第22話 意思の捻じ曲げ ~ドゥーエ~
「な・・・。」
ミューレルの話の内容に唖然としていたドゥーエであったが、実際にそれを体感した今となっては否定出来ない事柄だった。
「私は、先ほどドゥーエ君が体感した強い『意思の捻じ曲げ』が起こるのはあれへの反抗、反発、不信、疑惑、そういう類の行為や意思を持ったとき、または持つ者を目にした際に起こるのだと・・・今のところはそう思っています。」
腕を組んで考え込んでいるドゥーエに、ミューレルは話を続けた。
「ドゥーエ君、ここ数年、アリエナ内で不審な事故や事件は増えていませんか?例えば、去年起きた商業区での大きな火災も、私はその影響だと思っています。」
昨年、火の精霊の加護を授かった火災に関する出来事を思い返してドゥーエはハッとした。
「あ!!確か・・・放火・・でしたね。」
****
-イヴァリア歴14年4月16日-
火災鎮火後、現場周辺で放心状態になっていた男が放火容疑で捕まった。彼を知る人物たちは、口々に『イヴァへの信仰心が厚く、真面目で働き者の彼がこんな事をするとは思えない。』と話していたそうだ。
しかし、その男は放火の犯行を認めたものの『なぜ自分が放火なんかしたのか。』と自分で自分の行動が理解出来ていなかったようだった。さらに放火前、火元となった建物の主である歴史研究家の友人男性が『どの資料を見てもイヴァの素性が不明なんだ。これから徹底的に調べ上げたい。』と口にしたのを聞いたのが男の最後の記憶だった。
男は『そこから意識が朦朧となり、気づいたら火を放っていた。』と供述していたらしい。
****
「はい。それを考えればドゥーエ君はその『意思の捻じ曲げ』にかなり抵抗出来た方だと思いますよ。」
「え?」
「放火事件はたぶんあれへの『疑念』が引き金だった思うのですが、それだけでも放火という行為を起こしてしまった。それを考えれば、私は君の前であれの破壊を口にしたのですよ?」
「・・・・。」
ドゥーエはそう言われたが、『女神の心の破壊』と聞いた瞬間溢れ出したミューレルへの殺意を思い出して身震いした。
「それとね。私は、心に付け入るように、意識に刷り込むように常に微弱な『意思の捻じ曲げ』・・・やはりそれに対しては『洗脳』という言葉の方がしっくりきますね。常にあれに人々が『洗脳』されているように感じています。」
「え・・?そ、それは何故ですか?」
「ドゥーエ君は先程、強い『意思の捻じ曲げ』には抵抗が出来ました。ハッキリとした反応がありましたからね。ですが、先ほどカリンさんの事をお聞きしたときドゥーエ君は「従うしかなかった。」と自然と口にしていました。」
「あ・・・。」
確かにそう口にした事を思い出したドゥーエは若干狼狽えた。そして、女神の助言には従わなきゃいけない・・・法律で決まっているから・・・そう思い込んでいた自分に気が付いた。
「そういった『洗脳』が蔓延しているこの世の中で、さらに自分は優れていると慢心している人や自分の行為に疑念を持たない人、自分の失敗を他人のせいにする人、信じるものを疑わない人達などでは、強い『捻じ曲げ』にも抵抗は出来ないでしょう。まぁ・・その中でも特に厄介なのは信じるものを疑わない・・・放火した男のようにあれへの信仰心が厚い者ですね。」
「俺たちは信仰心が薄かったというのですか??」
「まぁ・・有り体に言えば。」
「はは。でも、確かにそうかもしれないです。熱心な人達みたいに教会に行くことは少ないですし、あまり祈りも奉げてないかもしれませんから。」
ドゥーエは、日頃の自分を振り返ってそれが良かったのか悪かったのかの判断がつかず「ははは。」と苦笑いを浮かべた。
「ふふふ。まぁ、信仰心については深く考えないでいただいて、私は『意思の捻じ曲げ』に対抗できる可能性がある者は、物事を客観視して疑問を持つ事が出来かつ強い意思のある人物だと思っているんです。」
「それが・・他の騎士は殺して俺やアルカスさん達だけを拉致した理由ですか?」
「はい。君も含めて彼らは情報や村人の話を鵜呑みにはしなかったようですし、村人や仲間から酷い扱いを受けても意思を変えなかったようですからね。ですが、他の騎士達は考えもしなかったようですね。」
「な!!だからと言って、そんな理由で殺す必要が「ドゥーエ君!!」
ドゥーエは、騎士達を殺した事を非難しようとしたがミューレルに一喝され言葉を遮られてしまった。そして、冷えた目で睨みつけてくるミューレルの視線に気づくと息を飲んだ。
「私はね、あれの破壊を目的にしているんですよ?非道だ、残虐だと言われて狼狽えるとお思いですか??それに先程『意思の捻じ曲げ』を体感していて何の犠牲も無くそれを行えると思っているんですか??
それと・・・我々を殺す気はあっても、殺されるつもりは無かったとは言わせませんよ??」
「く・・・。」
ドゥーエは、バガンにも同じ事を言われ、さらに「甘ちゃん」だと言われた事を思い出して下唇を噛んだ。
「ですが、本当は・・・本当はもう少し疑ってくれる者がいると思っていたんですがね。そこに『意思の捻じ曲げ』は関係ないのですが・・・なかなか思うようにはいかないものですね。」
ふっと目を元に戻したミューレルは、俯き悔しそうに拳を握り締めていた。その様子をしばらく黙って見ていたドゥーエだったが、ふと沸いて浮かんだ疑問を口に出してしまった。
「あれ?そう言えば学園長は『意識の捻じ曲げ』や『洗脳』に抵抗??・・・打破??・・・とか出来た人なんですか?」
「いえ。そもそも私に『意識の捻じ曲げ』は起こりません。」
「え!?!?起こらない?なぜですか??」
「答えは簡単です。私は儀式を受けず、誓いも立てていませんから。」
「え?あ・・・え??嘘だ・・それじゃあ・・く!?!?また!?くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
ミューレルの発言にドゥーエは驚愕し「それが事実なら。」と考えを巡らせたが、再び『意思の捻じ曲げ』が発動してしまった。
そして、再び発動したその『意思の捻じ曲げ』に悔しさが込み上がったドゥーエは、振り払うように大声を上げるのだった。
「はぁ・・はぁ・・・。」
両手と両膝を地面に着け、激しく呼吸をしているドゥーエの背中をしばらくミューレルは擦っていた。
「大丈夫ですか?」
「はい・・・。」
「今、無理に答えを出す必要はないですよ。負荷が掛かり過ぎます。」
「はい・・・確かに・・・そうですね。」
少し呼吸が落ち着いて来たドゥーエは、何とか返事をすると体勢を変え地面に腰を下ろすと、正面になったミューレルは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「話過ぎたかもしれませんね。すいませんでした。話題を変えましょう。」
「い、いえ大丈夫です。ところで、今の話は他の3人にもしたんですか?」
「ああ、アルカス君とロック君にはしました。」
「え?ミーナさんにはしなかったんですか?」
「はい。ミーナさんは皆さんと集まっていた時にイヴァの話をした際『イヴァ様』と発言し、少し目を輝かせていました。ですので危険を感じて、彼女には試すことはしませんでした。言うならば、村に疑念は持つ事は出来ても、信仰心が厚かったという結果ですかね。」
「ああ・・なるほどです。それで、アルカスさんとロックさんはどうだったんですか?」
「アルカス君はだいたいドゥーエ君と同じ反応でしたよ。」
「そ、そうですか。あ・・はは・・は。」
ドゥーエは、アルカスが自分と同じような反応だったという事を聞いて、少しホッとしている自分が少し可笑しかった。
「ロックさんは違かったんですか?」
「あの子は・・・・ある意味凄いです。」
そう話すミューレルの目は遠くを見ているようだった。
「え???は!?」
「ミュンが喜ぶならあれも破壊できるそうです。」
「ぶっ。」
緊張感が続く話が長かったため、ロックの話のギャップにドゥーエは思わず吹き出してしまった。
「ですが、あの子は支援型ですからね。破壊は難しいでしょうね・・。」
「ふっ・・そんな真面目に・・・はははははは!!!」
今度はミューレルの真面目さがツボに入ったドゥーエは、大の字になって寝転がると大声で笑った。
「ははは!人の愛は強し!!ですね。」
ミューレルもつられて顔をほころばせた。
「そう言われると、俺もイリーナのためなら出来そうな気がします・・・ぶっ!!」
「「あははははははははははは!!!」」
ポツッとそう言ったドゥーエは大の字のまま、ミューレルは腰を下ろして大声で笑い合った。
****
-イヴァリア歴15年6月28日-
「う・・・。うう・・はっ!!」
目を覚ましたミーナは、木に寄り掛かり地面に座っている状態だった。そして、ミュンがいつも着ている黒Tシャツに黒パンツという出で立ちで、腰ほどまである長さの自分の杖が隣に置いてる事に気づくと、その杖を手に取った。
「ようやくお目覚めかい・・・お嬢ちゃん。」
声をかけられ、隣の木に寄り掛って腕を組んでいる男にミーナは目を向けた。そこから周囲に見渡すと、少し先に農村集落を結ぶ野道があるのが目に入り、自分が座っている場所は森に少し入った所だという事が分かった。
「さて・・・。早速だが、オレから一つ頼みがある・・・。」
そう言って木から背中を離し、自分の方に体を向けた男にミーナは警戒した。
「一体・・・何?」
「あ?別に取って食いやしねーよ。」
黒髪の長髪で、切れ長のイケメンがそう言うと、両掌を上に向け肩を上げてかぶりを振った。
「な!!馬鹿にして!!」
顔を真っ赤にしたミーナは立ち上がると、そっぽを向いて野道に向かって歩き出した。
「おい待て!悪かったよ。」
「何よ。」
ミーナは足を止めると、肩越しに男を睨んだ。
「ここからずっと南に行くと狩人達の住処がある。アリエナに戻らずそこで暫く暮らしててくんねーか?」
「は!?」
「はぁ・・聞こえなかったのか?」
「聞こえました!!私はアリエナ帰っていいとミューレルさんに言われてるわよ??それに、あなた達の事も話さないって約束もちゃんと交わした!!!」
呆れたようにため息を吐いた男にイラッとしたミーナは目くじらを立てた。
「爺さんとはそうだろうが、これはオレからの頼みだと言っただろう。お前が口を割らないとは限らないからな・・・。それに「私は約束は守るわよ!!!!!」
約束を守らないかもしれないと思われたミーナは、頭に血が上り男の話の途中に怒鳴ってしまった。
ふーっ!ふーっ!と興奮しているミーナに、「はぁ・・。」とまたため息を吐いた男は仕切り直すように話だした。
「たとえお前が約束を守ろうと思っていたとしても、例えば『イヴァに嘘がないと誓えるか?』と問われたら、お前は本当に約束を守り通せるのか??」
「あ!!・・・う・・う、煩い!!私は守るわよ!!!」
男の言葉に少し戸惑ったミーナだったが、両手をグーにし、肘をピンと伸ばしながら、つま先立ちしてそう言い放つと、振り返り再び野道に向かって歩き出した。
「あ!おい!ったくしょうがねーな・・・む!」
男はミーナを追いかけようとしたが、野道の先からアリエナ特有の紺の魔法衣に身を包んだ4~5人ほどの小隊が、馬に乗って移動してくるのを目にすると咄嗟に身を木の後ろに隠した。
ミーナは男が追って来ない事と、タイミング良くアリエナの小隊を見つけた事に嬉しくなり走り出した。
「ああ!!良かった!!」
草むらを走り、もう少しで小隊の下に辿り着きそうなその時、ミーナに手をかざした1人の男が怒鳴り声を上げた。
「何者だ!!!それ以上近づくな!!!」
「え??ドリス・・・少将??」
ミーナは、自分より階級がかなり上のその男がここにいる事に戸惑った。
「お前は・・・・確か討伐隊の!?!?」
ミーナの顔に見覚えがあったドリスは、死んでいると思い込んでいたミーナの姿を見て驚いた。
「はい。ミーナ・ローレル魔法士です。蛮族のアジトから無事脱出する事が出来ました。」
「そうか・・・他の者達はどうした?」
「アルカス近衛騎士、ロック魔法士は殺されたようです。ドゥーエ曹長は未だ安否は不明です。」
ミーナは背筋を伸ばしてドリスに報告するが、ミーナはドリスの表情に喜びは無く、怒りが込み上がっているように感じ、嫌な予感がした。
「そ・・そうか・・それはご苦労だったなぁ!!!!!!」
「え・・・え!?」
そして、ミーナの予感は的中する。その目に、手を掲げ大きな火の玉を作り出すドリスの姿が映った。
「え!?」
ドリスがその火の玉を放つと、ミーナは慌てて水の壁を展開した。しかし、ドリスの放った火の玉の威力に水の壁が吹き飛ばされる。
「きゃあああ!!!」
ボシュウウウウウウウ!!という音と共に辺りに水蒸気が立ち込める。
「ど、、どうして??」
ミーナが驚いた顔をしてドリスを見るが、ドリスの顔はますます険しいものになっていた。
「貴様らが・・貴様らが不甲斐ないせいで、私はこんな所まで左遷されたのだ!!!!!!階級まで落とされて・・・お前には・・・お前には責任を取ってもらう!!」
青筋を立ててミーナを責め立てるドリスを、周囲の者は一切止めようとしなかった。
「ちゃんと仕事して来いよ!!!!」
「あんたらのせいで、こんなむさ苦しいところに来なきゃいけなくなったのよ!!!!」
それどころかミーナに罵声を浴びせながら、一斉に魔法攻撃を仕掛けて来た。
「やめてください!!!うう、、ああ!!!」
ミーナは魔法士の放った火の玉を水球で相殺するも、土の魔法士が作り出した無数の土の鏃には逃げるしかなかった。
草むらに逃げ込むも、腕や足を鏃に削られ倒れ込む。
「ううう・・・どうして・・・どうして・・・。」
上半身を起こして後退りするが、ドリスは両手の先に圧縮された炎の塊を形成していた。
『
ドリスがそう唱えると、圧縮された炎の塊はミーナに襲い掛かってきた。ミーナは杖をかざして水の壁を再度展開するが、炎の塊は難なく突き抜ける。
またしても大きな音と共に水蒸気が立ち上がるが、ミーナの目前に炎の塊が迫って来た。
・・・・
「ったく、しょうがねーな・・・。」
「え?」
・・・・
ドボオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
炎の塊が爆発すると、一気に炎が立ち上がり辺り一面を激しく焼き尽くしていく。
「う!!く!!!」
そのあまりの炎の上がり方に、魔法士達は近づけないでいたが、やがて目的を果たし終えたように炎は弱まっていった。
「おい、水をかけろ。」
「あ!!はっ!!!」
ドリスに命じられた魔法士が水の魔法で残り火を消火すると、別の魔法士がミーナがいた場所を確認する。
「死亡確認しました!」
ドリスに向かい大きな声でそう報告した魔法士の足元には、1体の焼死体が横たわっていた。
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