第30話 魔物が服従する姫
深夜・・・静まり返った森の中で、黒いドレスに毛皮のコートを羽織った少女が、艶のある黒髪を耳にかけ、寝そべるホワイトキラーベアのお腹を優しく撫でていた。キラーベアは気持ちよさそうな顔を浮かべている。
―イヴァリア歴16年3月24日―
ホロネルの北部にある深い森の中にその少女は身を潜めていたが、彼女の背後にゆっくりと1人の男性が近づいて来た。
「やっと見つけましたよ。ブレナお嬢様。」
凛とした目と眉の間で切り揃えていた前髪を揺らしながら、少女がその低い声の持ち主に目を向けた。
「ドリアス??こんなとこまで何しに来たの??」
見た目より大人っぽい声で、ぶっきらぼうにブレナと呼ばれた少女がそう答えると、スーツを着こなした男性はワタワタとブエナに詰め寄った。
「な、何しにって、お嬢様を連れ戻すために決まっているでしょう!?」
「ちょっと・・・潜んでいるのに大声出さないでよ。」
「そ、それは失礼いたしました。」
取り乱していたドリアスは『ん、んん!』と咳払いをすると、振る舞いと同じく乱れてしまっていた前髪を手で綺麗に中分に戻した。(その額の中心にはそそり立つ一本角が生えている。)
「帰らないわよ。」
「え?」
「帰らない!って言ってるの!!!あいつら、私の可愛い狼達を・・・・。」
そう声を震わせながら、ブレナはホロネルの方向へ怨みの籠った目を向け話すが、ため息を吐いたドリアスは彼女に向かって苦言を呈した。
「はぁ・・。舐めてかかるからそうなるんです。」
ドリアスのその言葉にイラっとしたブレナはキッと彼を睨みつけた。
「グアアアアア!!」
すると彼女の苛立ちに呼応するように、撫でられていたホワイトキラーベアが立ち上がってドリアスを威嚇すると
「あ!?熊風情が生意気な。」
青筋を立てたドリアスが、ホワイトキラーベアを睨み上げた。
「この子傷つけたら、今後一生ドリアスと口利かないから。」
ブレナがドリアスの前に立つと、そう言い放ってプイッと顔を背けた。
「ええ!?お嬢様!?」
「ドリアスさん。諦めた方が良いっスよ。」
ブレナの一言にあからさまに動揺したドリアスへ、太い枝の上に腰を下ろし、幹に背を預けている黒いレザー服を纏った若い男が声をかけて来た。
「ル、ルゴート!!お前・・傍にいたならなぜお嬢様を止めなかった!?」
ドリアスはルゴートと呼んだ男に顔を向けて声を荒げると、枝から飛び降りたルゴートは、ウインクしながら自分の口に人差し指を当てた。
「シーーーー。そんな大声を上げると、また姫に怒られますよ。」
「ぬぐぐ・・・。」
悔しそうにしているドリアスに、浅黒い肌に映える白い歯を見せて笑ったルゴートには、遊ばせている金髪の両側頭部に羊のような巻き角が生えていた。
「王の言う事すら聞かない姫が、俺らの言う事聞くわけないじゃないっすかー♪」
ケタケタと笑いながら軽い感じでそう言うルゴートであったが、その内容は的を射ていた。
2人の話に聞き耳を立てていたブレナは『ふん!!』と
去っていくブレナの背中を見ながら、ドリアスは頭を抱えてルゴートに愚痴をこぼした。
「いかん・・・会話にならない・・。いくらお嬢様に『
「ハハハ♪そりゃそうですが、そう思うならドリアスさんが姫を説得して下さいよ。」
「笑うな!!!分かってるわ!くそ・・・・お嬢様が言う事を聞く人物なんてどこにもい・・・・・・・・あ!いた!!」
またしてもチャラい感じで図星を突いてくるルゴートに苛立ったドリアスであったが、困ったお嬢様を連れて帰る方法を頭の中で必死に検索していると、ドリアスの脳裏に一人の男の顔が思い浮かんだ。
「へ?いるんスか?」
「おい!!ルゴート、私はこれからある人を呼びに行って来る。私が戻るまでお嬢様に絶対無茶をさせるんじゃないぞ!?」
「ええ!?そんなの約束出来るないじゃないっスか。」
ポカンと口を開いているルゴートに指をさしてそう告げると、ドリアスは慌てるように森を去って行った。
「はぁ・・・。慌ただしいこって。」
ルゴートは呆れたように息をつくと、再び太い枝の上に戻ると、幹に背を預けて目を閉じた。
****
―イヴァリア歴16年3月23日―
ホロネルに到着していたカリン達が、温泉に入るなどをして旅の疲れを癒し英気を養っていた頃、ハワードとルエラはホロネル騎士団の総長室にいた。
「久しいな。モリエル。」
「はい。」
ハワードが手を差し出すと、モリエルと呼ばれたホロネル騎士団総長はしっかりとハワードの手を握った。
「どうぞ、そちらにお座りください。」
「ああ。」
モリエルはハワードの手を握ったまま、もう片方の手を周辺地図が置かれたソファーテーブルの方に差し出し、彼らに着座を促した。
「イーギス近衛騎士隊長殿も久しぶりですね。」
モリエルは、着座したハワードに続くルエラにそう声を掛けた。(着座したハワードに秘書と思われる女性が茶を出した。)
「ええ。6年振りくらいですね。」
「そうですね。私がこちらに配属になって以来ですからね。」
そう話しながら、ルエラはハワードの隣に座り、モリエルは対面の席に着座した。
「ふむ。さて、魔族を目撃したという事だが?」
モリエルが着座すると、さっそくハワードは本題に入った。
「はい。魔物達の後方に角持ちの人影を見掛けた騎士がおりまして。」
「そうか。魔族の人数は間違いなく1名なのか?」
「分かりません。目撃したのは1名ですが、他にも潜んでいる可能性は捨てれません。」
「確かにそうだな。」
モリエルは、地図に『ホロネル』と書かれている位置の南東側に指を置いた。
「奴らはいつも南東側のこの森から姿を現します。」
モリエルは、置いた指をそのまま再び南東方向へずらしていくと、バスチェナと書かれた大きな山の絵の上で指を止めた。
「奴らは、拠点から魔物の森を北上し(地図の指を北へずらしていく)この南東の森に移動したものと思われます。」
「それは分かります。それが最短ですから。その他奴らが身を隠していそうな場所はありませんか?例えば北にあるこの森とか。」
ルエラがホロネルの北部にあるそれなりに大きな森を指差した。
「森に入れば身は隠せると思いますが、この森に入るにはホロネルの脇にあるこの雪原を通らねば行けません。こちらの雪原は常に監視はしておりますので、この森に入っている可能性は低いと思います。」
「そうですか・・・。」
「気になるのか??」
ハワードは、モリエルの説明に浮かない顔をしていたルエラに目をやると、そう問いかけた。
「ええ・・何となくですが。」
「そうか・・お前の勘はたまに当たるからな、一応頭に入れておく。」
「はい。ありがとうございます。」
ルエラはハワードの配慮に感謝し頭を下げた。
「さて、奴らが東側からまた来る可能性が高いのは分かったが、一番分からないのが『奴らがなぜホロネルを襲うのか?』だ。」
「そうですね。」
「温泉に入りたいわけでもあるまい??」
「ははは。その言い草は相変わらずですね。」
モリエルは、真面目な話し合いに『ポン!』と冗談を混ぜて来たハワードが、昔のままだと感じて思わず笑顔をこぼしてしまった。
「ふっ。で、どうなんだ?何か分かる事でもあるか?」
ハワードもモリエルにつられて少し笑みを見せるが、また真面目な会話に戻した。
「いえ・・・『奴らが攻めて来た。』という結果だけが先行していて、何を目的としてこちらを攻めているのかまでは未だ分かっていません。」
「そうか・・・いずれ本人に聞くしかないな。」
「攻め込みますか??」
地図を睨んで前のめりになっていたルエラが、ハワードに顔を向けてそう問いかけるとハワードは目をつぶり首を横に振った。
「いや、魔物を相手に森の中で戦うのはどちらかと言えば不利だ。また攻めて来た時に叩いて捕まえるチャンスを窺うしかあるまいな。」
「分かりました。騎士達には緊張感を保ちながら待機しておくよう伝えてきます。」
「そうだな。頼む。」
ルエラは頷き席を立つと颯爽と総長室を後にし、ハワードは眉間に皺を寄せながら少しぬるくなったお茶に口を付けるのだった。
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