第15話 第二の雷帝②

グラティアの漁港は非常に血気盛んだとドゥーエは聞いていたが、船をつけ辿り着いた漁港は人の気配は無く静まり返っていた。さらに、床には食い散らかした魚や貝が散らばっており生臭い鼻を衝く腐った匂いが漂っていた。


匂いの先には、市場がある建物があり普段ならたくさんの魚貝類が行き来するであろう大きく開いた建物の入り口があった。


ドゥーエとマリウスは建物の中の様子を伺うため足音を殺しながら歩みを進めると、建物の奥から魔猿たちの楽しそうな浮ついた声が微かに聞こえてきた。


ドゥーエは眉間に皺を寄せ小声でマリウスの声をかけた。


「これは・・・既に漁港は魔猿に占領されているようですね?」


ドゥーエの小声に合わせるように無言で頷いたマリウスが囁くように返答する。


「ああ・・そのようだな。魔猿たちの声は聞こえるが、どれほどの数がいるのか分からないな。」


建物から離れて着岸した船の下に戻って来たドゥーエは、声のトーンを戻してマリウスに話しかけた。


「どうしますか?突貫しますか?」







ドゥーエの問いかけにしばらく顎に手を当てながら束の間考え込んでいたマリウスだったが、パッと顔を上げると口を開いた。


「二手に分かれる。」


「え?」


「ドーガ!!」


「はーーーい。」


ガチャガチャと重そうな鎧を身に着けた男が、間延びした返事をしながらマリウスの下にやってきた。


ガタイは大きい・・というよりぽっちゃりした体にギョロッとした目をしたドーガという男は、無骨な顔をしているが坊ちゃんカットという何ともアンバランスな見た目だった。


「仕事ですかー?」


マリウスに呼ばれたのが嬉しいのか、満面な笑みを浮かべながら、また、のんびりとしながら軽い調子でマリウスにそう問いかけた。


「そうだ。お前にはここにいる半分を率いて建物の中を進んでもらいたい。魔猿たちと遭遇した場合、討伐可能なら討伐しろ。厳しい場合は無理せず後退するんだ。」


「分かりましたー。」


「いいか。あの建物の中は広い、固まって壁伝いに移動するんだ。そうすれば3方だけ気をつければ良くなる。」


「分りましたー。」


ガチャガチャと鎧の音を立てながら敬礼したドーガは、大きな盾を構えると騎士を率いて大きく開いた入り口から侵入し、マリウスの言葉通りに壁際に向か会って歩いていった。


ちなみにドーガは、マリウスに「お前は何があっても、漁港に着くまでそのまま部屋で待機していろ。」と命じられていた。そのため船が襲われた時甲板には出ることく船室で横になっていた。


「何というか・・・マイペースですね・・・。」


苦笑いを浮かべながらドゥーエはワタワタとマリウスに指名された騎士が離れていくドーガを追いかけていく姿を眺めていた。


「まぁな。だが、それがあいつのいいところでもある。」


「そうなんですか?」


「ああ。あいつは周りのペースに掻きまわされる事がない。それが返って悪い方向にいく事もあるが、今は俺にとっては助かる人材だ。何故か俺の言葉には素直に従うしな。」


「なるほど。慕われてるんですね。」


ドゥーエはマリウスの回答に頷きながら、マイペースなエストとクリードの顔を思い浮かべながらフッと微笑んだ。


「で、我々は?」


「ここから迂回して漁港の外に出る。外の様子が気になるからな。それと出来ればグラティアの市民に会って現状の話を聞きたい。」


「分りました。」


「よし。着いてこい。」


「「「は!!!」」」


マリウスの意見に納得したドゥーエは、マリウスに続いて音を立てず最短で漁港の外に出れるルートを進んでいった。


「え?」


「バリケードか?」


外に出ると、漁港の周囲に如何にも急いでこさえたような即席の杭に板を張った雑な防壁が設けられているものの、その壁は機能していない事が見て分かった。所々が魔猿たちに打ち砕かれたのか破壊されていた。


異様な光景に唖然としていたドゥーエの背中をポンと叩いたマリウスが、先行して破壊された壁を抜け、グラティアの街に向かって歩いていった。


「これは・・・想像以上だな・・・。」


ポツッとそう呟いたマリウスの目に飛び込んできたのは、魔猿に噛みつかれ、引き裂かれた兵士や人々の死体が街路に横たわり、道の両端にある建物が好き勝手に破壊されていた街の惨状だった。


「ひどい・・・。グラティア兵はいったい何をしていたんだ?」


ここも漁港と同じく普段は人々が賑わい、行き交う活気に溢れた場所だった。現状に憤った騎士がそう声を上げると騎士の肩に手を乗せたマリウスが首を横に振った。


「そう言うな・・・我々と違いグラティアの兵たちは銃での戦闘が主だからな。荒くれ者達を制圧する事には馴れていても、動きの素早い魔猿たちには対応出来なかったんだろう。」


銃を手にしたまま首を噛みちぎられているグラティアの兵に目を向けたドゥーエは、目をひん剥いたまま倒れている彼の目をそっと手で閉じた。


「それほど動きが速いという事ですね。」


「そのようだな。」


立ち上がりそう口にしたドゥーエに頷いたマリウスは剣を抜いた。


「この先どこから奴らが現れるか分からない。固まって先に進むぞ。」


「「「は!!」」」


マリウスの言う通り一丸となったドゥーエ達は、上下左右に気を張りながら街路を進んでいくと、街路の先に商業街と住宅街を分ける壁が見えて来た。ガルシアが角を隠して訪れることが出来るほど、自由に出入りする事が出来るグラティアの商業街は蛮族の討伐以降も盗賊や山賊たちの襲撃に幾度かあっていた。その中でも、一度グラティア兵を突破して住宅街に侵入した盗賊達に好きなように荒らされた事があった。その後住民に死人も出たその事件がきっかけで、グラティアは商業街と住宅街の間にレンガ造りの大きな壁を立てたのだった。


壁の前に辿り着いたマリウスは、正面にある鉄製の扉を軽くノックしてみた。


「あ・・・すいません・・・もしかして・・アリエナから来てくれた騎士ですか?」


カ・・カチャッと怯えるように小窓が開くと、そこから目元も眉毛も垂れ下がった気弱そうな顔をした男が顔をのぞかせ、声を震わせながらマリウスにそう問いかけた。


「そうです。アリエナから来ましたマリウス・ラートナムと言います。そちらは?」


「ええ!?あの有名なラートナム騎士ですか!?!?わ、私はグラティア一等兵のバーミス・トノハウです。・・・すいません。」


「え?トノハウ??あなたがグラティアで一番の射撃手と言われるトノハウ一等兵ですか?」


「すいません・・・そうです。」


「え?なぜ謝るのですか??」


「あ・・その・・すいません。口癖なんです・・・すいません。」


茶髪短髪のバーミスは、小窓からでも分かるほどペコペコと頭を何度も下げていた。


「そ、そうですか・・・。それで、魔猿はまだこの壁を越えていないのですか?」


「は、はい・・・。今時点ではまだこの先は侵略されていません。」


「そうですか。では、我々はこのまま商業街で魔猿の討伐に当たります。」


マリウスはトノハウそう告げると、踵を返し待っているドゥーエ達の方に向かおうとしたが、バーミスに呼びかけられ顔だけ振り向かせた。


「あ!あの、ラートナム騎士!!」


「はい。」


「やつらは単独行動を取りません。か、必ずまとまって行動します・・・まるで・・軍隊のようです。」


「助言ありがとうございます。では。」


そう言って顔を戻すと、今度こそドゥーエ達のもとへ戻って行った。


「どうか・・・気を付けてください・・。」


ポツリとそう呟き小窓を閉めたバーミスは、両手を組み合わせてマリウス達の無事を祈るのだった。



「どうでした??」


ドゥーエは戻って来たマリウスに問いかけると、怪訝そうな顔をしている事に気づき首を傾けた。


「あれ?どうしました?」


「ああ。いや、すまん。ちょっとイメージと違ったものでな・・。」


「は?」


「いや・・・ゴホン、グラティア兵が扉の向こう側にいて状況を聞けた。端的に言えば壁の向こうはまだやられてはいないそうだ。」


狙った標的は逃さないと言われる狙撃手のバーミスと初めて会話したマリウスは、その噂とは真逆の彼の気弱さに少し拍子抜けをしていたが、ドゥーエの視線に気づいて咳払いするとバーミスの事は頭の片隅に追いやり調子を元に戻すのだった。


「そうですか。では、こちら側にいる魔猿のみに集中出来ますね。」


「ああ・・でだ、ドゥーエ。お前が先行しろ。」


「え?」

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