第49話 基盤⑦ ~フィルニィとガルニ~
「お腹・・・空いたよぉ・・・。」
薄手のシーツにくるまりながら、幼き日のガルニは鳴りやまぬ腹部を抱え込んでいた。周囲の子供たちより若干少なめながらも3食は食べる事は出来ていた少年は、他の子供達より体が大きかった。
それ故に提供される食事量ではお腹が満たされず、空腹で眠れない日が続くこともあった。
空腹を紛らわすように何度か寝がえりを打っていると
コンッ!コンッ!!
木窓を叩く音がした。
「あ!!」
音に気づいたガルニは嬉しそうに敷布団から飛び出すと木窓の鍵を外し勢いよく開いた。
「フィルニィさん!!!」
「よぉ!ガル坊!!元気にしてたか??」
ニカッ!!と満面の笑みを見せ、自分の名を呼ぶガルニの頭をガシガシと雑に撫でた。
「腹減ってたか??」
「う・・うん。でも、ちょっとだけだよ!」
「うははは!!そうか。よし!これを食え!!」
やせ我慢しているガルニに眉尻を下げたフィルニィは布の袋を差し出すと、その中にはパンや焼いた肉がいくつか笹の葉で包まれてあった。
「わぁ!!ありがとう!!」
「いや、ガル坊・・いつも冷めたものですまない。」
「ううん。そんな事無いよ!嬉しい!ありがとう!!!!」
夢中でモクモクとパンを頬張る少年期のガルニを優しく見つめているフィルニィは、ガルニが暮らしていた村の東にある集落で暮らしていた。
「ガル坊!今日は狩りを教えてやる!」
*
「ガル坊!今日は食えるキノコを教えてやる!」
*
「悪りぃ!ガル坊!大事な薬草の煎じ方を教えるのを忘れてた!」
*
「ガル坊・・・強く生きろ!負けるんじゃないよ。」
****
物心がついた頃にはその人はいてくれた。
数か月に一度の頻度だったがガルニはその人が訪れてくれる事を楽しみにしていた。いつもは死んでいるようなに動かない心が、その人が訪れると躍動する。
フィルニィは幼い頃のガルニにとって生きる理由だった。
フィルニィがいなけらば、今、アルストの前にいる自分はいなかったと言えるほどの心の支えだった。
いつものように自分を小馬鹿にするような笑顔を浮かべているフィルニィに、揶揄われて何も言い返せなかったガルニだったが、顔を上げてその人と目を合わせるとその思いが溢れ出し「ありがとう。」と言って深々と頭を下げるのだった。
「お、おい!何してんだガル坊!!!そんなのやめろって!!!」
その行動に驚いたフィルニィが照れ臭そうにガルニに駆け寄るが、アルストはフィルニィの目元に光るものがあったのを見逃さなかった。
****
「え???でも!!あの・・・。」
「いいから、ほら!両手を上げて下さい。」
コルニーに促されて両手を上げるなり、採寸を取るため紐を胸に巻かれたガルニは顔を赤くしてアワアワしていた。(コルニーが抱き着くような体勢でガルニの両脇に紐の端を持って行くと、後ろで控えていた別の女性が紐を掴み巻き付けている。)
その様子を見て微笑んでいるフィルニィの隣りにアルストが腰を下ろした。
「どうしたんだい?」
「聞きたい事があってな・・・・ガルニとは長いのか?」
「ん?ああ、こんなにちっちゃい頃から知ってるよ。」
アルストに顔を向けたフィルニィは、地面に座っている自分の額くらいの高さに手を上げた。
「そうか。どういう関係なんだ?」
「あの子から見れば、アタシはたまに顔を出す気まぐれなおばさんさ。」
「・・・・。」
ケタケタとふざけて話すフィルニィだったが、ジーッと真顔で向けられ続けるアルストの視線に耐え切れず口を開いた。
「ああ!もう分かったよ。面倒くさいねぇ。アタシはあの子の父親の妹なのさ。隠してはいるがね。」
「何があった?」
「どこにでもあるような話だよ。」
観念したフィルニィはため息を吐くとガルニの生い立ちを語り出した。
****
ガルニの母親は、ガルニが暮らしていた村の長の3番目の娘だった。長は集落交流のためにその娘を北の集落を治める長の息子に嫁がせようと考えていたのだが、嫁ぐ事が決まった矢先にその娘と集落に暮らす一人の若者が姿を消してしまったらしい。
そしてその事に気づいた長の家族やフィルニィの家族がその後必死で彼らを探し周ったそうだが終には彼らを見つける事が出来なかった。
月日は流れ、彼らを探す事諦めていた頃にフィルニィは集落の東にある森で出会った男に惹かれ、その男の下に嫁いだすぐ後に、突如長の家にやつれた3女が赤ちゃんを抱いて姿を現わした。
「この・・子を・・私の子を・・ガルニ・・をお願いします・・・。」
唖然とする長に赤子を差し出した3女は、長が怒鳴り声を上げる間もなくその場に倒れ、その後一言も発する事無く亡くなってしまったそうだ。
そしてその後に親からガルニの事を聞いたフィルニィは、理由もわからず肩身の狭い思いをしているガルニを不憫に思い出来る限りの世話をしていたと言う。
****
「そうか・・・。」
「ああ・・・それにアイツは可愛いからな!」
「可愛い???」
「あ!?そう思わないのかい??」
「おっと!!」
フィルニィのガルニ可愛い発言に首を傾げたアルストをフィルニィがどすが効いた声を上げ睨み上げると、視線を避けるようにアルストは顔をガルニの方へ向けた。
すると、コルニ―に太ももの太さを測られているガルニが恥ずかしそうに両手で顔を覆っている姿が目に入ったアルストは思わず吹き出してしまった。
「ブッ!!!!」
「な!?可愛いだろ??」
「ははは!!!確かに!!」
ガルニの女の子慣れしていない姿を目にしたアルストは破顔すると、フッと柔らかい笑顔を浮かべたまま立ち上がった。
「どうしたんだい?」
「ああ。ガルニがいた村の長や村人たちを待たせているのを思い出してな。」
「はぁ・・。それはまずいな。」
そう言いながら目配せしたアルストに呆れたフィルニィがため息を吐くと、「だよな。」と苦笑いを浮かべアルストはその場を離れた。
遠ざかるアルストの背に目を向けたフィルニィは、「ありがとう・・・。」と呟くと小さく頭を下げるのだった。
****
「あ!アルスト様!!」
「待たせてすまない。な・・何をしている??」
走って戻ってきたアルストに気づいた人族達が皆地面に額を着け始めた。
「やめろ!!急にどうしたんだ??」
「いえ、こうするのは当然かと。」
「何故だ??」
顔を少し上げて答えた男の恍惚としている表情にアルストは嫌な予感がした。
「先ほどこの地にイヴァ様が降臨くださいまして『使徒であるアルスト様の言葉に従うように。』と仰せつかわりました。」
「な!?!?!?」
(使徒だと!!やはり、あの女、人々を使って俺をコントロールしようとしているのか・・・それに俺がいない隙に姿を現すとは・・・姑息な事を・・・。)
イヴァの勝手な行動にアルストは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。その顔つきに動揺した人族たちは機嫌を窺うように恐る恐るアルストを見上げながら声をかけて来た。
「あ、あの・・・ど、どうか致しましたでしょうか??ア・・アルスト様。」
「あ、いや!!何でもない。(まずはやれる事をやらなくては・・・)」
眉をハの字にしている人々に気づいたアルストはハッ!として表情を元に戻すと、動揺する自分の気を取り直すようにパン!!!!!と手を鳴らした。
「では、続きを始める。皆、立ってくれ。」
「「「はい!!」」
アルストの指示を聞いて嬉しそうに立ち上がる人々の顔を目にして複雑な心境になったアルストだったが、周囲と違いオドオドしている者達がいる事に気づいた。
察したアルストは彼らに近づいて
「ガルニの親族の者たちか?」
と訊ねた。
苦しそうに服の首元を握っている初老の男性が、額に汗を滲ませながら声を絞り出した。
「は、はい・・そうです。」
「お前が集落の長か?」
「!?・・・・はい。」
「そうか・・娘やガルニにの父親がどうあれ、ガルニに罪は無かったのではないか?」
「!?!?」
目を大きく見開いた後、ガクッと肩を落としたその男は観念したかのようにゆっくり目を閉じため息を吐いた。
「その通りです・・・。私も当初は『何にせよ娘の子』だと、ガルニを愛そうと思いました・・・・・そう思っていたのですが、成長するごとにあの男に似てくるガルニを・・・どうしても私は・・・・憎く思ってしまいました。」
「・・・なるほどな。」
「さらにガルニは・・事もあろうに『北や東にある村と合併して大きする・・自分が人族たちをまとめていく』などと言うようになりました・・・・・。お前の父親が原因で北との交流は終わってしまったのに・・・私は・・・私は・・・。」
言葉を発する度に崩れ落ちていく男の肩に手を乗せたアルストは
「それをガルニに伝えたのか?」
と問いただした。
「言えるわけがありません・・・。」
「そうか。お前の心のどこかでガルニを傷つけまいとする気持ちがあったんだな。」
「いえ!!私は自分の保身のために「フィルニィがガルニと会っている事を知りながら見て見ぬ振りをしていたのにか?」
「!?!?・・・なぜ・・その事を・・・。」
「心情とは複雑なものだ。お前も苦心し続けたのだろう。」
アルストはそう言って男の肩をポンポンと優しく叩くと、男は突っ伏して嗚咽し出した。
その周囲にいる親族や人々は俯き気まずそうな表情を浮かべていた。
そのまま重い空気が周囲にも影響を与え始めたため、(ここはひとつ、あの女の妙な術に乗ってみるか・・・。)ため息を吐いたアルストは拳を掲げた。
「聞け!!!この地で暮らす以上、ガルニはもう俺にとって大切な家族だ!今後ガルニを侮蔑する者は俺が許さない!!」
「!?!?」
突如アルストが眉間に皺を寄せ大声でそう宣言するとビクッ!!と人々は体を強張らせた。
が、その後周囲を見渡しながら拳を降ろしフッと柔らかな笑顔を見せたアルストは
「だが・・この地で暮らす以上、俺にとってお前たちも大切な家族だ。その事は忘れないでいて欲しい。」
と目を細めて人々に優しく語り掛けた。
「・・・・アルスト・・・様・・・・。」
「なんと・・・。」
「ぐぅぅ・・うううう。」
その言葉に感涙した人々は一様にアルストに膝まづいた。
(・・・これではまるであの女のようじゃないか・・・・。)
人々にそう告げた思いは本気だった。しかし、自分でしておきながらひれ伏す人族たちの状況を目にしたアルストは少し肩を落とすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます