第51話 基盤⑨

跪く人々を見渡し、奥歯を噛んだアルストは


(やはり俺にも従順すぎる・・・これもあの女の影響か・・・。)


少し演出気味に声を上げるだけで感涙し出した人々にやりづらさを感じた。


しかし、『使徒であるアルスト様の言葉に従うように。』とイヴァより告げられていた人々が、その女神の使徒、勇者に「必要だ。」と言われて喜ばないはずがなかった。中には咽び泣いている者までいる。


その姿に心の中でため息を吐いた。


アルストはイヴァのように人族たちに従順さを求めていた訳ではなかった。


反発する者がいなければ視野が狭くなっていく事を知っていたアルストは(本当に余計な事をしてくれたものだ。)とイヴァを益々煩わしく感じるのだが、ふと自分の矛盾するような思考に気づき、イヴァの自分を睨みつける目を思い返すと鼻で笑うのだった。



****



アルストはこの世界を気に入っていた。


ゾラやコルニ―、村人たち、この地に住む人々の純粋さに好感を持ったアルストは、『襲ってくる魔族からこの人たちを守りたい。』と思うようになっていた。


さらに、前の世界には無い『スキル』を授かり強くなり、『魔法』というものに興味津々だったアルストは、自分が使えるようになると『魔法』にのめり込んでいき『魔法の無い元の世界には戻りたくない。』と思うようになった。


また、人族たちには決して口にすることは出来ないが、魔族たちとの戦いはゾクゾクするものがあった。前の世界でも日々戦い続けていたアルストだったが、騎士の中でも強かった彼が戦の最中で『死』を感じる事は少なかった。


さらに前の世界では常に多数で一気に攻め込むような戦い方が多かったため、いつも物足りなさを感じていたアルストにとって、彼らとの一対一での命の奪い合いはとても刺激的なものだった。


『コイツは強い。』


『死んでしまうかもしれない。』


襲われている人々を守るために剣を抜いたはずが、そう感じるとニィッ!と思わず笑みがこぼれ戦いに興じてしまうのだが、それでも元の世界で『魔』という存在がある事を耳にしていたアルストは、それ故に魔族から人々を守るのは当然の事だと思っていた。


更に国のため、勢力拡大のため、聖なる大地を取り戻すためと、人間同士の戦いを続けていたアルストにとって、『魔』から人々を守るという純粋な目的こそ騎士の本分だと思うようになっていた。




繰り返しになるがアルストはこの世界を気に入っていた。


家業を継がず、騎士になると決めた時に家には二度と戻らない事を決めた。


恋しい人もいなかった。


もう戻らなくてもいいと思うほどこの世界を気に入った。


しかし、この世界に自分を呼び寄せたのは他でもないイヴァだった。


イヴァがいなければこの世界に来ることは無かった。


今この世界で生き甲斐を感じられるのはイヴァのおかげ・・・それは分かってはいる・・・だが、それ以上に自分にとって余計な行動や言動を取るイヴァに苛立ちを感じていた。


しかし、自分を睨むイヴァの目を見れば、彼女にとって自分も同じような存在になっている事をアルストは分かっていた。


実体の彼女が魔族と戦う事は出来ないし、人族たちもまともに魔族と渡り合える者がいない。何の理由があるのかは分からないが、常に人の前に姿を現わす事が出来ない。つまり、召喚した自分に頼るしかないのだが、あの怪しい光を見ても人族たちのように彼女の虜にはならない。


しかし、アルストには魔族と戦ってもらわなくてはならない。


そんな彼女の苛立ちが込められている目を思い返したアルストは


「フッ・・・何だか可笑しなことになっているな・・・。」


と鼻で笑うのだった。



****


「だが・・・やり過ぎたな。あの女みたいにならないよう気を付けなくては。」


ため息を吐いたアルストは意志をまとめるためとはいえ、少し演出し過ぎてしまった自分自身の行為を恥じた。


「も、もう顔を上げてくれ。さっきの話を進めたい。」


「あ!はい。」


「すいません。アルスト様のお言葉に感動してしまいまして。」


「そうか・・・。」


立ち上がってくれはしたものの、キラッキラした視線に囲まれて苦々しい笑顔を浮かべたアルストは(やはりやり過ぎた。失敗した・・・。)と思うのだったが、被りを振るとローガスが装飾を施した皿に視線を移し、その後レックに視線を戻した。


「では話を続けるぞ?」


「はい。」


「この地の生活を色々見て来たが、どれも機能的にはよく考えられている物だと感心していた。」


「あ、ありがとうございます。」


「だが・・・・・お前たち!!」


「「はい。」」


置かれていた2つの皿を両手に取ったアルストは、レックの後ろに立っている数名の女性に声を掛けた。


「食事を摂るならどっちの皿で食べたいか??」


「それはもちろんこっちです!」


「私も!!」


「あたしもーーー!!」


女性たちは一様に迷うことなく装飾された皿を指差した。


先程頭を撫でた女の子も満面の笑みで指差している事に気づいたアルストは、再び彼女の頭を撫でると、屈んで服の襟元に何個か付いている淡く光る玉をチョンチョン!と軽く突っつくと女の子に問い掛けた。


「君が付けているこれは樹脂を固めたものなのかな?」


「うん!そうだよ!えへへへへ♥」


「可愛いね。いいね。」


「でしょ!お母さんが作ってくれたの!!ありがとう!アルストさまぁ♥」


『ゆうしゃさま』にまた頭を撫でてもらい、さらに自分が付けている装飾を褒められた女の子は頬を赤らめながら満面の笑みを浮かべていた。


フッ!と優しい笑みを女の子に向け立ち上がったアルストはローガスとレックに顔を向けた。


「と、言う事だ。」


「なるほど・・・仰りたい事は分かりましたが、それでは一枚の皿を作る時間が今までの倍以上は掛かると思いますよ?それに焼きの方も色々工面しなくてはいけないでしょうし・・・。」


「そうだな。だが、まず皆・・いや特に男衆には生活を楽しむという事を知ってもらいたい。」


「生活を??楽しむ??」


「ああ。このように装飾された皿や燭台に囲まれて暮らすことを想像してみてくれ。」


「・・・・・えへへ。」


「うふふ。何だかワクワクしますね。」


アルスト言葉に素直に従った女性たちが目を閉じるとニヘラ!とだらしない笑顔を浮かべた。言われた通りに想像してくれたのだろう。


「え!!アルスト様!!という事は私たちもその皿を使えるようになるんですか?」


パッ!と目を開けた一人の女性が興奮気味に問い掛けた。


「そうだ。すぐにではないが、いずれ皆の手元に届くようにしたい。」


「「「キャーーー!!!」」」


「素敵!!素敵すぎる!!!」


「可愛い燭台に明かりを灯してみたいわぁ。」


「あ・・・。な、なんと・・・。」


ピョンピョンと跳ねている女性陣のテンションの高さにローガスとレックは若干引いていた。


「ローガスはそうだろうが、レックには妻がいるのか?」


「あ・・はい。興奮している中の一人がそうです・・・。」


キャーキャー言っている女性陣に目を向けて苦笑いを浮かべたレックはその中の一人を指差した。


「ははは!そうか。愛しているか?」


「え????そ、そりゃあ・・・。」


「なら、その妻が家に帰るとレックが作った装飾された皿や調理器具、燭台に囲まれ楽しそうに食事の準備をしている姿を見て見たくないか?」


「う・・・。見てみたいかも・・・・・。」


「そうか!ならローガスやレックの作った食器のおかげで各家の食事が華やいでいく事になるだろう。」


「よし!!やるぞ!!!!」


「え?へ?ちょ・・・ローガスさん???」


静かにアルストの話を聞いていたローガスが、突如鼻息を荒くしてレックの腕を掴んだ。


「アルスト様!この集落に窯はあるのですか?」


「ああ。あると言っていた。広場にいるゾラという者に聞くがいい。」


「分りました!いくぞお前たち!!!」


「「「はい!!!」」」


「え?ちょ・・・えーーーーーーーーー????」


集まっていた土の魔法を扱える者達が目をギラギラさせながら広場に向かって行った。


戸惑うレックを引きずりながら。



「あははははは!上手く乗ってっくれたな。よし!次は・・・そうだな。この中で火の魔法を使える者はいるか??」


アルストに向かって助けを求めるように手を伸ばしながら引きずられていくレックの姿に笑い声を上げると、クルッと振り返り再び人族たちに声をかけ始めた。



「不思議なお方・・・。」


レックが指差した女性がアルストを見つめながらそう呟くと、その後ろに立って過去の出来事見ていたエストは彼女の言葉に同意し大きく頷いた。


この後もアルストは続々訪れる人族たちと向かい合いながら街(国)づくりの基盤を固めていくのだが、エストはアルストの過去を見れば見るほどアルストという人物が分からなくなっていた。

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