第2話 イヴァ顕現
―イヴァリア歴16年4月12日―
「おお!凄い綺麗だ。」
森を抜け砂浜に出たエストは、バスチェナ城のテラスから見えた荒々しい海とは打って変わって、穏やかな海と青空が一面に広がるその景色に感動していた。
「これが水平線ってやつなんだ。メリル先生にも見せたいな。」
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勇者アルストと魔族の王バスチェナの約束を見終えた後、バスチェナが『全ての始まり』と話していた場所を目指す事にしたエストは、バスチェナに貰った地図を大切にしまうと、自分への重力負荷を92Gにしてコンクルー草原を魔物の森に沿って南下して行った。
バスティナ城で100Gの重力負荷の中、立って歩くことが出来たエストであったが、リュックを背負った状態である程度の歩行スピードを保つ事は難しかった。
最初、空を飛んで移動することも考えたエストだったが、それに慣れて自分を鍛えなくなりそうな気がしたため、負荷をかけ歩行移動することを選んだ。
そのため、飛行すれば1日で着く距離を7日かけて移動していた。
途中途中、森の中から魔狼や魔猿達が襲い掛かってくるものの、数日に1匹の魔狼を倒す以外は、風魔法で森の奥にお帰りいただいた。
ガルシアの下にいた約10か月、エストは戦い方だけではなく魔物の捌き方や調理法なども習っていた。
そのため、エストは一人旅でも食に困ることは無かった。
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海から吹く風に髪を靡かせながら砂浜を歩いていると、遠くに岬があることを目視したエストはリュックから地図を取り出し、自分が今砂浜の端に立っていることを確認した。
バスチェナ城からアリエナの南にあるラビナ鉱山までの南側を書き記されていた地図を見ると、自分が立っている場所と岬の中間地点に小さい池の絵があり、そこにバスチェナが付けた赤丸が記されていた。
エストはスキルを解除するとその場で高くジャンプすると、砂浜の先から岬まである森の中に、地図にあった池と思われるその場所を見つける事ができた。
「あれ?あそこかな?」
想像以上に正確だった地図に感謝したエストは、また大事に地図をしまうと先ほど目視できた池を目指して歩き始めた。
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「ここ・・・・なのかな???」
池の脇に辿り着いたエストは、うっそうとしている草木の中に、人の手で作られたと思われる堀や、家の基礎に使用したと思われる石が並べられているのを見つけたことで、ここが集落跡地なのだと想像できた。
「ここが、全ての・・・始まり??」
少し緊張した面持ちで、リュックを降ろしたエストは集落跡地が見渡せる場所に移動した。
『全ての始まり』と言われてエストが思い浮かべるのは、物語の最初に記されていた『勇者アルストの召喚』だったがスキルを使用したエストの目に映ったそれは、勇者の召喚場面では無かった。
『
「お!」
エストは周囲を見渡すと、池の周囲の草は綺麗に刈り取られ、ぼうぼうと草木が生い茂っていた池から海へと流れる小さい川沿いには道が整備されていた。
その道を布の服に身を包んだ人たちが、手に持った籠に魚や貝をたくさん入れて笑顔で歩いていた。煙が上がる集落地には木やカヤで作られた家々があり、母親と思われる女性たちが魚を調理し、その周囲を子供たちが楽し気な声を上げ走り回っていた。
子供達が大きな歓声を上げると、鹿を捕まえた男たちが誇らしげな顔を見せながら森の中から集落地に帰って来た。
エストは目の前に広がる穏やかな光景に頬を緩ませていたが、突然眩い光が空を割くように現れると、そこから一人の女性が姿を現わし舞い降りて来た。
その光景を見て呆気にとられたエストと同様に、集落にいた人々も口を開いて空を見上げていた。
「うふふふふふふふふふふ。あはははははははははははははははは!!!!!!やっと・・・・やっっっっっと狭間から出ることが出来たわぁぁぁあああああああああ!!!!!アハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!ざまぁみろ!!!ワタシは次元を超えて見せたワァ!!!!!!!!」
『な・・なんだ・・・アイツ・・・。』
顕現した女性が、狂気に満ちた表情で甲高い笑い声を上げる姿を目にしたエストは背筋に冷たいものを感じていた。
「はぁああああ。」
高揚したまま地上に降りてくる彼女に、口を開けて呆然としたままその姿を見つめていた一人の老人が話しかけた。エストは、老人の後ろには集落の住人が集まり始めているのを見て、この人がこの集落の長なのだろうと思った。
「あの・・・・・あなた様は??」
「え??」
声を掛けられた女性は、老人の問いかけに目を大きく見開いて驚くが「ワタシが見えるの?」と老人に問うと「は・・・はい。見えますが・・・。」という老人の返答に、また歪んだ笑顔を浮かべると一度老人達に背を向けた。
「うふふふふ。」
気味の悪い笑い声を上げた後、振り返った女性は妖艶な瞳を輝かせ、少し厚い唇を軽く緩ませてると、膝まである髪をなびかせながら、両手を広げて老人達・・集落の住人に向けて語り始めた。
彼女が振り返った瞬間、集落の住人たちの表情が一変した。
「あなた方が信ずる神はいますか。」
「あ・・はい、この世界を司る神、女神グエナ様です。」
「そうですか・・やはり聞いたことがありませんね。」
「ん?聞いたこ・・・・か!?」
『
「皆さん!ワタシは、人の母神であるイヴァと言います。」
「ぼ・・しん・・・・イヴァ様ですか・・・。」
「そうです。あなた方の母なる者です。」
「おお!今まで知りませんでした!申し訳ございません。」
「ああ・・・女神が降臨された・・・。」
「美しい・・・。」
老若男女、全ての集落住民が一変して恍惚の表情を見せ、地面に両膝を着き彼女を崇め始たその光景にエストはゾッとした。
「いいのですよぉ。これまで姿を現せれなかったワタシにも責任があります。」
「ああ・・何と慈悲深い・・。」
『いったい・・これは・・・。』
さっきまで彼女の顕現に呆然としていたエストだったが、集落住人の豹変に唖然としていると、一人の男性が集落に訪れた。
「よお!長老。今日も美味いもの持って来たぞ!!」
ニッと笑ったその男は、黒い髪を後ろで束ね、鼻は高くキリッとした目をしているものの、人懐っこい笑顔を見せていたが・・・・・額の両端に2本の角を生やしていた。
「ああ!フレド!よく来てくれた。」
「え!?」
「ん?どうされました?イヴァ様。」
長老がフレドと呼んだ角付きの男にいつも通りに挨拶すると、先程までニタリとした笑顔を浮かべていたイヴァの表情が驚愕としたものに変わっていた。
「あの者は・・・いったい・・・・。」
「ああ。イヴァ様、あの者は角族のフレドといいます。気さくな男ですよ。」
「ん??なんだお前は??」
「そうですか・・・。」
『
長老の説明を聞いたイヴァは、自分が元いた世界では角があるものは魔の者であったため警戒しながらも男に目を向けたイヴァは『魅惑』のスキルを使用した。
それを見たエストは、フレドも『同じように変貌してしまうのではないか?』と思ったため、急いでフレドに飛び着くがすり抜けてしまう。
『ああ!!』
パーーーーーーーーーーーーン!!!!!!
しかし、エストが慌てて振り返るとフレドはグエナからスキルを授かっていたた、イヴァのスキルを弾き返し、スキルを弾き返されたイヴァが後方に弾き飛ぶ。
「きゃ!?」
「お前・・・オレに何しようとした??」
フレドがそう言って剣の束に手をかけ身構えると、自分のスキルを弾き返したフレドに恐れおののいたイヴァは集落住人に目を向け彼らを篭絡し始めた。
「ああ・・・何と言う事でしょう。あなた方は悪魔・・・・魔族の言い成りになっていたのですね??」
「あ?」
「え??どういう事ですか??」
フレドが青筋を立てるも、それに構うことなくイヴァに問いかける住人達に向け話を続けた。
「そのグエナという神の下にいる魔族は、人を甘い言葉で巧みに操り正しい道から外そうとしているようです・・。あなた達はこのままでは魔族の思うまま悪道に進んでしまう事でしょう。」
「そ、そんな・・。」
「魔族はどれくらい存在するのですか?」
「たくさんいますよ。」
「そうそう。」
「私たち人族と同じくらいはいるかも。」
住人たちの返答にイヴァはよろめくと、哀れみの表情を向けた。
「ああ・・・・・。既にこの地は魔族達に支配されているのですね・・・。」
「支配??どういう事ですか??」
「その通りの意味です。先程も言ったようにあなた達人族はこれまで魔族達のいいように操られていたようですが、これからはワタシがいますわぁ。あなた達を正しい道に導きましょう。」
「ああ!イヴァ様!!」
「ありがたい!!」
「お・・お前、こいつ等に何しやがった!?!?」
両手を広げてそう話すイヴァに対して、また恍惚の表情を見せた住人達が彼女にひれ伏すと、彼らの変わりように青筋を立てたフレドは、腰に下げていた剣を抜き、イヴァに向かって剣を振り上げた。
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