第14話 其々
―イヴァリア歴16年7月9日―
艶のある綺麗な黒髪を襟元で切りそろえた女性が、地図を睨んでいるミューレルの元に訪れた。
「ん??」
地図にかかる彼女の影に気づいたミューレルが顔を上げると、まつ毛の長い美しい目を細め赤く薄い唇を開いた。
「遂に実行されるですね?」
「ああ。そうだよ。これ以上籠ってはいられなくてね。」
「なら、私も御供致します。」
「命を落とすかもしれないよ?」
「構いません。あの日バゼル様に拾われてなけらばこの命はとうに尽きていたでしょうし・・・それに何より
「そうか・・・・・・・。」
彼女の答えは分かり切っていたのだが、それでも了承するには躊躇いがあった。
「まぁ、来るなと言われても私は行きますよ?」
「フッ・・・そうだったな。」
コテッ!と首を傾けそう話す彼女にミューレルは敵わないなと微笑した。
「頼りにしているよ。アリシア。」
「はい♪」
****
―イヴァリア歴16年5月23日―
ゴツゴツとした山岳地帯にある穴の中で、
「ぬぅううううううううあああああああああああ!!!!!」
頭を両手で抱えたアルカスが地面をのたうち回っていた。
ドゥーエ、アルカス、ロックの3人の中で『意思の捻じ曲げ』に一番手こずっていたのがこのアルカスだった。
「おい。このままじゃお前をここに置いてくしかなくなるぞ?」
「くそぉおおおおおおおおおお・・・・・・があっ!!!」
見下ろすアルガスに発破をかけられ悔しそうに歯を食いしばるアルカスだったが、バチン!!!という電撃音とともに体を弾かせるとアルカスは気絶した。
「あまり煽るんじゃありませんよ。」
その背後にいたミューレルが、アルカスを気遣いながらゆっくり立ち上がるとアルガスに向かって口を開いた。
「私が見てきた中でもかなり抵抗している方ですよ。」
「すいませんね、つい・・・。」
「あの子が異常なだけです。比べるのは酷ですよ・・。」
遠くでネコ目の少女を追いかけ回す、マッシュルームヘアの少年に目を向けたアルガスは呆れたような顔をしていた。
「あいつは洗脳の上に自分で洗脳を重ねたようなもんですよね。どうせ身元が割れないように仮面とか付けさせるなら、いっそ催眠でもかけたらいいんじゃないですか?」
倒れているアルカスに視線を戻したアルガスが冗談交じりにそう話すと、目をちょっと大きく開いたミューレルが手を鳴らした。
「お~~!!!それは良い案ですね!!!!」
「え??」
冗談で言った事が採用されそうだと思ったアルガスが顔を引き攣らせていると、最近では集団の元気印になっているロックが細めをだらしなく垂れさせてミュンを追いかけていた。
「ミュンちゃ~~~ん!!!」
「うるさいし!!!!」
「うふぅっ!!!!!」
「はははは!またやってるwww」
「懲りねーなー。」
ボフッ!!!と腹部をミュンに蹴られ蹲ったロックを見て周囲は笑い声を上げていた。
ミューレルから『女神の心』を破壊する目的があると伝えられた際、ロックにも同じく『意思の捻じ曲げ』は発動していた。
『ミュンちゃんが喜ぶなら、僕は「
そう息巻いていたロックだったが、実際ミューレルに試されるとアルカスと同じ様にミューレルに襲いかかっては気絶させられていたのだった。
それでも『ミュンちゃんのためなら・・』と繰り返すロックにミューレルは『それならば!!!』とミュンにその役目を任せてみる事にした。
無論「え・・面倒くさいし。」と嫌がるミュンだったが、何度もミューレルが頼み込んで何とか役目を受けてもらうと効果覿面だった。
「うるさぁあああああああああああああああい!!!!!!ミュンちゃんが僕の女神だ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「うるさいのはアンタだし!!」
「うぐふぉっ!!!!!!!!!!」
馬鹿みたいな話であるが、『ミュンちゃんこそ僕の女神だ!』と常日頃から口にしているロックを周囲は笑っていたが当人はずっと本気だった。
この時、彼の中で『女神イヴァ<女神ミュン』という思考は確固たるものになると、
『女神 イヴァの御心に逆らう者は排除しなけらばならない。』
その後、何度『捻じ曲げ』が発動しても「女神」という言葉がキーワードになり
「うるさい!僕の女神はミュンちゃんだけだ!!!」
と一蹴してしまうのだった。
ロック・カーミット:精神力・・・・測定不能
****
―イヴァリア歴16年7月10日―
約1年前まで三つ編みにしていた赤い髪をバッサリ切り、ショートカットにしている1人の女性が出かける準備をしていた。
薄緑の狩人の服装に袖を通し、弓を背負って外を見る彼女の目はジトっとした視線を送るのが癖だったアリエナの魔法士だった頃より燐と輝いているように見える。
「本当に行くのかい??」
部屋に入って来た優し気な老婆が心配そうに声をかけると、振り返った彼女は明るい笑顔を見せハキハキと答えた。
「おばあちゃん、ちょっと借りを返してくるだけだから。」
「はぁ・・。無茶をするんじゃないよ?」
「分かってる!」
「そう・・・借りを返したらすぐ帰ってくるんだよ?」
「うん。すぐ帰るから心配しないで!」
強く頷いたミーナは老婆と抱き合うと、北に向かい狩人の集落から出発するのだった。
****
―イヴァリア歴16年7月15日―
「ずるい!!!ずるい!ずるい!イリーナばっかり!!!!!私もエストと一緒にお出かけしたいぃいぃいいいいいいい!!!」
宿舎にある自分のベッドの上で幼子のようにジタバタしているカリンにクリミナは苦笑いを浮かべていた。
「・・・・・・。」
いつもは気を引き締め凛としているのに、幼馴染のボーイフレンドの事となると途端に幼くなるカリンを宥める役目が、いつの間にか自分になっている事にクリミナは嬉しいような面倒くさいような何とも言えない気持ちになっていた。
「ハッ!!もしかして最大のライバルが親友だったりするの!?!?!?いやぁああああああああああああ!!!!」
一瞬『とんでもない事に気づいてしまった。』という顔をして動きを止めたカリンだったが、再びバタバタとベットをグチャグチャにする彼女にチラッと目を向けたクリミナは首を左右に振り深いため息を吐くのだった。
「もう・・・好きにしてください・・・。」
****
―同日-
彼女の想い人は左の頬を真っ赤に腫らしていた。
「はぁ・・・それで誰にも見つからずに脱出できたのね。」
エストから『魔力晶石』の話を聞き終えたリュナは、頬杖を付いていたダイニングのテーブルに突っ伏した。
「内緒だからね!!!」
「分かってるわよ。こんな話、他の人に言えるわけないでしょ!!」
テーブルに突っ伏したままのリュナが視線だけをエストに向けた。
「・・・なら良いけど。」
「それで話を聞いたアンタは『女神の心』も魔力晶石なんじゃないか?って思ったわけね。」
「うん。叔父さんの話から今ある『女神の心』の発動条件は『石に触れて誓いを立てること』で、発動するものは『女神イヴァの意志には沿う事。沿わない者を見聞きした時は排除する事。』みたいな感じだと思うんだ。」
「そう・・・それは確かに危ういものだわね。」
テーブルに手を付き、のそっと体を持ち上げたリュナは再びエストを睨みつけるとエストが予想していた範囲外の質問を投げかけた。
「それで、アンタとドゥーエ君は何をしようとしているの???」
「っ!?」
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