第29話 魔狼一掃


スクラーダは噛みつこうと飛びかかって来た2匹の魔狼を冷静に躱すと火球を放った。


火球が直撃した1匹の魔狼は、炎上して叫びながらバタバタとのたうち回る。しかしもう1匹はスクラーダの火球を躱すと、そのままカリンに向かって走り出した。


「お手並み拝見ですねぇ♥」


カリンに向かった魔狼を見て、ニタリと笑ったスクラーダは火球をワザと外していた。その魔狼が牙を剥き出しにしてカリンに飛び掛かる。カリンは魔狼の動きに合わせて剣を突き出すと、器用に剣先から大きな水球を出し魔狼をその中に閉じ込めた。


イヴァリアの東側にあるコンクルー草原に時々魔物が出現する事があった。その魔物の討伐に向かうクリミナに帯同していたカリンは、魔狼一匹に後れを取るような事は無かった。


「ほぉ・・なかなかですねぇ。」


「うん、落ち着いてるわね。」


魔狼の首を掴んで掲げていたスクラーダが、カリンを動きを見てそう称すると、同じくカリンの動きを見ていたクリミナは大きく頷いた。


しかし、横から飛び出したリンナが「援護します。」と叫び、両手を前に出し水魔法を放とうとしたので、クリミナは慌ててリンナの腕を掴んで魔法を放つのを止めた。


「え??どうして?」


その行為に戸惑ったリンナは、クリミナに顔を向ける。


「リンナ。落ち着いて。」


「え?え??」


「この気温の中、後方から水魔法を放って、もし味方が巻き添えに合ったらどうなると思う?」


「あ・・・すいません。」


カリンが剣を振ると、水牢は勢いよく地面にぶつかり弾け飛ぶ。地面に叩きつけられた魔狼は水牢から解放されはしたが、ずぶ濡れになったその体に寒風が吹きつけると動きが鈍くなってしまった。すると、それを目にした別の騎士がすかさず魔狼に止めを刺した。


「私達には私達の戦い方があるわ。行くわよ!!!」


「はい!!」


そう言って走り出したクリミナの後ろをリンナが追い駆けた。


しかし、十数匹いた魔狼達の5、6匹はすでに討伐されていため、残りは僅かだろうと想定しながら走っていたクリミナの目に飛び込んできたのは、さらに30ほどの魔狼の群れがこちらに向かって来くる姿だった。


「確かにこれは異常だわね。」


「クリミナ・・様・・。」


その状況に驚愕したリンナは足を止めてしまう。


「リンナはそのまま待機、今後自分がどう動くべきか考えながら戦況を見ていなさい!」


クリミナは足を止めたリンナに向かってそう叫ぶと、剣を抜いて魔狼達のもとへ駆け出した。


クリミナの背中を見送りながら、足が震える自分に不甲斐なさを感じていたリンナであったが、その状況に驚愕して足が止まったのはリンナだけでは無く他の騎士達も同じだった。


キャウン!!!


グギャ!!!


「この程度で怯むな!!私に続け!!」


しかし、2匹の魔狼を華麗に切り捨てた女性が、剣を上げ後方に向かってそう叫ぶ。


「「「お、おおおおおお!!」」」


そして彼女が剣全体が十字架のように見えるその剣を、勇ましく掲げたまま魔狼達に向かって行くと、それに刺激された騎士達が声を上げて彼女に続いていった。


赤く長い髪をオールバックにしたルエラ・イーギス近衛騎士隊長は、16年前の大戦にも参加した歴戦の騎士だった。弓なりの形のいい眉の下にギラッと光る彼女の勇ましい目は次の獲物を捉えていた。


ルエラが美しい銀の装飾が施された剣を勢いよく振りぬくと、鮮血をまき散らしながら魔狼達が弾け飛ぶ。


この隊の長を任されていたハワード准将はその様子を見て、白い顎鬚をなぞるとほっと胸を撫で下ろした。


「やはり、あいつを連れて来たのは正解だったな。」


10代から20代が中心に構成されたこの隊員達は、強さはあっても実践の経験が少なかった。そのため、ハワードはルエラのような先の大戦を経験した者を数名連れてきていた。


飛び出した20名ほどの騎士や魔法士達の中で目を引いたのは、ルエラ、スクラーダ、クリミナと、ルエラの周りを素早く動くもう1人の細身の男だった。


ルエラが手前の魔狼を切り裂くと、地面に手を這わせているその男がグッ!!と地面にその手を押し付けた。すると、地面から巨大な棘が飛び出して、ルエラの後方から襲い掛かって来た魔狼の体を貫いた。


「ははっ!!!懐かしいな!グラント!!!腕は落ちてないようだな。」


「16年振りの共闘だな。」


ニカッと笑ったルエラに、口の片端を上げて応えるグラントと呼ばれた面長の男は、ルエラと同じく先の大戦を経験した魔法士だった。


短髪の七三分けにしているグラント・ラヌー近衛魔法士隊長は、低い姿勢を保ちながらルエラの前に出ると、再び両手を地面に押し付けると立ち上がり両手を上げた。すると、グラントの前方に13本の鋭く尖った(土で出来た)短剣が浮かび上がった。


『アースダガー』


グラントが両手を交差するように振り下ろすと、グ・・グン!!!と、土の短剣が舞い降る雪を弾きながら一斉に魔狼達に向かって行った。。


ギャン!!!


ギャイイイ!!


土の短剣が突き刺さり、身動きが取れなくなった魔狼達にルエラが止めを刺していく。


その後方では、先程のルエラの掛け声で士気を上げた騎士の1人が、噛みつこうとしてくる魔狼を盾で叩き伏せると、そのまま盾で魔狼を押さえつける。


「ガアアアア!!」


「よし!!やれ!!!」


「おお!!」


押さえつけている騎士が声をかけると、別の騎士が魔狼に剣を突き立てた。魔狼が「ギャイイイン!!!」と悲鳴を上げて暴れるが、騎士は再度剣を突き刺し息の根を止めた。


他の騎士達もルエラやグラントのようにはいかないものの順調に魔狼を倒していく。


スクラーダは相変わらず楽しそうな笑みを浮かべながら、両手に火を纏い戦場を駆け回っていた。


そんな騎士や魔法士たちの攻勢によりに魔狼はどんどん数を減らしていき、最後の一匹を切り捨てたクリミナが、周囲を見渡しこれ以上魔狼が増えない事を確認すると、ゆっくり剣を鞘に収めた。


「先輩。流石でした。」


クリミナの傍で戦っていたカリンも剣を収めた。その後、ふぅーっと長い息を吐き出して、笑顔を見せるとクリミナにそう声をかけた。


「ありがとう。カリンもいつも通りに落ち着いてて良かったわよ。」


笑顔で話をしている2人を遠目で見ていたリンナは、唇を強く噛み、悔しさを露わにしていた。


****


突如襲い掛かって来た魔狼は合計42匹だった。その全てを一掃した騎士団には死者や重傷者はおらず軽傷者が数名いるものの、魔物との戦闘結果としては上々の成果だった。


「お疲れ様です。クリミナ様。」


「ありがとう、リンナ。」


編隊に戻って来くると、労いの言葉を掛けたてくれたリンナに笑顔で応えた。


「それで、次に自分がどうするべきかは考えれたかしら??」


悔しそうな表情を隠さないリンナに、クリミナもストレートにそう問いかけた。


「はい。」


リンナはしっかりと戦況を目に焼き付け、不甲斐なさと悔しさを心に刻み付けていた。そしてクリミナと共に戻って来たカリンに、目に涙を浮かべながらも強い視線を向けた。


「お疲れ様。次は負けない!!」


「リンナさん・・・・はい!!」


下手な遠慮や謙遜はかえって失礼に当たると感じたカリンは、彼女の言葉に力強く頷き返した。


クリミナはリンナのこの潔い点をとても気に入っていた。『次は負けない。』という事は『今回の負け。』はちゃんと認めているという事だ。そして他の学生達とは違い、ライバル視こそするものの、カリンを羨んだり、逆怨みなどをする事なく努力してきた彼女だからこそ、クリミナはここに彼女を連れてきていた。


「ほぉ。『水』はなかなか有望なのがいるじゃないか。」


3人のやり取りを見ていたルエラは、馬に跨ると若者たちに期待の目を向けていた。



****



騎士達が去ってしばらくした後、たくさんの魔狼の死体を目にした一人の少女が、両膝を地面に落とし、倒れている魔狼を抱きしめると大声で泣き叫んだ。


「人族どもめ!!!!」


そして、恨みの籠った声でそう呟く少女には2本の角が生えていた。





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