第21話 その昔、雷帝と呼ばれた男 ~ドゥーエ~

-王国歴283年9月某日-


親指を使って、人差し指、中指と順に他の指を折り曲げながら、パキッパキッと関節を鳴らしている20代半ばくらいに見える男が、グラティアの街で暴れまわっている蛮族達に1人で近づいていく。


その男はダークブラウンの髪を片側に流し、少し眠たげな目をしていた。


軽装の鎧を身に着け堂々と近寄ってくるその男に、1人の蛮族が気づくと声を荒げた。


「なんだ?おめぇは??殺されてぇのか!?」


「た、助けて!!!」


胸倉を掴まれていたグラティア住民と思われる男性が、その男に手を伸ばして助けを求める。


男は住民に向かってニコッと微笑むと、瞬時に間を詰めた。


「あ・・・?」


蛮族が男の間合いに気づいた時には、目の前に拳が迫っていた。


「ぐふぁああああ!!!」


殴られ勢いそのままに倒れた仲間に気づいた他の蛮族達が、軽装備の男に集まって来る。


「てめぇえええ!!!」


斧を振りかざして襲い掛かって来た蛮族の男の攻撃をひょいっと躱すと、まるで街中にいた友人の肩を叩くような強さで、ポンッと蛮族の男の背中を叩いた。


「あががが!!!」


背中を叩かれた蛮族の男が、声を上げると白目を剥いて倒れる。


「あ??」


「何しやがった!!!!!」


「死ねぇええええ!!」


「ん!」


ひょい、ポンッ!


「ぎゃああああ!!」


バタッ。


「てめぇ!!」


「ほっ!」


ひょい、ポンッ!


「あばばばばばばば!!」


バタッ。


次々と蛮族達が襲い掛かってくるが、男は躱して叩くを繰り返しながら歩みを進めて行った。



「・・・・。」




建物に身を隠していた先ほどの住人が、街路から蛮族達の叫び声が聞こえなくなると、そーっと怯えながら街路を覗き見た。すると、男が歩いて行った街路には、市場に無造作に並べられた魚のように蛮族達が倒れていた。


顔を覗かせた住民の男の脇を、大柄で重厚な鎧を身に着けた男が通り過ぎると、街路の奥に立っている男に声を掛けた。


「おい!!バゼル。こっちにも少しは残しておいてくれよ。」


「ああ・・フューゴ。でも、まだあっちにいっぱいいるよ。」


「お!!そうだな!にしても凄まじいな・・・お前の魔法は。」


「雷の精霊のお陰だよ。さぁ、次行くよ?」


「あ!!待て待て!!」


2人は、さらに街路の奥で暴れている蛮族達に向かっていった。


街路の入り口には多くの騎士達が呆然と立ち尽くしていた。彼らの目には、バゼルの歩みを邪魔する者達が次々と彼に平伏していくように映っていた。


そして、戦場を王のように練り歩く姿を見ていた王国騎士達は彼を『雷帝』と呼ぶようになった。



****



-イヴァリア歴15年6月26日-


前日、ロックがここに残留する事を即決した後、残りの3人はすぐ答えを出せず、再び目隠しをされ元の穴に連れ戻されていた。


「ゆっくり考えて欲しい。」と言われたドゥーエは、なぜあの場ですぐに「アリエナに戻る。」と言えなかったのか考えていた。いや、考えているフリをしていた。


木剣を握るドゥーエの手に、ポツッと水の雫が当たった。


ドゥーエは空を見上げると今度は頬に雫が当たり、周囲の地面にポツポツと灰色の水玉が広がっていく。


ザアアアアアアという雨音と共に地面が同じ色に染まり、穴底の一部下がっている場所にある水抜き穴から雨水が流れ、木剣の先端から雫が落ち始めた。


ドゥーエがその落ちる雫を見続けていると、ドゥーエの心に悔しさやもどかしさが込み上がってきた。


ギュウウと木剣を握る手に力が入り、剣先が小刻みに震えだす。


「くそぉおおおおおおおおおおおお!!!!」


ドゥーエは叫ぶと、降りしきる雨の中、木剣を振り始めた。



****



小一時間程、剣を振っていると雨が上がり、雲の隙間から漏れた日の光がドゥーエを照らした。


「俺は・・・俺はあいつ等に負けたままなのが悔しいんだ・・・。」


自分の想いを口にしたドゥーエは、陽が指した地面に人の形の影が伸びている事に気づいき、バッと顔を上げると、そこにミューレルが立っていた。


「おらよ!」


ミューレルの隣から顔を出したバガンが、穴に向かってハシゴを投げ降ろす。


「上がって来いという事か?」


ドゥーエは落ちて来たハシゴを見てそう呟くと、ハシゴを登って地上に出た。その様子を確認したミューレルが無言で歩き始めた。ドゥーエはバガンに顔を向けると、顎で付いて行けと促されたので、とりあえずミューレルの後ろを付いていく事にした。


少しゴツゴツした岩場をひょいっ!ひょいっ!と軽々進んでいくミューレルを見て「この人、ホントにもうすぐ70かよ!?」と思いながら付いていくと、周囲が開けた場所に出た。


「おー。」


見渡すと、雨上がりの雲のコントラストの美しさとは対象に、荒々しい岩山が続く景色が広がっていた。良く見ると岩山のあちらこちらに中小の森がポツポツある事が分かった。


景色に目を奪われているドゥーエを見て、ミューレルは微笑みを浮かべた。


「ここを他所の人は死の山脈と呼んでいるようだが、そうでも無いでしょう?」


「え?」


「至る所に中小の森があり、そこには生命を育む生き物がたくさんいます。あとここからは見えないけれど、あの大きな山の裏側には湖があって、その先には結構大きな森林が広がっているんですよ。」


「はあ・・。学園長はそこまで行ったことがあるんですか?」


「はい。ありますよ。」


ミューレルはニコッと笑いそう答えると、ドゥーエの方に体を向けて話始めた。


「さて・・ドゥーエ君。他の2人はどうするかを決めました。」


「え?」


「まず、ミーナさんはアリエナに帰る事になりました。」


「条件は?ただで返す訳ではないですよね。」


ドゥーエがミューレルの目を見て問う。


「そうですね。『ずっと洞穴に閉じ込められていて、気づいたら開放された。』と話して欲しいとお願いしました。あと、戻らないと決めた者の事は『殺された。』と伝えて欲しいと・・・まぁ、ミーナさんはそれを了承して下さいましたよ。」


「え??それだけ??でも、ミーナさんがそれを・・。」


「ええ、守らないかもしれませんね。ですが、また気絶していただいてから森の袂まで送り届ますし、ここの場所はそんなに簡単には見つけられる所ではありませんよ。それに、私は騎士団に攻めて来て欲しいので、約束を守っていただいても、破っていただいても構いません。」


「そ、そうですか・・・。」


ドゥーエはミューレルの返答に何とも言えないという顔をしていた。


「それとアルカス君は、ここに残る事にしたそうです。」


「えええ!?」


アルカスの決断はドゥーエにとって衝撃だった。アリエナの近衛騎士であるアルカスは、てっきりアリエナに戻るものだと思っていたからだった。


「お、教えてください。どうして俺たちだけを拉致したんですか?しかも、なぜ鍛えようと?」


「君たちだけ拉致したのは後で話します。まず、鍛えていたのは君たちにはいずれ私達の仲間になって貰いたかったからですよ。その点で言えば、私の希望の中で一番良い形になったのはアルカス君ですね。」


「な!?」


「彼は、アリエナ上層部に君たちより近い立場だったためか、上層部に不満を持っていたみたいです。それに、彼は今の騎士団よりここで剣を交えた方が強くなれると思ったようですね。彼の一番の興味は強さのようですからね。」


「・・・・。」


「本当は・・・ミーナさんにも、もう少し時間をかけて私達や今の世界の事を知ってもらいたかったのですが、なかなか計画通りにはいかないものですね。それでも彼が残ってくれる決断をしてもらえたのは喜ばしい事です。」


「時間をかければ何か変わるんですか?」


「まぁ、いくらか負荷は。」


「負荷??」


「まぁ、今から実感していただきますよ。」


「ど、どういう事ですか?」


ドゥーエは初めてバガンと会話をした時のように困惑し始めていた。


「話は変わりますが、ドゥーエ君は『カリン・リオネルさん』が望まずにイヴァリアへ行ったことをどう思っていますか??」


「は???突然なんですか???」


またしても困惑の上に、先程までとは全く関係ない質問をされドゥーエは訳が分からなくなっていた。


「答えてください。」


「く・・・正直・・・・・悔しかったです・・・憤りました。ですが・・俺たちは従うしかなかった。」


ドゥーエはあの時も気持ちを思い返し、俯いたままミューレルの問いに答えていた。


「そうですか・・・。」


ミューレルは突如振り返ると、来た道を戻り始めた。


「一体・・・何なんだよ・・・。」


ドゥーエは不満を抱えたまま後を付いて行くしかなかった。



****



2人がバガンがいる場所に戻ってくると、バガンは立ち上がりミューレルの脇に立った。そしてミューレルがバガンに向かって頷くと、バガンも頷き返した。


その様子をドゥーエは怪訝に思っていると、眉間に皺を寄せたミューレルが口を開いた。


「ドゥーエ君。私の目的はね。」


「え?はい。」


「『女神の心』の破壊です。」


「え!?!?その理由は、うっ!!!!!!!!」



「は?あ!!ぐああ!!!違う!!俺は・・理由を知りたい・・。」


ドゥーエが両手で頭を抱えて悶え苦しみ始めた。



「ううううう!!!俺はぁぁあ!!」


ミューレルとバガンはその様子を静観している。


「あああああああ!!!あ・・・み・・ここ・・ろに・・・ものは・・なければ・ならない。」


たどたどしく言葉を発したドゥーエが虚ろな目をしながら、フラフラとミューレルの顔に向かって拳を出すが軽くバガンに受け止められた。


ミューレルがそっとドゥーエの胸に手を当てると、バチチ!!という音が鳴り手に電光が走った。


「がああ!!!」


ドゥーエは少し反り返ると、意識を失ない崩れ落ちた。



****


ピチョ・・・ピチョ・・・と岩場の水たまりに落ちる水滴の音が辺りに響いていた。


「う・・・。」


「目が覚めましたか?」


「あ・・・。」


ドゥーエは視界にミューレルを捉えると、ゆっくりと体を起こし頭を振るった。


「大丈夫ですか?」


「あ・・・はい。俺は・・どれくらい気絶していたんですか?」


「30分ほどですよ。」


「そんなに・・・あ!さっきのは・・・いったい・・・。」


「はい。どういう感覚でしたか?教えて貰えますか?」


ミューレルが興味深そうに聞いてきた。


「え・・と、無理やり『自分の意思を強引に捻じ曲げられる』ような・・そんな感覚でした。」


まだ少しボーっとしているドゥーエは感じたままそう答えた。


「なるほど・・『意思の捻じ曲げ』ですか・・・良い表現ですね。」


ドゥーエがフムフムと頷いているミューレルを、引き続きボーっと見ていると徐々に意識がはっきりしてきたようで、目を見開いてミューレルに食って掛かる。


「学園長!!!さっきのは一体何なんですか!?俺は一体!?!?!」


ドゥーエの問いかけに俯いていたミューレルは覚悟を決めたように頷くと話し始めた。


「私がその昔、雷帝と呼ばれていた頃・・・背中を預けられるほど信頼していたフューゴと言う男がいました。」


「・・・。」


ドゥーエはミューレルの話し方に少し慣れ始めたのか、話の続きを黙って待っていた。


「そのフューゴは、心に一本芯が通っている自分の気持ちに正直で、とても気持ちの良い男でした・・・・しかし、王国歴まではその性格が変わる事は無かったのですが、イヴァリア歴に変わってからしばらく振りに再会すると・・・・・・・。」


「再会したらどうだったんですか??」


言葉を詰まらせたミューレルに、ドゥーエは続きを促す。


「はい・・・豹変してました。」


「え?」


「よりイヴァにいる位置が近いせいなのかは分かりませんが、あれほど自分の気持ちに正直だった男が・・・ほとんど『イヴァの言い成り』に成り下がってました。」


「え・・・???まさか・・・さっき頭に響いた言葉の影響ですか・・・?」


「私はそうだと思っています。あなたの表現を用いると、彼は意思を捻じ曲げられ続けたのだと思います。」


ドゥーエはミューレルの話の内容に唖然としていた。

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