第17話 第二の雷帝④

「まるで・・・雷帝のようだ・・・。」


「え??・・あ・・・。」


立ちすくむマリウスや騎士達を不思議に思ったドーガが、ガチャガチャと鎧の音を立てながら彼らの傍に歩み寄ると、そう呟いたマリウスの目線の先に顔を向けた。


「ギャアアアアア!!!!」


鉄骨の梁にぶら下がっていた魔猿が牙をひん剥いてドゥーエに噛みつこうとするが、体を横に逸らしてそれをサッと躱すと左手を魔猿の背中に添えた。


「ギィイイイ!!」


すると悲鳴を上げて仰け反った魔猿はそのまま床に頬を着けて目を閉じた。


「グゥギアアアアアアア!!!」


ドゥーエの後方から魔猿が飛び掛かるが、それも屈んで身を翻すとパン!!と手で弾いた。


「イイイイイイ!!!」


弾かれた魔猿は奇妙な叫び声を上げながら、上手く着地する事はできず不格好に床に落ちた。


「ギャギャ!!」


「ギー!!」


言葉を交わした魔猿達が、ドゥーエを囲み込むと一斉に襲いかかろうと身構えた・・・が、ドゥーエは


「炎の精霊よ!」


ボアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


剣に炎を纏わせ振り回した。


「クィイイイイイイイイイイイ!?」


「ギャアアア!」


すると、数匹の魔猿に火が移り床を転がり回る。慌てて仲間が叩いて火を消そうとするが、トン!トン!とドゥーエが彼らを触れて周ると、クルッと振り返りマリウスに向かって大声を上げた。


「マリウスさん!!!倒れている魔猿たちに止めを!!」


「あ・・・ああ!!分かった!」


あまりの光景に呆然としていたマリウスだったが、ドゥーエに声に我に返ると周囲の騎士達に声をかけ弱っている魔猿たちに向かって行った。



ドゥーエは、前後左右・・そして上から襲って来る魔猿たちの攻撃を躱しながら、バガンとセスが自分に教え込もうとしていた事を噛み締めていた。


実直なまでに直線的な攻撃をしてくるバガンと、滑らかに流麗な動きで攻撃してくるセスの攻撃を同時に躱し続けるのは至難の業だった。


それゆえに、数は多くても直線的な動きしかしてこない魔猿たちの攻撃を躱して、後の先を取るのは難しい事ではなかった。


「ヒィッ!!」


「キィヤアア!!!」


あの生き物が軽く触れるだけで、仲間たちがバタバタと倒れていく異様な光景に怯え始めた者が現れ始め、意思の統一がなされていた群れが散り散りになり出す。


ドゥーエは変わらず憎しみを含んだ目で攻撃してくる魔猿の攻撃を避けながら、背を向けて逃げ出そうとする魔猿の背中に手を当てる。


「ふっ!!」


「ギィイ!?」


「キィイイイイイ!?!?」


「ギャアアアアアア!!」


全ての魔猿を逃すつもりが無かったドゥーエであったが、一人では全ての逃げ出す魔猿を追えるわけない。建物の窓から外に魔猿が飛び出そうとする姿を見たドゥーエが怒声を上げた。


「くそぉおおおおおおおおおお!!」



ダァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!


周囲に一発の銃声が鳴り響くと、窓台に足をかけていた魔猿の動きが止まり、グラッと体勢を崩すと真っ逆さまに床に転落した。


落下した魔猿の喉元からは血が溢れ出していた。


「トノハウ一等兵!!!!!」


銃声がした方向の窓から顔を出したマリウスは、バリケードの前で銃を構えているバーミスを見つけ声を上げた。


バーミスはマリウスの声に応え無言で頷いたが、鉄製の扉越しで見た彼とは打って変わり、目尻も眉もキッと吊上がり別人のようだった。


「ははは!得物を持つと人が変わるタイプか。」


ダーン!!ダーン!!


「グギ!?」


「ギャ!!!!」


バーミスの変わりように破顔したマリウスは、グラティア兵が狙撃銃を構えて建物を取り囲んでいるのに気づいた。


「ドゥーエ、グラティア兵が建物を包囲している。逃げ出す魔猿は気にしなくていい!!」


「はい!!!!」


自分の耳にも銃声が届いていたドゥーエはニッと笑うとボス猿に視線を向けた。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


天を仰ぎ建物が震えるほど大きな吠声を上げたボスはドゥーエに向かって突進し出した。



****



ピチチチチチチ。


窓先にあるフラワーボックスから、グラティアがある方向へ飛び去った小鳥をイリーナが見つめていた。


「今ごろ・・魔物と戦っているのかしら・・・。」


そのまま不安そうな目を空に向けていたイリーナだったが、不安を振り落とす様に首を左右に振り自分の両頬を叩いた。


『イリーナ。心配しなくていい。俺には新しい必殺技があるからな!!』


そう言って笑ったドゥーエを思い出しイリーナは、「大丈夫。絶対帰って来る。」と自分に言い聞かせ自宅に向かい歩き始めた。


ドゥーエが強くなっているのは分かっていた。たまにアリエナの外で狩人の2人を相手に訓練している姿には目を見張ったものだった。


信じる。そう強く思った途端、イリーナの頭にドゥーエの生き死にとは関係ない不安がよぎる。



「ドゥーエ・・・・必殺技・・・・口に出してなければいいな・・・。」



****



しかし残念な事にイリーナの不安は的中する。ネーミングセンスが絶望的だとは思っていないドゥーエは、掌から放出する魔力を上げてバチバチッ!!と放電する音を立てた途端、したり顔で必殺技の名を叫んだ。


「スーーパーーボルテージアターーーーーック!!!」


「は?」


ガクッと肩が抜けたような仕草をしたマリウスは苦笑いを浮かべていた。


しかしその威力は凄まじかった。


ボスに向かって駆け出したドゥーエが一瞬足を止めた。


「グガアアアアアア!!!」


チャンスと見たボスが、大きな拳を振り下ろすとドゥーエはそのタイミングを計り懐に潜り込むとボスの腹部に両手を添えた。



バチチチチチッチチチチッチチ!!!!!!!!!!!!!!



「ギャグギィギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」



けたたましい音を上げながら仰け反ったと思えば体を捩じらせ、屈んだかと思えばまた体を反らせて叫び声を上げていたボスの魔猿からプスプスと煙が上がり、焦げ臭い臭いが漂い始める。


動きが止まった事に気づいたドゥーエがトン!と後方に飛び上がった瞬間、ボスはドォオオン!と床に頭から倒れた。



あまりにも一瞬だった。



マリウス達も魔猿たちも、倒れて動かないボスに目を向け言葉を失った。



・・・・



「ギィアアアアアアアアアア!!」



一匹の魔猿の叫び声が束の間の静寂を裂いた。


「キャアアアアアアアアアアアアア!!!」


「ギィッ!!ギィッ!!」


途端、生き残った全ての魔猿たちが蜘蛛の子を散らすように建物から逃亡しようと動き出した・・・が、


ダーーーーン!!!


「ギ!!」


ダーーーン!!!


「ギャ!?」


グラティアの狙撃兵たちがそれを許さない。


建物の外に出ようとすると狙撃され、中に戻ってもあの生き物に殺される。


八方ふさがりになった魔猿たちは、顎をガクガクと震わせながら涙を流していた。


(弱い生き物は・・・自分達だった・・・あの森で静かにしていればよかった・・・。)


移動中の船を襲った魔猿は、船を追って来た事を後悔していた。


しかし、それは先には立たない。


スッと目の前に現れたドゥーエ(生き物)が手を伸ばしてきたのを目にしたのが彼の最後だった。




その後、銃声や魔猿の叫び声が聞こえなくなるまでにそんなに時間はかからなかった。


「ふぅーーーーっ。」


漁港の外に出て、天を仰ぎ大きく息を吐いたドゥーエはその後思いっきり息を吸い込んだ。


「はぁ・・・臭かった。」


「ふっ!はははは!確かにな!」


ドゥーエの呟きに破顔したマリウスは地面に腰を下ろした。


「にしてもお前・・隠してた力はとんでもないな。雷魔法か?」


「あ、はい。」


「話に聞いていた雷帝のようだったよ。」


「ありがとうございます。あ!!!!でも、騒ぎになるので出来れば軍部には言わないで欲しいのですが。」


マリウスの賛辞に頭を下げたドゥーエだったが、噂が立つのを恐れてワチャワチャと手を振りながらマリウスに懇願した。


「まぁ・・そうだな。出来る限りそうするよ。だが、ヤバい時はその力存分に使ってもらうからな。」


「はい!」


笑ってそう言ったマリウスにドゥーエは再び頭を下げるのだった。



****



しかし、その後アリエナに戻ったマリウスや同行した騎士達はドゥーエの隠していた雷魔法の事を口にしなかったのだが、ドゥーエの立ち振る舞いを目にしていたバーミスが口を紡ぐ事は無かった。


「第二の雷帝がグラティアを救った。」


その噂は瞬く間にグラティアに広がって行くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る