第28話 魔族の出現 ~カリン~

―イヴァリア歴16年3月16日―


珍しく焦ったような顔をしたクリミナが、学校の廊下を早歩きしていた。


「あ!クリミナ様!!どうされました?」


教室の外に出ていたショートカット(髪色はライトブラウン)のリンナ・ルノアータが昨年卒業した憧れのクリミナを見つけると、クリッとした茶色の瞳を輝かせて彼女の傍に駆け寄った。


「ルノアータさん、いい所にいました。ちょっと着いて来てください。」


「ええ!!!はいぃぃぃ♥」


目をハートにしたリンナは、キャッキャとクリミナに付いて行くが、彼女の好意に慣れていたクリミナは平然と廊下を歩いていた。


第一集会室と書かれた部屋の前に着いたクリミナは、そのドアを開けるなり声を上げる。


「カリン!!来ていますか?」


集会室の窓から外を見ていたカリンは、突然の掛け声に体をビクッとすると苦笑いを浮かべながら振り返った。


「先輩がいきなり声を上げられるなんて珍しいですね。」


「ごめんなさい。急いでたもので。」


「いえ。でも突然どうしたんですか?」


「えーーー。リオネル准騎士もいるんですか?」


「あ、あれ?ルノアータさん。」


不服そうな声を上げて、クリミナの後ろから姿を見せたリンナにカリンは一瞬戸惑った。クリミナが大好き過ぎる彼女に、勝手にライバル認定されてしまっていたカリンはちょっと彼女が苦手だった。


リンナはカリンより学年が1つ上で、今年5年生になるのだが准魔法士と同じ扱いを受けるほどの実力の持ち主だった。しかし、魔法騎士となったカリンは、今年で高等学校の4年生になるのだが同じく飛び級して准騎士になり、階級としてはリンナと同等になっていた。


「2人に来てもらったのは、任務に着いて来てもらうためです。」


「え?任務・・ですか?」


「はい。先日騎士団に『ホロネルに魔族が現れた。』という情報が入ったの。」


「「え??」」


クリミナの話にカリンは驚き、ニコニコ顔で聞いてたリンナは一瞬で青ざめた顔に変わった。


「そ、その情報は確かなんですか?」


嘘であって欲しいと思ったリンナであったが、強く頷くクリミナを見てしまっては彼女の話を信じるしか無かった。


「16年前の大戦依頼の出没よ。神都騎士団で制圧隊を組む事になったのだけど、あまり大掛かりなものにしてしまうと都民に勘付かれる可能性があるでしょ?」


「それはそうだと思いますが、どうして私達にその話を?」


「それは、『水』から私ともう3人が選出されたのだけれど、それぞれ部下を2人まで連れて行く事が許されたの。」


そう言ってクリミナはカリンとリンナの顔を順に見ると、2人に向かって声を上げた。


「ルノアー・・・いえ、リンナ!カリン!あなた達2人に来てもらうわよ!!」


「「はい!(♥)」」


カリンとリンナが同時に力強く返事をすると、クリミナは嬉しそうに、そして控えめに微笑んだ。(初めて名前で呼んでもらえたリンナは、天にも昇るような心地になっていた。)


「ありがとう。では、出発は3日後の午前八時、東門から出発するわよ。各々準備を怠らないように。」


「「分かりました!!」」


そのやり取りの後解散した3人は、それぞれの職場、教室へと戻って行った。


早足で廊下歩いていたリンナは、


「これは私の方が優れているという事を、クリミナ様に認めされるチャンスだわ!」


と目を輝かせながら鼻息を荒げていた。


****


ホロネルは、イヴァリアの北東部に位置し、湧き出る温泉と炭鉱産業を中心に集落が形成された町だった。


石炭の採掘に力を入れていた町であったため、昨年末に訪れたアーカイムによって、炭鉱で働く鉱夫のほとんどがラビナ鉱山に出稼ぎと称して連行されていった。


しかし「横暴だ。」「これは連行だ。」と異を唱える者は少なくかった。それは人口がイヴァリアやアリエナの半数以下だったホロネルの人々の大半が、ホロネルの教会にある『女神の心』に誓いを立て、洗礼の儀式を受けていたからだった。


したがって、『女神イヴァ様の御意思』という言葉を聞いたホロネルの人々は、ラビナ鉱山の鉱夫達のように武器を持って反抗する事は無く、アーカイム達が手を焼く事も無かった。


それどころか、『横暴だ!!』とアーカイムに反抗した少数が、『イヴァ様の御意思に沿わない者は排除する。』と目の色を変えた住民達によって集団暴行を受けてしまうのだった。その時の光景や住民たちの表情は、誓いを立てていない者から見れば、異様であり、とても異常なものだった。


アーカイムが去ってから数か月、炭鉱産業が停滞したホロネルに苦難が続いた。南東にある魔物の森(バスチェナの北部)から、例年では考えられないほど多くの魔物が出現し始めたのだ。(年に魔狼が数匹出ても多いと言われていた。)


当初、ホロネルの騎士団達も必至で魔物の討伐に当たっていたが、3月初旬に40を超える魔物に、ましてや魔狼だけではなくジャイアントボアやホワイトキラーベア達に一気に襲われてしまってはひとたまりもなく、騎士団は数多くの死傷者を出てしまった。


そして、その時生き残ったホロネルの騎士達は、魔物達の後方で目を光らせている魔族の姿を目にしたのだった。


****



―イヴァリア歴16年3月22日―


100名ほどの騎士や魔法士が北東を目指して馬や馬車に乗り移動していた。その中にクリミナやカリンの姿も見える。


イヴァリアを出発して3日目、先頭にいる騎士達が「あの峠を越えればホロネルの町が見えてくるはずだ。」と話していると寒風が吹き、雪がちらついてきた。


ホロネルからの救援要請の内容によると、出現した魔族は1名という事であったが、相手が魔族だという事もあり、イヴァリア騎士団は出来る限り力のある者を集める事にしたその部隊は、50名ほどの騎士、40名ほどの魔法士、10名ほどの補給・補助者で編成されていた。


カリンはフードに毛皮がついた黒のダウンコートに身を包み、クリミナの後ろを付いて移動していた。同じコートを着ているクリミナが、空を見て白い息を吐きだしていると、前方から下がって来たスクラーダが彼女の横に並んで揶揄い始めた。


「おや、レディフォーネントさん。ずいぶんと寒そうですねぇ?私の火で温めてあげましょうか?」


「ヴァレンタイン近衛魔法士、ふざけないでください。」


「魔法騎士様は相変わらず真面目ですねぇ。」


「あなたは階級が上がっても相変わらずですね。」


クリミナはスクラーダと目を合わせないように瞼を閉じると、呆れたようにそう言い放った。


「まぁ・・人はそう簡単に変わりませんからねぇ。」


「違いますわよ。あなたは変わる気がないだけです。」


「はははは!!上手い事いいますねぇ?そう思いませんか?リオネル准騎士様。」


表情を変えないクリミナを諦めたのか、ケタケタ笑ったスクラーダは首をグリンと後方に向けてカリンに話を振り出した。


「はぁ・・・あははは。」


そして話を振られた当のカリンは、苦笑し、楽しそうにしているスクラーダに少し引き気味だった。


「まったく・・水の方々は冷たいですねぇ?」


「・・・・・・。」


「さぁ。どうぞ。」


スクラーダは促すように、無言を貫くクリミナに向かって手を差し出した。


「言わないわよ!!!」


「はぁ・・。」


クリミナに『水だけに』と言わせたかったスクラーダはため息を吐いた。そんなスクラーダに苛々していたクリミナだったが、彼が昨年のラビナ鎮圧の功績が認められ階級を上げてしまっていたため、我慢をしてそのまま無言を貫くのだった。


「今、『階級が上じゃなかったら叱っていたのに。』とか思いました??」


「あなた・・面倒くさいわ。」


スクラーダが顔を覗き込むと、クリミナ眉間に皺を寄せて心底嫌そうに本音を口に出した。


「ありがとうございます♪」


ククク♪と三日月形に口を開いて笑い始めたスクラーダにカリンは完全に引いていた。




しかし、ピーーーーー!!!!!と、けたたましく笛の音が周囲に鳴り響くと空気が一変した。


「魔物退治の始まりですねぇ。」


騎士達は剣を抜き、いち早く馬から飛び降りたスクラーダの両手には既に炎が上がっていた。


スクラーダが向かった方向から、ハァッハァッ!!ハッハッ!!と白い息をまき散らしながら十数匹ほどの魔狼がこちらに向かって走ってくる。


馬から降りたカリンは、ゴクッと息を飲み込むと剣を構えて魔狼に向かって駆け出した。

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