』と呼んでいる。)


水晶の『電撃』でお分かりの通り、ミューレルが何の確信も無く『女神の心を破壊する。』とただ口にしている訳ではなかった・・・彼もまた『魔力晶石』の存在を知る一人だった。



****


アリエナに『女神の心』が持ち込まれた当時、ミューレル・セレニーの周囲では


「我々にも女神の御心を触れ合う機会を与えて下さるなんて・・・・なんて素晴らしいの!」


「早く女神の心に祈りを捧げたいのもだ。」


「はて??実体が無いのに実体を生み出した???本当だろうか??」


「うーん・・・とりあえず見ていたいな。」


と、それに対する反応は様々だった。


そもそも『女神の心』に関する情報が少な過ぎた。あるとすれば、それが持ち込まれたのと同時期に発売された『3人の勇者の物語』に記されている『女神の心は女神イヴァの分身であり、女神により生み出された奇跡の水晶である。』という最後のくだり程度のものだった。


誇らしげな顔をしたイヴァリアから来た司祭も同じような事を口走っていたが・・・もともとイヴァ信者を好ましく思っていなかったミューレルが、司祭の言葉を受け入れる訳が無かった。


しかし、周囲ではそれを信じる者と疑う者(かと言って、『女神により生み出された』という部分を疑う者はいたものの、ミューレルのように嫌悪するわけで無い。)に分かれた。


だいたいのその割合は


信じる者:6割


疑う(又は鵜呑みにしない)者:3割


どっちつかず:1割


位に見えた。


その後『女神の心』がアリエナの協会に持ち込まれると、第13代アルスト王 ルアンドロ・デイズの使者により、新たに制定された『洗礼の儀式』の内容が都民に公表された。


それを聞いたミューレルは、直観的にその内容から真っ先に『女神の心』に何らかの仕掛けがあるのだろうと疑念を持った。


さっそく『洗礼の儀式』に反対の声を上げようとしたが、それに気づいた彼の家族が「止めて!」と必死で説得した。涙ながらに説得してくる妻や家族の姿に、ミューレルは自分の今の立場や冷めている周囲の状況を見直すと、下唇を噛み締めながらも上げた腰を深く下ろしてしまった。


その後『何とかしなくては。』という思いを持ちながらも、なかなか重い腰を上げれずにいたミューレルであったが、以前集落に潜り込んでいるムントに話したように4年前『子供たちの未来のために!』と今度は家族に気づかれぬよう再び重い腰を上げた。


そして、立ち上がったミューレルが早速取り掛かったのは『女神の心』に関する様々な情報収集だったが、調査を初めてミューレルが最初に驚いたのは、長年口を閉ざして耳を塞ぎ、見て見ぬふりをしていたこの12年の間に、当初確かに居たはずの『女神の心を疑う者』の存在がほとんど居なくなっていた事だった。(死んだわけではなく、皆肯定派に変わっていたという意味である。)


さらに驚愕した出来事は、『女神の心』のからくりのヒントになるものを何か隠し持っているのではないかと、それがアリエナに運び込まれる任務に携わっていた退役した元大将の男のもとに足を運び『女神の心』に関する質問をすると、突如豹変したその男に殺されかけた事だった。


「お前・・・イヴァ様の御心に添わぬ者か?????」


元大将だった男が突如唸るような声を上げ、壁に飾っていた剣を手に取り斬りかかって来たのだ。


「ロウ・・正気ですか??」


問い掛けに答えぬロウと呼ばれた男の一振りを、ミューレルは冷静に躱すと身を翻しロウの背に手を当て『電撃』を浴びせた。


「がぁああああああああああああああ!!!」


現役時代と比べて痩せたように見えるその体を激しく震わせ、バタッ!と倒れたロウ・スツーゲルが気絶した事を確認したミューレルは、ロウにより切り裂かれたソファーに目を落とすと、温厚であるはずのその男が豹変した事実に動揺を隠せなかった。


「い・・今のは・・・いったい・・・。」



「バゼル様にあんな・・・事を・・・た、大変申し訳ございません・・。」


しばらくして目を覚ましたロウが体を起こすと、警戒するミューレルに白髪の混じった頭を床に着け、やつれた顔を歪ませながら謝罪の言葉を述べた。


斬りかかってきた先程とは打って変わって覇気失っているロウに、『なぜあのような行動に出たのか?』と問えば自分でもそれを理解出来ていないようだった。


「ただ・・・バゼル様の言葉を聞いている内に・・・どうしてかバゼル様を殺さなければならない・・・と、思ってしまいまして・・・。いや!しかし私があなたを殺す意志など無いのです!!何といいますか・・そう!その思いに支配されるような感覚??・・・でした。」


眉尻を下げ、必死に弁明するロウの言葉に眉を顰め背を向けたミューレルは、先程ロウに話した自分の言葉を反芻し始めた。その行動にミューレルが怒っているのだと勘違いしたロウは項垂れ気を落としている様子だった。


「・・・・・・・。


(私が女神に対して不敬な質問をしたからか・・・??女神の心・・・ロウは先程私に『女神の御心に添わぬ者』と発した・・・確かに

添わぬ者と・・!?!?!?)


『女神 イヴァ』の御心みこころに寄り添い生きる事を誓う・・・・か??」


「え??バゼル・・様?」


誓いの言葉を口にすると、ハッ!と顔を上げロウに視線を戻したミューレルは、騎士の大将だったこの男が『儀式』を受け、誓いの言葉を唱えていないわけが無い・・・いや、それ以上の何かを誓わされている可能性があると推測した。


『洗脳』


彼の表情の変化や言動に、ミューレルの頭にその言葉浮かび上がった。


「もしや・・・皆、洗脳・・・されているというのか??だとすれば、ここ4~5年で多発している『』の殺人事件の辻褄が合う。」


「!?!?バゼル様!それはどういう事でありますか??」


「ロウ・・・いや・・・・私の推測通りならこれ以上話さない方がいい・・・。」


「バゼル様!言ってください。私はこれが都民にも大きく関わっている大事に感じました。それにバゼル様が何を知りたいのかはだいたい理解出来ましたぁあああがぁああああああああ!!!!!!!女神の意に添わぬ者は排除するぅうううううううううううう!!!!!」


真面目な表情で淡々と話していたのだが、話の途中から可笑しな声を上げ始めるとギョロギョロと視線を動かしながら、再び落ちていた剣を手にした男が今度は自らの首にその切っ先を向けた。


「!?!?」


「死・・ぐああああああああああああああああああああああああ!!!!」


「な・・・何という事だ・・・。」


男の首に剣が刺さる既の所で電撃を当てる事に成功し、何とか彼の自害を回避したミューレルだったが・・・・再び倒れた男に視線を向けるとイヴァの『洗脳』の深さと恐ろしさに顔を青くした。


ミューレルはこの一連の出来事で、イヴァに疑念を持ったり、イヴァの意に反する事を語れば豹変する『洗脳』を掛けれている事と、電撃で気絶させれば元の状態に戻れるという事を理解した・・・・理解はした・・・・が、ミューレルは自分の不都合になる存在はすぐ殺すように仕向け、また殺した者のその後の事など一切気にしないイヴァの身勝手な『洗脳』に激怒したのだった。



『女神の心に何らかの仕掛けがある。』



ミューレルの疑念は確信に変わった。


「ぐぅ・・・ううう。」


「はっ!?ロウ!!!大丈夫ですか!?」


「バ・・バゼル様・・・二度も・・・申し訳ございません・・。」


「いえ、今ので『疑念』から『確信』に変わりました。」


「さすがに・・・自分も自分に何が起こっているのか・・分かりました。」


再び目覚めた男を気遣ったミューレルだったが、豹変した記憶が残っていたロウは二度の出来事で自分の精神が何かに蝕まれている事に気づいた。


ロウはミューレルに強い視線を送ると、


「バゼ・・ル・・様・・・私の背に手を当て続けて下さい・・・先程の質問にお答えします。」


「何を・・言ってるんですか?」


たどたどしくそう話しながらロウはミューレルに背を向けた。


会話のどこでまた豹変するのか分からない・・・だから最初から『電撃』を浴びせやすいようにしておいた方がいいと言うのだ。


「本当に良いのですか?」


「む・・無論です。今度は出来るだけ耐えて見せます!」


『洗脳』されているとはいえ、イヴァに対する不敬な発言を耳にしない限り、彼は都民のために命を投げ出すことも厭わなかったほどの男だった。ミューレルはその精神力と覚悟に頭が下がる思いだった。


・・・・


「女神・・・ぐ・・ぬぅううう・・・は、発掘・・・され・・・・がぁあああああああああああ!!」


・・・・


「アリエナの工業区に運ばれためが・・・・ああああああ!!!心は・・・意に反しない者には死を!ぐぬあああああああああああああああ!!」


・・・・


「はぁ・・・はぁ・・・研磨に携わ・・・・ん・・・た男を・・・知って・・・ぬぅうううあああああああ!!!!!」


元大将だったロウは何度も何度も『電撃』を浴びながら、ミューレルの制止に首を横に振り、少しずつではあったが確実に『女神の心』に関する最高機密を話し切った。

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