第31話 懇望

―イヴァリア歴16年3月29日―


「あーあぁ・・・・。」


大きな欠伸をしたガルシアは、面倒くさそうに湖の対岸を見ていた。


それに対して対岸にいた満面の笑みを浮かべているエストは、両腕をグルグル振り回しながら張り切っている。


「ん??懐かしい気配だな・・。」


ガルシアがそう呟き森の方に目を向けると、森から一つの影がガルシアの下に舞い降りた。


「ドリアスか?久しぶりだな。」


ガルシアがそう声を掛けると、片膝を着いて首を垂れていたドリアスはゆっくり顔を上げて笑顔を見せた。


「ガルシア様、ご無沙汰しております。」


「ああ。どうした?こんな所まで。」


「はい・・・。今日は折り入った話がありまして馳せ参じました。」


「そうか。急いできた所悪いんだが、ちょっと待っててくれ。」


ガルシアは頬を掻きながらそう言うと、エストがいる対岸に目を戻した。


「??」


「アイツ目を離すとすぐ無茶をするんでな。」


「アイツ??・・・ですか?」


ガルシアの目の先にいるエストの存在に気づいたドリアスは、立ち上がってガルシアの横に並んだ。


****


「よし!!遊ぼう!スアニャ!!」


『うん♥』


エストが声を掛けると、エストの中にいる風の精霊スアニャは嬉しそうに返事をした。


エストはスキル『0⇔100ゼロワンハンドレット』を3gravityにすると、トン!と軽く地面を蹴った。


ふわぁっとゆっくり空中に飛び上がったエストは、両腕を広げると手の先から風の魔法を放つ。


風の魔法を放つと同時に0gravityに切り替えていたエストの体は、さらにグン!!と上空へと舞い上がっていった。


その後、エストは風の魔法を自在に操り、急旋回を繰り返しながら上下左右に空を自由に飛び回る。


それを見ていたドリアスは、これ以上開かないのではないか!?と思うほどあんぐりと口を開いていたが、ニヤニヤ笑っているガルシアが視界に入ると堪らずエストを指差し問いかけた。


「な、なんですか??あの化け物は?」


「ん??孫だ。」


「は???」


ドリアスがガルシアの回答に呆けていると、近くまで飛んできたエストが大きく手を振ってきた。


「じいちゃーーん!!見てるーーーー?」


「おおーーーーーー!!」


ニッと笑いながら腕を上げて答えるガルシアに、ドリアスはジトーーーーッとした目を向けた。


「じいちゃん??????」


「何だ??文句あるのか??」


「いえ・・・。」


ガルシアから妙な威圧をかけられたドリアスが、ポケットからハンカチを取り出し、頬につたった汗を拭っていると、湖の中央でフワッと止まったエストが、右手を体の斜め前にに、左手を体の斜め後ろに差し出した。


その手は少しひねってある。


そして、また勢いよく風の魔法を放つと、体をスピンさせながら空に舞い上がっていく。


「アイツ・・マジで何でもありだな・・。」


そう呟いたガルシアは、歯を見せながら口の両端を上げて笑うと、額に手を当てて天を仰いだ。


「スアニャ!楽しい?」

「エスト!楽しい?」


舞い上がった空の中で、同時に声を掛け合ったエストとスアニャは楽しそうに笑い合うのだった。



****



「エスト。こいつはドリアス・ラーナシュルトっていう俺の部下だった男だ。」


空中遊泳を終えてガルシアのもとに帰ってきたエストは、さっそくガルシアから隣に立っているドリアスを紹介されていた。


「初めまして、リュナ・オルネーゼの息子のエスト・オルネーゼといいます。よろしくお願いします。」


そう言ってお辞儀をするエストを見るなりガルシアは目を丸くしていた。


「お前、意外と礼儀はわきまえているんだな。」


「ええ!?俺の事何だと思ってたの?」


「可愛い孫。」


「え??・・ええ!?・・えへへ。」


急に祖父から可愛いと言われたエストは、後頭部に手を当てながらニヘラと笑って照れた。


「な、何ですか?この可愛いお孫さんは?」


「は!?お前、さっき化け物って言ってたじゃねぇか。」


「いや!そりゃ、目の前で空を自由に飛び回られたら、誰だってそう思いますよ。それにしても、素直で可愛いお孫さんですね。お嬢様とは大違いだ。」


ドリアスは感心した様子でまじまじとエストを見ていた。


「お嬢様??」


「ああ!!!そうです!!ガルシア様。」


「ガルシア・・様??」


「何だ??文句あるのか??」


「いえ・・・。」


エストが『様』の敬称で呼ばれた祖父に驚きの表情を向けると、ガルシアから妙な威圧をかけられた。


「あの・・よろしいでしょうか?」


「ああ。すまんな。」


「いえ、今日参りましたのは、そのブレナお嬢様を説得していただきたくて・・・。」


「あ??何の説得だ?」


「実はお嬢様が魔物を使って、先日からイヴァリアの北東にあるホロネルを攻め始めたんです。」


「何だと!?」


腕を組んで冷静にドリアスの話を聞く姿勢を取っていたガルシアだったが、話の内容を聞くと明らかに動揺している様子を見せた。


「何の目的で・・まさか・・バレたのか?」


「恐らく。」


「あのー・・・。話に付いて行けないんですけど。」


苦悶の表情を浮かべている2人の間に入ったエストが、苦笑いを浮かべながらそーっと手を上げた。


「ん?ああ。そうだな。お前にも関わる事だ。ドリアス、取りあえず家に来い。」


「しかし・・。」


「焦っているのは分かるが、説得にはこいつも連れて行くつもりだ。情報はちゃんと伝えておいた方がいい。」


「分かりました。お願い致します。」


「よし、エスト水汲んで来い。」


「うん。」


二つ返事ですぐ川へ向かっいくエストを、ドリアスは目を細めて眺めていた。


「ホントに出来た良い子ですなぁ。」


「今は猫を被っているだけだ。」


「被れるだけマシです。」


「ふっ。お前も苦労してるんだな。」


ガルシアはドリアスを労うように背中を優しくポンポンと叩いた。


「聞いてください!!ガルシア様ぁああああ!!!!」


労われた途端、ドリアスはぶわっと泣き出してしまった。


ガルシアは苦笑いを浮かべながら「分かった。分かった。」とドリアスを宥めながら家に招いた。


****


ガルシアがドリアスを椅子に座らせ落ち着かせていると、水を汲んできたエストが家に帰って来た。


「じいちゃん、汲んできたよ。」


「あー。悪いが茶でも淹れてくれねーか?」


「分かった。」


エストが汲んできた水をやかんに入れ、お湯を沸かし始めると、ドリアスが


「ああ!!私がやります。」


と立ち上がって言って来たので「いえ。座っていてください。」とそのまま座るよう促した。


「何と・・・出来た子だ。それに比べてブレナお嬢様は・・・ああ。」


ブツブツ言って項垂れたドリアスを見ていたエストは、腕を組んで「うーーーーん。」と唸りながら眉間に皺を寄せていた。


その後お茶を淹れたエストは、話し込んでいるガルシアとドリアスの前にお茶を出すと席に着座した。


「ありがとうございます。」


「悪ぃな。さて、じゃあ話すぞ?」


「うん。」


ドリアスが礼を言ってお茶に口をつけると、エストは椅子を前に引いて話を聞く姿勢を取った。


「さっきコイツが言ったブレナというのは、お前の親戚にあたる・・・俺の姪っ子になるのか?」


「そうですね。」


「で、お前にとっては・・・年齢的に言って従姉妹のようなものだ。」


「俺の親戚??」


「そうだ。俺の一番下の妹とバスチェナとの子供だ。」


「ん??」


「そうですね。」


「えええ!?!?魔族の王??バスチェナって子供がいたの!?!?!?」


「ああ。人族にはあまり知られていないがな。」


落ち着いて話すガルシアに対して、エストは両手を上げて目一杯驚きを表現していた。


「それでそのブレナが、ホロネルってとこを落とそうとしているらしい。」


「落とす??占領しようとしているんですか??」


「そうなんです。それをどんなに止めるよう説得しても、お嬢様が聞く耳を持ってくださらなくて。」


そう言ってオイオイと泣き始めたドリアスの肩を、ガルシアはポンポンと叩いた。無論、苦笑いで。


「それで、俺に説得してくれと頼みに来たんだ。」


「じいちゃんの言う事は聞いてくれるの?」


「たぶんな・・・コイツよりは。」


苦笑いを浮かべたままのガルシアが、親指でテーブルに伏しているドリアスを指した。


「まぁ、外に出るいい機会だ。一緒に行くぞ。」


「分かった!」


ガルシアの言葉にまたしても二つ返事でエストが了承すると、ガバッと顔を上げたドリアスは涙ながらに歓喜した。


「あああ!ありがとうございます。ホントにエスト様は素直で優しい子ですね。ブレナ様にも、もうちょっと「あの・・。」


エストはちょんと手を上げドリアスの言葉を遮った。


「え?あ、どうしました?」


「そういうの、本人にも言ったりするんですか?」


「そういうのとは・・・。」


「誰々と比べて・・とか。」


「あ・・・。つい口にしてしまった事が何度か・・。」


眉間に皺を寄せて面白くなさそうな顔をしていたエストは、諭すように語り始めた。


「そうですか。あの・・生意気な口を利いて申し訳ないのですが、人と人を比べる話はあまり気持ちの良い話では無いように俺は感じます。あと、比べる側はよくても、比べられた側は辛くて悲しい気持ちになると思うんです。」


ドリアスはエストの言葉に何度も頷き、ガルシアは丁寧過ぎるエストの言葉遣いに驚いていた。


「どうした!?何か悪いものでも食ったか?」


「もう・・じいちゃん。」


エストはガルシアのツッコミに肩を落とした。


「で、誰の教えだ?」


「ん・・・メリル先生。」


「ほんと良い先生だな。」


「うん。」


エストとガルシアが話を続けていると、ドリアスが『ガタッ』と椅子から立ち上がってエストに向かって頭を下げた。


「エスト様!!ありがとうございます。私は二度と、お嬢様にそのような事を言ったりはしません!」


「ああ!!頭上げてください。あとその『様』はやめてください。」


「ありがとうございます。」


「いえ、生意気言っちゃってごめんなさい。」


エストはドリアスが礼の言葉と共に差し出したその両手を握り返した。

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