第15話 奇襲


―イヴァリア歴16年7月14日―


「イヴァリアはお祭り騒ぎだってのになぁ・・・ふぁ~あ・・・・。」


神国イヴァリアでは建国記念祭が行われちょうど花火が打ち上がる頃。


昨年ドゥーエがミューレル達に囚われる前に立ち寄った、あの農村集落を護衛しているアリエナの騎士がだるそうに軽く欠伸をして伸び上がると、



トン!!!




と一瞬で氷柱が騎士の喉を貫いた。


「ぐふっ!?ふぅうううるうううううううう・・・・・・。」


声にならない声を上げ、喉から溢れる血を押さえながらバタッ!!!と前のめりに騎士は倒れた。


「行くぞ!」


集落に身を屈めて近寄っていたアルガスが手で合図すると、その背後で同様に身を構えていた蛮族達が一斉に飛び出した。


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」


「何だ!?てきしゅが!?」


声を上げ迫って来る影に気づいた見張りの騎士が、「敵襲だ!!」と声を上げようとするも、先陣を切ったアルガスにあっさり斬り捨てられた。



****


農村集落には似つかわしくない仰々しい建物(2階建て)が集落の中央に建てられていた。


アリエナ騎士団上層部が、防衛すると決定してすぐに土の魔法士達によって急遽作られたその建物には100名ほどの騎士達が寝食していた。


しかし、集落の村人たちはそれを『有難い』とは思っておらず、むしろ騎士達を忌み嫌っていた。


『守ってやっている。』という横柄な騎士達に、自分たちの食料(アリエナから必要な飲食物は提供されているにも関わらず。)を取り上げられる事や、酒に酔った勢いで理不尽に傷つけられる事もあったからだ。


それでもまだ我慢出来ていたのは、その一部にまともな騎士がいたからだった。ある時村の娘に手を出そうとした者がいたが、いち早く駆けつけた騎士により『騎士道に反する。』とその場で処分された。


「すまなかった。」


そう言って深々と謝罪したその騎士に免じて、一度は振り上げた拳を下ろした村人たちだったが・・・・それでも変わろうとしない横柄な騎士達に我慢の限界は近かった。


そして、他の農村集落も似たような状況に陥っていた。


ミューレルが、このタイミングでアリエナを攻める事を決めた理由のひとつにこの事情があった。




****



マクナガルは村人から奪い取った酒を煽り不貞腐れていた。


中将だった自分が今も農村集落の防衛任務に就いている事に・・・いや、未だやらされている事に納得出来ない彼の見目はだいぶやさぐれていた。


「こうなったのは、口ばかりの出来損ないマーカスのせいだ。」と死んだ男に恨み節をぶつけるのがほぼ日課になったいた。


毎日きっちりオールバックに整えていたブランの髪はぼさぼさに乱れ、無精ひげを生やし自信に溢れていた目はフラストレーションで歪んでいた。


**


任務に着いた当初のマクナガルは、小隊一つが成す術もなく全滅したというのにまだ蛮族の力を見くびっていた。


そして、着任して1か月・・・たまに森の中から矢を放ってくるだけという蛮族達の奇行に痺れを切らしたマクナガルは、『任務』だと言われていたというのに「蛮族どもなどさっさと斬り殺して、こんなくだらん任務は終わらせてしまうぞ!!!!」と同意する騎士たちを集めて攻め込んだ。


が、あっさりミューレルの仕掛けた罠に引っ掛かり逃げ帰る始末だった・・・・それを報告されたマクナガルはさらに降格した。


「くそ!!使えぬ部下たちのせいでこんな目に・・・。私は悪くない!!!」


責任転嫁を繰り返し、部下への当たりがきつくなっていったマクナガルは更にアリエナ上層部からの評価を落としていった。


**


それにより、つい先日自分の部下だった者の下にされてしまったプライドばかり高い男は、そんな肩身の狭い思いを強いられる事に我慢が出来なかった。


「もういい・・・騎士なんか辞めてやる・・・・。」


マクナガルは吐き捨てるようにそう呟くと、グイッ!!と残っていた酒を飲み干しテーブルに立てかけていた剣に手を伸ばした。



**



「うおおおおおお!!」


剣を上段に構え、青い髪を短く整え、小柄ながらも体つきの良い男に向かって騎士が走り出した。


その男は目を薄目にし、口の両端を上げているため微笑んでいるように見えた・・・が、騎士の剣の間合いに入った瞬間、その男は目をギョロッと開き、がしっとした顎の上にある口をニタリと歪めると、振り下ろされた騎士の剣に向かって刃の大きい手斧を片手で振り上げた。


キィイイイイイイイイイイイイイン!!!


「ぐぼっ!?」


高い金属音が鳴るし、騎士の剣が弾き返されれるともう片方に持った手斧を騎士の脇腹にぶち込んだ。


「おおお・・お・・・が!?・・・・・。」


男は脇腹を押さえながら横倒れになった騎士に近づくと、振り上げた両斧を勢いよく振り下ろした。


「相変わらずえげつねぇな・・タンザ。」


背後から知った声を耳にしたタンザは、上半身を捻りニッ!と笑っている男に視線を向けた。


「バガンか・・来てたのか。」


その野太い声は地面を這うようだった。


「ああ。すぐ戻らなきゃなんねーんだけどな。」


ボリボリと頭を掻きながら面倒くさそうな表情を浮かべていたバガンだったが、


「だが、久しぶりにちょっと暴れさせてもらうぜ。」


奇襲に気づいた騎士達がわらわらと外に出てくると、剣を抜いたバガンは彼らに向かって走り出した。


「まるで・・・遊び場に向かう子供ガキのようだな・・・。」


「居たぞ!!!蛮族だ!!!」


「斬り殺せ!!!!」


楽しそうな背中を見ながらボソボソと呟いたタンザは、正面に現れた数名の騎士たちに向かって駆け出した。


「ぐあああああ!?」


「ぎゃあああああああああああ!!!」


草臥れた布の服に袖を通し、両手に手斧を持った蛮族らしい蛮族のタンザは、盾を携え軽装の鎧に身を包んだ騎士達を力任せに蹂躙していった。



**


「何だ・・・?」


「女???」


「おい。お前も蛮族の仲間か?」


「・・・・。」


騎士の問いに答えない黒髪を襟元で切りそろえたアリシアは、髪と同じ色のチュニックドレスに身を包み、トン・・・トン・・・と一定のリズムで手にしている紺の扇子を人差し指で叩いていた。


「捕らえろ!!!」


「ハッ!!」


物言わぬアリシアに痺れを切らした小隊長が、背後に携えた5人の騎士に声を荒げ指示を出した。


「力・・・貸して・・・。」


2人の騎士が近づいてくるのを一瞥したアリシアが、ポツリとそう小さく呟くと


ピシィィイイイイイイイイイイイイ!!


背筋に寒気が走るような音を立て、扇子の先から氷の剣が姿を現わした。


「え?」


「な!?!?」


その状況に驚いた騎士達が剣に手を掛けたが


ピュ!ピュン!!!!!!


鋭く空を斬る音が二度すると、2人の騎士の体と頭部は無残にも切り離された。


「氷の魔法士!?!?」


「気を抜くな!!!!一斉に掛か・・・??」


小隊長が剣を抜きアリシアに切っ先を向け声を上げるが、足が思うように動かずガクッと態勢を崩してしまう。そして・・・それは、他の3人の騎士も同じであった。


「ああああああああ!!!!!」


「しょ・・・小隊長!?!?」


慌てふためく騎士達の足元は、両足ともひざ下辺りまで凍り付いていた。




トン・・・・・トン・・・・・。



足元から視線を前に戻した小隊長は、無表情のまま氷の刃が消え失せた扇子と人差し指で叩きながらゆっくり近づいてくるアリシアに恐怖した。


「や・・・やめろ・・・・止まれぇえええええええええええええ!!!」


「うあああああああああああああああ!!!」


「ひっ!?」


怒声や悲鳴を上げる小隊長や騎士達を無視し、トン・・・トン・・・と変わらず扇子を鳴らしながらアリシアは1人の騎士に近寄っていく。


「来るなぁああああああああああああああああああ!!!!!」


騎士は近づくアリシアに対し必死に抵抗しようと剣を振り回そうとした・・・・が一瞬で胸元まで体を凍らされてしまった。


「ひぃいいいいいいいい!」


フルフルと恐怖に打ち震える騎士に、アリシアは無表情のまま首先に扇子を突き出した。


「ひぃいいいいいいいいいいいいいいい・・・いがっ!?!?・・・。」


スゥーーーーっと首元に冷えた空気が触れたのを感じた騎士は、作り出された氷の刃で首を貫かれた。


ピキッ!!


氷の刃を切り離し、扇子を口元に当てたアリシアが同じように胸元まで氷漬けになっている騎士達に視線を向けると、首を貫かれた騎士は白目を剥いてガクッと天を仰いだ。


「やめろぉおおおおおおおおお!!!!」


「あああああああああああああ!!!!」


絶叫する騎士達に「さよなら・・・。」とだけ呟いたアリシアは再び扇子の先に氷の剣を作り出した。

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