第3章 勇者アルスト ~前編~
第1話 勇者アルストと魔族の王の約束
―イヴァリア歴16年4月5日-
「ここまでありがとう!!!助かったよ!!」
エビルイーグルの背に乗り、バスチェナ城を後にしたエストは、魔物の森の西端に着くとエビルイーグルの背を軽く二度叩いて叫んだ。
「グアアアアアア!!!」
背に乗るエストに視線を向けたエビルイーグルが鳴き声を上げると、頷いたエストはピョン!!と飛行中のエビルイーグルから飛び降りた。
「スアニャ!!」
「うん♬」
風の魔法と重力負荷を調整して、ゆっくりと地面に着地したエストは北に向かっていくエビルイーグルを見送ると胸に手を当て精霊に声をかけた。
「スアニャ。ありがとう。」
「もう!!毎回お礼言わなくてもいいって言ってるでしょ?」
「そうだったね。でも、ありがとう。」
「・・・・。」
フッと微笑むエストに、胸から飛び出したスアニャは頬を染めてエストの顔に抱き着くのだった。
****
神国イヴァリアとバスチェナ城の間にある、広大なコンクルー草原の中央には人族によって据えられた石碑があった。
『不可侵条約締結地』
そう刻まれた石碑の前にいるエストは、何度も読んだ『勇者アルストの物語』の結びの場所に立ち、感慨に浸っていた。
物語では、アルストの後ろにはたくさんの人族達がバスチェナに睨みを利かせ、同じくバスチェナの後ろいる魔族の幹部達がアルストに睨みを利かせていた・・・・はずだった。
****
スキル『
イヴァリア歴16年から遡ること、324年前、この場所でアルストとバスチェナが条約を結んだ姿を見たいと望んだエストは瞼をゆっくり開いた。
「よう。バスチェナ。」
金色の髪を風に靡かせ、爽やかな笑顔を見せたアルストが向かいから近づいて来る男に手を上げた。
「ああ。アルスト。」
若々しいバスチェナが、同じく笑顔を見せた。
『え???どういう事????』
石碑の脇に立っていたエストは、その石碑を挟んで立つ2人のフレンドリーさに動揺した。
「怪我の具合はもういいのか??」
「お前にやられた傷なんて、大した事ないさ。」
そして、ニヤリと笑ったアルストと薄ら笑いでそう返したバスティナの後ろには、誰もおらず、広大な草原の中央にはこの2人以外の姿は無かった。
「ふふ。決着は着かなかったが、お前との戦いは楽しかったよ。」
「ああ。本気で倒そうと思っていたんだがな。その気持ちは何となく分かる。」
「本気だったから、楽しかったのさ。」
「そうだな。」
エストの大きく開かれた目には、穏やかな表情で語り合う2人が親友のように映っていた。
『これを・・・伯父さんは見せたかったのか・・・・。』
膝が震え始めたエストを余所に、アルストが紙を2つ石碑の上に差し出した。
「何だ?これは?」
その用紙を怪訝そうな表情をしたバスチェナが手に取った。
「これにな、お互いの血判を押して『約束しました』って証にするんだ。」
「互いに侵略行為をしない事を・・・・・・面子のためか??」
「ああ。こうでもしないと彼らは納得しないだろうからな。」
「くははは!正直だな。」
面倒くさそうな顔をするアルストを見たバスチェナは笑い声を上げた。
「笑うなよ。アイツの影響を受けた彼らを相手にするこっちの身にもなってくれ。」
「ふっ。心中察する。」
「じゃあ・・・頼む。」
アルストが持っていたナイフで親指の先をピッと切ると、片方の用紙に血判を押した。
「分かった。」
バスチェナは、先の鋭い爪を使い同じく親指の先を切ると、持っていた用紙に血判を押してアルストに差し出した。
その後、双方の用紙に再び血判を押し終えると、一枚の用紙を大事に懐に入れ、もう一枚をバスチェナに手渡したアルストは「これで条約締結だ。」と大きく息を吐いて天を仰いだ。
「それで・・・これからどうするんだ?」
空を見上げているアルストにバスチェナがそう問いかけた。
「ああ。この先にある川の向こうに結構大き目な集落跡地を見つけたから、そこに人々を集めて国を立ち上げる事にする。」
バスチェナの顔に視線を戻したアルストは、親指で背後にある西側に小さく見える川を差してそう答えた。
「随分近くに国を構えるんだな。」
アルストは少し眉間に皺を寄せてバスチェナを見ると、エストが耳を疑う言葉を彼らが口にし始めた。
「お前にもイヴァを見張っててもらうためだ。」
「あ?封印されて万々歳じゃないのか?」
「いや・・・アイツはいつか復活する・・・そんな気がしてならない。」
「そうか。お前もそう感じていたのか。」
「どういう事だ?お前もって事は・・・。」
眉尻を下げたアルストに、バスチェナは目を閉じ頷いた。
「私もそう思っていた。」
「そうか・・・だが、俺らには寿命がある・・・。」
「実はな・・昨夜神から1つのスキルを授かった。」
「スキルだと?」
「ああ。『時間停止のスキル』だ。」
「そ・・・それは・・・・本当か?」
「ああ。」
「な!?!?」
アルストは驚愕した。
正面にいた筈のバスチェナが「ああ。」と返事をした時には背後に立っていたからだ。
「い・・今のが・・・。」
「ああ。これが『時間停止のスキル』だ。」
このスキルを先の戦いで使われていたら自分など一溜りもなかった感じたアルストは、脂汗をかきながら振り返った。
「神からヤツを見張るよう言われた後に授かったスキルだ。」
「ま・・・まさか・・・お前・・・。」
「そうだ。このスキルを駆使して、お前の国を見張っててやるよ。」
「そんな・・・どうやって。」
「この時間停止は長さを指定して自分にもかけれるらしい。」
「だからと言って・・・・お前・・・・。」
ニヤッと笑うバスチェナの話に、アルストの膝はガタガタと震えていた。
「どうして・・・・そこまで・・・・。」
「お前が言った事だろう。人類のためさ。」
「ぐ・・・・。」
天を仰いでそう言ったバスチェナの言葉に、膝から崩れたアルストは目から滝のように涙を流していた。
「泣くなよ。その変わり・・・お前にはヤツを倒す方法を考えていてもらいたい。」
「ああ・・・分かった。」
「まぁ・・方法が見つからなくても責めはしないから安心しろ。」
「いや・・必ず見つける。」
大泣きするアルストを見て、揶揄うようにそう話したバスチェナだったが、アルストの目に強い意志を感じると再び目を閉じ頷いた。
「人族達には、私が『長い眠りに就いた。』とでも言ってくれ。」
「分かった・・・友よ・・・また会おう。」
「ふっ。いつになるかは分からんがな。」
アルストが差し出した手をバスチェナが握り返すと、突如空間にビシビシッ!!とひびが入った。
ガシャガシャ・・・とガラスが割れ落ちるような音を立てながら、ひび割れた空間が崩れ落ちると、草原に1人、エストが呆然と立ち尽くしていた。
****
スキルで見た過去の映像が信じられなかったエストは、石碑に背を預けながらしばらく呆然としていた。
「これが・・・事実??これが・・・・歴史の嘘??俺やみんなが信じてい物語や歴史っていったい・・・。」
そう言いながら、天を仰いだエストは
「確かに『百聞は一見に如かず』でした・・・グエナ様。」
と呟いた。
『
「ふぅううう・・・。」
大きく息を吹き出したエストは、歴史好きと言っても『勇者達』に興味があり、憧れを抱いていた。そのため、それほど『女神 イヴァ』に興味を持っていなかったエストだったが、アルストとバスチェナが『ヤツ』『アイツ』と言い捨てるイヴァという存在がいったい何なのかが気になり始めた。
「そこが全ての始まりだと言われている。」
そしてバスチェナの言葉を思い出したエストは、立ち上がると南に向かって走り出した。
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