第50話 基盤⑧


まるで・・・アヘンを遊びでやっている奴らのようだな・・・。


召喚されて数日後、イヴァが降臨した際、その様子を見ていたアルストが持った感想がそれだった。


人族達には見えていないらしい薄紫の妖し光を両手を広げたイヴァが放つと、人族たちは彼女の虜となり、恍惚とした表情を浮かべ正気を失う。



しかし、何度かその光景を目にしたアルストは、イヴァが姿を消して約30分ほど経過すると徐々に人々は正気(イヴァへの忠誠を失わないまま)を取り戻していく事が分かった。


始めてその光景を見た時は、このままイヴァに頬毛て正気を失っている状況が続くようならどうしたものか・・・と不安になったアルストだったが、正気を取り戻していく人族たちを目にした瞬間は大きく息を吐き安堵したものだった。


その後(正気を失ったままでは人族たちの生活が成り立たない事を理解しての行動か??)とイヴァの行動に考えを巡らせるアルストだったが、何度か反抗したためだろう・・イヴァはアルストを避けるようになっていた。



(まぁ・・・いずれ対峙しなければならないだろう・・・。)



そんな事を思っていると、平伏している人族たちの目が元に戻ってきているのが分かった。アルストは、近くで跪いている先程ガルニの魔法を馬鹿にしていた男に気づき声をかけた。



少しこの状況に慣れてきている自分が嫌になりながら・・・。



****



「お前は・・・確かレックと言ったな?」


「は・・・はい・・・」


レックは自分も怒られるのかと思いピッ!!と背筋を伸ばし体を強張らせた。


「そう固くならなくていい。お前は先程色んな物を作れると言っていたな?」


「は???あ!!!はい!!!」


「なら、こういうのうは作れるか??」


アルストが地面に落ちていた先の尖った石を拾い上げ地面に何か描き始めると、拍子抜けしたレックは少し戸惑いながらアルストの肩越しに描いている絵を覗き込んだ。


「これは・・・いったい何ですか?」


「燭台という物だ。」


「しょくだい??」


「そうだ。お前たちの集落でもロウソクは使っていたか?」


「はい。」


「そうか!よし。ここに土の魔法を扱える者がいるならば集まってくれ!!」


「は、はい。」


「はい。」


声を上げたアルストのもとにビクビクしながら返答した数名が集まってきた。


「よし。あと、この話に興味がある者は、申し訳ないがこの者達の後ろから話を聞いてくれ。」


ザワザワと話しながら、人々がアルストが描いている絵を覗き込んできた。


「と、言う事はこれは・・・・ロウソク台なのですか??」


腰にぶら下げていた布(ターバンのようなもの)を手に取り、目元まで垂れ下げていた長い茶色の髪を搔き上げ頭に巻き目の色を変えたレックがアルストに問いかけた。


ガルニをヘラヘラと馬鹿にしていた表情とは打って変わり、キリッと眉を上げつぶらな目を凝らしている。


「そうだ。察しがいいな。」


「蝋を差し込む台があるのは分かりますが、この下の模様はなんですか?」


「装飾というものだ。言わば見た目を良くする。」


「はぁ・・見た目ですか・・?」


アルストの説明にレックはいまいちピン!と来ていない様子だった。


「レックは、こういう装飾を施せるか?」


「出来ると思いますが・・・「そういうのは私が得意です。」


小さく手を上げた長の男が前に出て来た。


「長も土の魔法を使えるんですか?」


「もう長ではないので、ローガスとお呼びください。アルスト様。」


少し猫背なローガスがそう話すと若干長めな白髪を後ろで束ねて微笑んだ。ローガスの笑みを初めて見たアルストは、笑うと目尻に出来るクシャっとした皺がこの男の人柄を表わしているように見えた。


「分かった。ローガス、皿の縁取りにこういう装飾を施せるか?」


燭台の隣りに皿の絵を描くとローガスは数度頷いて「レック、皿を練って作ってくれるか?」と呼びかけた。


「はい。いいですよ。」


「あ、レック!同じものをもう一つ作ってくれるか?」


「え?はい。いいですよ。」


レックはなぜもう一つ必要なのか分からず首を傾げるも、依頼したアルストに返事をすると早速土から粘土を分離する作業に取り掛かった。


アルストはローガスにさらに詳しく花形リム皿のデザインを絵で説明していると、皿と聞いて興味を持った女性たちが前のめりになっていた。


「何だ??お前達!」


「だってねぇ・・・気になっちゃって・・。」


「ははは!丁度いい。」


「アルスト様??」


「やりたい事はすぐ分かるさ。」


「あの・・出来ましたよ。これを乾燥させて焼き上げれば完成です。」


ローガスと話をしていたアルストが声をかけられ振り返ると、粘土を加工して作った二つ皿を両手に持ったレックが立っていた。


「お。凄い早いな!」


「あ、いえ、まだまだです・・。あ!で、どうするんですか?」


「まぁ、見ててくれ。ローガス、一つの方だけさっきの装飾を頼めるか?」


「上手く出来るか分かりませんが、やってみましょう。」


ローガスは屈んで左側にある皿の上に人差し指をかざすと指を細かく動かし始めた。


「おお!凄いな!!」


ローガスの指が細かく動く毎に、皿の縁に装飾が施されていくのを目にしたアルストは思わず感嘆の声を上げると、周囲の女性たちは「わあぁ。」と目をキラキラさせている。


「んーーー・・・駄作ですね。」


人差し指を一周し終えたローガスが、額に拭き出した汗を拭いながら歪に象られた皿を目にして肩を落すと「初めてにしては上出来だ。」とアルストはパン!とローガスの肩を叩いた。


「アルスト様・・。」


「わぁああ!!」


「いいね!これ!!」


「可愛い!!」


ローガスがアルストに叩かれた肩を目を細めながら擦っていると、女性たちがローガスを押しのけて前に出ては装飾が施された皿に歓声を上げ始めた。


「気に入ったか?」


フッと笑顔を浮かべたアルストが女性たちに声を掛けると、女性たちはアルストのその表情を見て一様に顔を赤らめた。


「あ・・はい・・・。」


「気に入りました。」


「はしゃいでしまいまして、すいません・・・。」


「あ、ごめんなしゃい・・・。」


「ん?何故謝るのだ?それより気に入ってくれたようで良かったよ。」


小さい女の子が噛みながらペコッと頭を下げるが、ニッ!!と笑ったアルストはその頭を撫でた。


「えへへへへ。」


「あ、あの・・・燭台っていうのも作ってみたのですが?」


「ん?」


頭を撫でられ嬉しそうにしている女の子に目を細めていると、レックが声をかけてきた。


アルストは振り返ると、レックは粘土で作った燭台を手に持っている事に驚いた。装飾は施されていないものの、先程描いた燭台の絵に型を真似ていた。


「素晴らしい!!!仕事が早いな。」


「!?!?!?!?」


レックは驚いた。


****


ガルニの魔法を素晴らしいと評したアルストは、もしかすると逆に自分の魔法は必要ないと言うかもしれない・・・・戻ってくるまでに色々と考え過ぎてまっていたレックは、垂れ下がった前髪を両手で撫で下ろしながら気持ちを落ち着かせていた。


****


しかし、目の前にいるアルストは自分の魔法も『素晴らしい』と評してくれた。


「あ、ありがとうございます。」


「どうした?」


「あ、、いえ、アルスト様はガルニのように多くの土を持ち上げれる者を求めている様でしたので・・・。」


「そうか。」


レックの表情を目にして彼の心情を察したアルストは


「いいか!!!皆よく聞け!!!!!!」


と再び声を張り上げた。


「!?」


「「「はい!!」」」


「皆!!他者の出来ない事、自分の出来ない事ばかり見るなよ。自分が出来る事、他者が出来る事を評価しろ!それは自慢しろという意味でもただ賞賛しろという意味では無い。互いを落とし合うのでは無く、高め合って貰いたいのだ。そして、ガルニの魔法もレックの魔法も・・・同じく皆の力全て、俺には必要な力だということを忘れないでくれ。」


「おお・・・。」


「はい!!!」


「アルスト様・・・。」


アルストを囲うように周囲に集まっていた人々は、再び首を垂れ跪いた。

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