第16話 第二の雷帝③

「俺がですか???正気ですか?」


マリウスの「お前が先行しろ。」という言葉に戸惑いの色を見せたドゥーエに対して、マリウスの目はいつも通りの真面目なものだった。


「ん?正気だぞ。前から気になってたんだ。お前・・何かを力を隠しているだろう?」


「え?」


「分からないとでも思ってたのか?俺との模擬戦の時でも力を隠していただろ?」


両手を腰に当てて俯きながら首を左右に振るマリウスに、力を隠していた事を見破られていたドゥーエは、どう上手く答えていいのか分からなくなっていた。


「・・・・。」


「答えないという事はそういう事だな・・・まったく舐められたものだ・・・。」


「いえ!!そういう訳では・・。」


さらに項垂れたマリウスに慌てて誤解を解こうとしたドゥーエだったが、バッと顔を上げたマリウスが笑っている事に気づくと頭を抱えた。


「あああ!!!・・・謀りましたね?」


「ははは!!人聞きが悪い事を言うな。だが、想像以上に状況が悪くてな。お前に力を隠されたままでは取り返しがつかない事になる可能性も出て来た。」


「はい。」


「隠したまま魔猿を討伐出来るならそれでもいい。ただ、力を隠したままやつらに殺されたり、俺たちが死んだ後に力を解放して・・・それで満足か?お前の力は何のためにあるんだ??それとも後悔したいのか?」


「・・・・いえ・・・・・後悔したくありません。」


「それならいい。先行しろとまでは言わないが、本当の意味で全力を尽くせ。」


「はい。」


諭されたドゥーエは力強く頷くと、微笑み街路の中央を歩き始めたマリウスの後を着いていくのだった。



****


漁港を占領してから早2週間ほどになると、漁師のいない漁港に魚貝類が揚がるわけがなく倉庫の中にあった食料は底を突きかけて来た。


さらに魚だけを食べているのが飽きてきた魔猿たちは、外に出てみると襲撃した時には無かった壁が建てられている事に気づいた。


(あの弱い生き物が作ったのか??何とも・・すぐに壊せてしまいそうな壁だ。)


ニタァと笑った一匹の魔猿が、疑うことなく跳ねながら壁に向かっていく。


ダァーーーン!!


拳を大きく振り上げた途端、あの大きな音が鳴ると魔猿の腕が弾き飛んだ。


「ギィギャアアアアア!!!」


「ギ!?」


倒れた一匹を引きずりながら助け出した魔猿は、壁に所々穴が空いているのを発見した。


(姑息な生き物め・・・・一網打尽にしてやる。)


仲間を打たれ、目を真っ赤にして怒りを表わした魔猿たちは上下左右に連動して動き周り、グラティア兵たちの銃撃を躱しながら壁に近づいていく。


素早過ぎるため的を絞れず、また魔猿たちの勢いに気圧されたグラティア兵たちは一人、また一人と逃げ出していくのだった。


数日かけて作ったバリケードを10分~20分そこらで突破した魔猿たちは、商業街に入ると逃げ惑う人々を襲い、さらに色とりどりに並べられた食料に喰らい付くのだった。


商業街の半数以上の民間人は、防壁の先・・・住宅街に逃げ込んではいたものの、グラティア兵の避難指示に従わない民間人もいたため、マリウス達が辿り着いた街路には兵士と民間人の死体が入り混じっていたのだった。



その後しばらく商業街の建物や食料を楽しんだ魔猿たちは、あの大きな固い壁を攻略しようと話し合っていた。キャッキャと弾む声で会話している魔猿たちは、攻略事態を遊びのように楽しんでいるようだった。


(さて、あの壁の向こう側にあの弱い生き物たちが潜んでいるのかな??)


「クキキ!」


「キャキャア!!」


歯をむき出して笑顔を浮かべた魔猿たちは、街路や建物の屋上をまるで遠足に行く子供たちのように駆けまわっていた。


「ギャアアアアアア!!!(さあ、行くぞ!!!)」


ニタリと笑ったリーダー格の魔猿が声を上げて街路を真っすぐ走り出すと、仲間たちも壁に向かって走り出した。


「来たな。」


「ギ!?」


リーダー格の魔猿は驚いた。壁の向こうに逃げ込んでいると思っていた弱い生き物が、正面に数匹立っているではないか。


しかも、あの大きな音を立てる武器は持っていないようだ。


取るに足らない・・・・そう判断したリーダー格はさらに大きな声を上げ、周囲にいる魔猿たちにマリウスを襲うよう指示を出した。


****


「ギィイイ!!」


「ギャアアア!!!」


爪を剥き出しにした2匹の魔猿が、街路左右の屋根から交差するようにマリウスに襲い掛かる。


「舐めるな!!」


魔猿の動きをしっかり捉えていたマリウスは、魔猿の爪を鼻先で躱すと着地した魔猿を一気に斬り捨てた。


「ギャアアアアア!!!!!」


「グギィィイ!!!」


バタッと倒れた2匹を目にした魔猿たちは、目を真っ赤にして一斉にマリウスに襲い掛かった。


「火の精霊よ。力を貸してくれ。」


「ギャア!?」


「ギッ!!!ギッ!!!」


マリウスの脇から飛び出したドゥーエが、炎を纏った剣を振り上げると船を襲った奴らと同じように炎に驚き足を止めた。


「いいぞ!ドゥーエ!」


「おらぁあああ!!」


さらにドゥーエの後方から飛び出した騎士たちが足を止めた魔猿たちを斬り裂いて行く。


「グ・・・グギャアアアアア!!!!」


「逃がすか!」


今までとは一味違う・・・そう感じたリーダー格の魔猿は、悔しさに顔を歪めながら漁港の仲間と合流すべく後退の指示を出した。


ピョンピョン!と街路を後退していく魔猿たちの後をマリウス達は追いかけた。



ドガシャーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!



「!?」


このまま攻勢に出る。そう思いながら漁港に戻って来たマリウス達を出迎えたのは、壁を突き破って出て来た傷だらけのドーガだった。


「ドーガ!!!」


「す・・すいません、マリウス隊長・・・ボス級の猿がいて・・敵いませんでした。」


「他の者はどうした?」


「ぐ・・・やられてしまいました・・・・。」


慌てて駆け寄ったマリウスの顔を見た途端、涙目になったドーガだったが、何とか涙が零れるのを我慢して状況を報告した。


「くそ!!!」


「あいつか?」


ドーガの報告を一緒に聞いていた騎士達は、破壊された壁の向こうにいる一回り大きい魔猿を目にして息を呑んだ。


「パワーがありそうだな・・・よし「やめろぉおおお!!!!」


「ギ???」


マリウスがドーガの傍から立ち上がり、次の指示を出そうとしたマリウスの言葉をドゥーエの叫び声が遮った。ドゥーエは建物の中で息を失い倒れている騎士に対して、更に噛みつこうとしている魔猿を目にしていた。


「どうした?ドゥーエ。」


「あの時とは・・違う・・・。」


今となってはミューレル達への溜飲は下げているものの、蛮族討伐の時に何も出来なかった自分に不甲斐なさを許してはいなかったドゥーエは、倒れている騎士を目にした瞬間、自分の中の怒りが弾け飛ぶのを感じた。


「ドゥーエ??」


「マリウスさん・・俺が先行します。」


「何だと!?」


「マリウスさん達は、倒れた魔猿たちに止めを刺してください。」


「どういう事だ?」


「マリウスさんが言う通り、隠していた力を使います。」


「し、しかし・・・あ!おい!!!」


今度はドゥーエの「先行する」という言動に戸惑ったマリウスだったが、ドゥーエはスタスタと壁に空いた大きな穴の中に入っていった。


「これ以上好きにはさせない。」


剣を構えたドゥーエは怒っていた。


魚を口に咥えながらニタァと嫌な笑顔を見せる魔猿達に向かってドゥーエは飛び出した。


「ギギャアア(殺せ!!!)」


その様子を見ていたこの群れのボスである魔猿が声を上げると、建物の中にいる無数の魔猿が一気にドゥーエに襲い掛かり始めた。


「ドゥーエ!!!」


マリウスがドゥーエの後を追って建物の中に入ると、その光景に自分の目を疑った。


「火の精霊よ!力を貸してくれ!!!!」


そう呟いたドゥーエが炎を纏った剣を掲げて振り回すと、先ほどと同じ様に魔猿たちの動きが炎に驚き固まった。


マリウスはそのままドゥーエが斬り捨てていくものだと思った瞬間、ドゥーエは剣を鞘に収めた。


「な!?ドゥーエ!?!?!?」


「死ぬ気か!?!?」


その無謀な行為に驚いたマリウスや騎士達が声を上げるが、ドゥーエの次の動きに驚愕したマリウス達は声を失った。


「雷の精霊よ。力を貸してくれ。」


動きの止まった魔猿の体にドゥーエがポンッ!と軽く手を触れると、その魔猿は「ギ!?」と声を上げた途端に力なくパタッと倒れるのだった。

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