第20話 想定外の出来事 ~ドゥーエ~

-イヴァリア歴15年6月25日-


「農村集落の防衛のみ??」


先程手元に届いたムントからの伝書を読み、ミューレルは目を疑った。


「な、なぜだ・・・。」


読み進めると、ミューレルの目が血走り始めた。


「アリエナの西門を出た騎士団の半分以上は鉱山に向かった??」


さらに読み進めたミューレルは、グシャッとその伝書を握り潰した。


「このタイミングで・・・・イヴァめ!!!!!」


ミューレルは憤怒してそう怒鳴ると、クシャクシャと伝書を握りつぶす手に力が入った。


ミューレルは、あの森から報告係と思われる騎士が逃げていったのを確認していた。そのため報告を受けたプライドばかり高いアリエナ軍上層部は、下に見ている蛮族などにやられっぱなしのまま終わらせる事は無いだろうと予測していた。そして捕まった者がいるのを知りつつも『捕虜は蛮族に殺されていたと言えば良い。』と偽ってこちらを殲滅しに来るだろうと思っていた。


学園長を辞任してからの3年間、着々と計画を進めていたミューレルは、攻め込んできたアリエナ騎士団に備えるため、落石や巨大な落とし穴、水攻め(人工的に作った池を決壊させる)などの罠を山岳地帯から森の中まで至る所に仕掛けていた。


そして、ミューレルの予想はあながち間違えていなかった。事実、アリエナ軍上層部は蛮族討伐に総力を上げようとしていた・・・イヴァが介入してくるまでは。



「これまでの準備が無駄になってしまう・・・攻めてきてもらわなければ。」


イヴァの降臨が想定外だったミューレルは、計画の変更をせざるを得なくなった。


****


―イヴァリア歴15年6月26日―


バガンの木剣を紙一重で躱したドゥーエは、体を翻しながらバガンの顔を目掛けて木剣を振るった。


しかし、バガンも体を反らせてそれを紙一重で躱す。


「うおー!!!あぶねーーーー!!」


そう声を上げバガンがニッと笑うと、ドゥーエは舌打ちをした。


互いに体制を立て直し、構えなおすとセスが間に入った。


「あ?何だ?」


「悪いが、少し話があるらしい。」


「ん?」


セスが穴の上を親指で差すと、ミューレルがそこに立っていた。


「くそっ・・あと少しだったのに・・・。」


ドゥーエが悔しそうに言葉を漏らすと、バガンが肩に木剣を担ぎながらドゥーエに突っかかってきた。


「あ!!お前今『俺に勝てたのに』とでも思ってたのか??」


「そうだよ。」


「はあ?なめんなクソガキが!!」


ドゥーエはムキになっているバガンを見てニッと笑った。



****


ドゥーエは穴を出ると目隠しをされ、暫く歩かされた。


途中から温度が下がり、足音が反響する場所に入った事に気づいたドゥーエは(洞窟か???)と、今いる場所を予想していると椅子に座らせられ、両腕を後ろで縛られた後に目隠しを外された。


「う・・・・・・あ・・・アルカスさん!!!」


「おおお!!!ドゥーエ!!無事だったか!!」


ドゥーエが連れて来られたのは予想通り大きな洞穴の中だった。目隠しを外され、目が慣れるのに少し時間が掛かったが、テーブルの向かいに座っているアルカスに気づき喜びで顔が綻んだ。


「あたしもいるわよ。」


ジトッとした目で赤い髪を三つ編みにしているミーナが自己主張してきた。


「ああ!ミーナさん!?無事で良かった・・・・あれ??ロックさんは?」


この場にいないロックが気にかかたドゥーエはミーナにそう問うと、ミーナは死んだような目をして「あいつはもう終わったわ。」と答えた。


「え!!!!ロックさんに何かあった「ミュンちゃぁぁああああああん♥♥♥」


ドゥーエがミーエにかける言葉を終える前に、ロックの猫なで声が洞穴に響いた。


「は?」


ドゥーエが声の方向に顔を向けると、両腕を縛られたロックがあの猫目の魔法士の後を追いかけていた。


「ミュンちゃん、俺と結婚してくれてよぉお!!」


「ふざけんなし!早くあっち行けし!!!」


「がはっ!!」


面倒くさそうにロックを足蹴にするのは、猫目のあの水の魔法を使う魔法士だった。その後猫目の女性に首根っこを掴まれ椅子に座らされたロックを、苦笑いしながら見ていたドゥーエは


「ロックさん・・・元気そうですね・・・どうしたんですか?」


そう問いかけると、細目で黒髪マッシュルームヘアのロックは


「あ!!!ドゥーエ君じゃないか。どうしたもこうしたも、あの娘、美しいと思わない??」


「は・・はぁ・・。」


ドゥーエはやけにテンションの高いロックに「この人こんなキャラだったっけ??」と首を傾げた。


「思わないのか!?!?・・・なら良い!!ライバルが1人減った。僕はね、あの娘を目にした瞬間に雷に打たれたような感覚になったんだよ。あの、可愛らしい目、はぁっとため息をついたときの顔・・・そして少し冷たいところ・・・その全てが僕は愛おしくてねぇ・・・●※〇■▽◇▲□◎。」


首を傾げた事で、ドゥーエがミュンの可愛さに気づいてないと判断したロックは、夢中でその魅力を話し続けるのだが、ドゥーエはそれを無視してミーナに顔を向けた。


「終わってますね。想定外です。」


「でしょ。」


ほら見た事か、と呆れた表情をミーナが見せる。


「アルカスさんは終わってないですよね?」


「はっはっはっはっは!!終わってないが、俺より強いやつがたくさんいることを改めて知ったよ。」


「え?バガンとセスですか?」


「誰だそれ??ああ!お前が相手していたやつらか?そいつらも強いのか?」


「はい。」


「そうか。俺は俺と名前が似ているアルガスっていう奴とタンザという奴だったよ。」


「そうなんですか!?」


「ああ・・・それとよく分からないが、奴らと剣を交えている内に気を許し始めてしまっている自分が不思議でならない。」


「・・・・。」


「どうした?」


「いえ、それは何か分かる気がします。わっ!!」


「あ!!!おい!!!ドゥーエ君僕の話を聞いてないだろ!?それでね。僕はそれから彼女にアプローチを・・●※■▽◇▲□◎。」


ドゥーエがアルカスと話をしていると、隣に座っていたロックが体を傾けてドゥーエに顔を突き出すと捲し立てるように再び話し始めた。


その様子を見ていたミューレルがため息を吐く。


「はぁ・・・。ロック君。そろそろ話をしようと思うのだが?」


「でね!それではダメだと思った僕は彼女にプロポーズをして・・・ひっ!?」


「話を・・聞いてくれないかな??」


それでも話を聞かなにロックに向かって笑顔でミューレルが手をかざすと「ゴク」っと息を飲んだロックは、大人しく椅子に座ってミューレルの話を聞く姿勢を取った。


そうこうしていると、テーブルに付いていた老人が話出した。


「バゼル。茶番は終わりにして話を始めてくれ。」


白いひげを生やした老人は、不機嫌そうに皺を寄せてドゥーエ達を睨んでいた。


「バゼル??ミューレルじゃなくてですか?」


「は?ミューレルって誰のことだ?」


「え??」


「おい!雷帝!こいつらに正体をまだ話してないのか?」


「え?正体??雷帝???」


「学園長・・雷帝だったんですか?」


「そう呼ばれていた事もありましたね。」


肯定したミューレルをドゥーエは唖然として見ていた。


ふん!老人は鼻息を荒くしてふんぞり返った。


「じゃあ、あたなたはセレニー・バゼルなのですか?」


「そうですよ。」


頷くミューレルに今度はアルカスが息を飲んだ。


40年ほど前、グラティアで蛮族達が暴れまわっていた際に、彼らを一掃したのが雷の精霊の加護を受け『雷帝』と呼ばれたセレニー・バゼルという名の男だった。アルカスは『蛮族一掃後、アルスト王国騎士団を突然辞めて姿を消した。』と言われていたその男が、目の前にいる事が信じられなかった。


「なぜ、名前を変えていたのですか?」


ドゥーエがその理由を真剣な表情で伺うが


「いえね・・・王国騎士団を辞めた後、アリエナで出会った嫁に絆されてセレニー家に入る事になったのですが、そうなると私の名前は、セレニー・セレニーになってしまうではないですか・・・・。語呂が悪いのでね。そこで学園の創設者である、嫁の曽祖父の名を貰ったんですよ。結果学園長の座も引き継ぐ羽目になったんですけどね。」


「「「「はい??????」」」」


どうでもいい理由だった。


「・・・。」


老人が目を丸くしてミューレルを見ていた。


「ゴホッ。まぁ・・・真面目な話に戻りましょうかね。」


ミューレルは咳ばらいをすると、表情を整えて語り始めた。


「本当はですね。君たちにはもう少し穴の中で彼らと訓練を積んでもらう予定でした。ですが事情が変わりましてね。」


「事情・・ですか?」


「そうです。アリエナ軍部はこちらに攻め込まず、集落の防衛のみに力を入れる事にしたみたいでして。」


「え??」


アルカスが驚いた顔をする。


「どうしましたか?」


「あ・・いえ、上層部がそんな判断をするとはとても信じられなくて。」


ミューレルがその返答を聞いて2、3度頷いた。


「私もそうでした。しかし、先日『イヴァ』が降臨したらしくですね。何やらそのせいで、アリエナを出た騎士団の半数が鉱山に向かったようです。」


「え?イヴァ様がですか!?」


「はい。なのでやむを得なく計画変更する事にしました。」


「計画??どういった計画だったのですか?」


ドゥーエが率直にそう聞くが、ミューレルは顔を横に振る。


「ドゥーエ君、それを話すと思っているんですか?」


「あ・・。」


口を開いたままのドゥーエをアルカスが苦笑いをして見ていた。


「しかし、疑問を持つ事は良い事です。それでは、あなた達に質問ですが。」


「「「「「・・・・・。」」」」


4人はミューレルに視線を向けた。


「ここに残りたい方はいらっしゃいますか?」


「はい!!残ります!!!」


「「「は?」」」


悩む事なく元気よく「残る」宣言をしたロックに、3人は冷めた目を向けていた。

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