第2話 消された種族


「こ、こっち・・で、です。」


顔を赤くしながらたどたどしく話すファルナの後ろを付いて行こうとしたエストは、ふと後ろに気配を感じた。


樹木の脇から、怯えた表情で紫の毛色をした子熊がこちらを見ていた。血みどろで横たわっているレッドベアの子供だろうか・・・。


エストは背負った男性の温もりを感じながら『救うために命を奪った。』という事実を受け入れた。


****


学園を卒業してから3か月に1度というスパンで、エストはリュナとアリエナの農産区と演習場の間に広がる森に入り、3日間そこで過ごすという野営訓練を行っていた。そこでエストは水をろ過する方法や火おこし等、野営に必要な様々な事をリュナから教わった。そして、森には様々な動物が生息していたため、リュナはエストに狩りの方法や捕まえた動物の捌き方まで教えた。ちなみにエストが『何でそんな事まで知ってるの?』と問うと『父親がファンキーだったから。』という答えだった。


リュナと共に狩りをしていると、森の動物とは言え殺されまいと向かって来るものもいた。手こずりながらも初めてナイフを手にしてから4回目の狩りで、エストは自らの手で『命を奪う』という事を体験した。


リュナは、エストがグエナからスキルを授かり『ゆびきり』をしたあの夜に、エストをガルシアに預ける事を決めていた。さらにガルシアに会いに行く前に「レッドベアを倒す事」を課題にする事も決めていたリュナは、優しい心根を持つエストに野営で『他の命を奪う』体験をさせておく必要があった。


城壁の外に出た場合、樹海に入る前に盗賊や他の魔物との戦いがあるかもしれない・・また樹海で出くわしたレッドベアが1頭だけだとは限らない・・・その時、初めてだからといって必ず1対1で戦ってくれる程甘いものでは無い。そのため相手の命を奪う事に躊躇したり、奪っていちいち動揺していては、自分を含め、エストに仲間や守るべき者がいた場合、その者たちをも危険に晒す事になる。


この世界には、無慈悲に遊ぶように他の命を奪うものがいる・・・そんな世界の中で甘さは命取りだった。エストは狩りの中でリュナから命の大切さを教わりながら、強い意志を育んでいった。狩りを始めて間もない頃は、命を奪う事に何度も躊躇していたエストだったが、今では「奪う」と覚悟を決めた相手に躊躇する事は無くなっていた。


リュナの野営の最大の目的はそこだったのだが、エストが間違えて毒キノコを食べてしまってからは目的が大きく変わってしまった。


リュナは毒キノコを食べ、嘔吐を繰り返し、全身を痙攣し始めたエストを担いで回復魔法士のいる所へ向かっていた(薬草で解毒剤を作るよりも早そうだったから)のだったのだが、森を抜ける頃にエストはケロッと復活していた。


「エスト、何か念じたりした??」


「ん~・・『こんな毒には負けねーーーぞ!!』って思ってた・・・と思う。」


「あんた・・・もう一回このキノコ食べてみて?」


「え?嫌だよ・・・やめ、やめて!!もごごごご!?」


何かに気づいたリュナが無理やり同じキノコをエストに食べさせると・・・リュナの予想通りエストは毒キノコを食べても何ともなかった。


「へー!『成長無限』って毒耐性にも効果あるんだね!!!!」


「え???何のこと???・・・・・何その顔・・・・・。」


その後、毒性のあるものをエストはちょくちょく食べさせられた・・・・旅や戦闘の上で「毒の耐性」があるという事は大きな強みとなる事をリュナは知っていたからだったのだが、エストは『祖父がファンキーなら、この人はクレイジーだ。』と思っていた。


****


「ど、ど、どうしたんですか??」


ファルナがボーっと上を見て立ち止まっているエストに問いかけると、エストは被りを振って歩き始めた。


「ごめん、何でもないよ。(嫌な事を思い出しちゃった)」


「あ、はい!こっちです。」


トコトコ先導してくれるファルナに続いて行くと、崖の手前にある大木の根本に枝葉で隠された穴があった。


しかし、穴の中に入ってみると、そこは崖の下に続く大きな洞窟になっていた。余裕で立って歩ける位の高さがあり、足場も多少ゴツゴツした石が転がっているものの、そこまで悪くはなかった。300m先程に明かりが見えるため、出口がそう遠くないことを認識出来たエストは「よいしょ!」と男性を背負いなおすと出口に向かい歩み始めた。


洞窟を抜けるとそこは先程と同じく崖に囲まれた場所だったが、広さは学園の敷地くらいに感じた。


「ファルナ!」


「お母さん!」


ファルナがお母さんと呼んだ女性は、ファルナが成長したらそうなるであろうと予想出来るような、綺麗な人だった。ファルナを抱き締めた母親がエストに視線を向けると、エストはゆっくりとファルナの父親を地面に横たわせた。


「フォック!!」


「フォックさん!」


周囲で様子を見ていた、犬の耳と尻尾、タヌキの耳と尻尾を生やした2人の男性がファルナの父親に駆け寄る。すると、その騒ぎを聞きつけた他の獣人達が集まって来た。皆揃って「人族だ・・・。」「何だあいつは!?」とエストに警戒の目を向けた。


「心配しないで下さい。気を失っているだけで、時期に目を覚ますと思います。」


「あなたは、、」


「お主は、人族か??」


「長老!?」


集まった人々の間から長老と呼ばれた老人がエストに問いかけた。その老人は白い太い眉毛と白い顎鬚を生やし、杖を着きながらゆっくりとエストに近づいてきた。そして長老は垂れ耳ウサギだった。


「儂はここでおさを務めているピョン太と言う。」


「ぶふぉっ!!」


「ん?何か?」


「いえ!!何も!!」


安直な名前に吹き出したエストだったが、一瞬で真顔に戻した。後ろでファルナがクスクス笑っている。


「主の目的はなんじゃ!!!」


急に強い語気で長老が話し始めた。


「目的??」


「儂らを攫いに来たのか!?!?」


「攫う??」


「もしくは、遂にこの種族を根絶やしに来たか!?!?どうなんじゃ!?」


「長老さん!やめてください!この人はレッドベアに襲われていたワタシとお父さんを助けてくれたんです。」


ファルナが駆け寄ってきて長老とエストの間に割って入った。両手を広げてフンッ!と鼻息を荒くしている・・・・エストはそんなファルナをギュッとしたい衝動を何とか堪えたw


「何?レッドベアから??」


「はい。」


「仰っている事はよく分かりませんが、俺の『目的は?』って言われると、母さんの課題をクリアする事・・かな。」


「課題じゃと??」


「はい、レッドベアを倒せっていう。」


「主はレッドベアを根絶やしにする気だったのか?」


「いや、母さんからは『1頭だけ倒しなさい。』って言われてました。」


「ほお、、面白い母親じゃな・・・。」


髭を撫でながら片目でチラッとエストを見た長老は、ひとつ気になることがあった。


「お主・・・随分と落ち着いておるが・・・儂らを見ても何とも思わないのか???」


「その耳とか尻尾の事ですか??」


「そ、そうじゃ・・・。」


「思うとすれば・・・。」


ファルナがエストの方を向き、緊張した表情でエストの顔を見ていた。


「可愛い。」


「は?」


ファルナをひょいっと抱きかかえたエストは、アルマと遊ぶときのようにその場でクルクルと回り始めた。


「あははは!お兄ちゃん、やめて♪きゃーーー♪」


「・・・・・・。」


いきなりキャッキャウフフし出した二人を、長老はもちろん、ファルナの母親や集まっていた人々もポカンとその様子を見ていた。


「あああ!!」


「え!?お兄ちゃん、どうしたの?」


「な、なんじゃ!?」


突如大きな声を出して、ピタッと固まったエストに周囲は驚いて身構えた。


「俺もう母さんの課題、クリアしちゃったんじゃね???」


「「「「「は????」」」」」



****


この集落に住む獣人は100を超えるか超えないかくらいの人数に見えた。住処は種によって異なるようで、木の上を寝床にしている者もいれば、小屋に住む者、地面に穴を掘りそこを住居にしている者もいた。


目を覚ましたファルナの父親のフォックと母親のフィンナに感謝されたエストは、横穴を住処にしていたファルナの家族に招かれ、そこで食事をいただく事になった。


「お邪魔するよ?」


エストが腰を下ろし休んでいると長老が姿を現わせた。


「長老!」


「いい、座ってなさい。」


立ち上がろうとしたフォックを手で制すと、トコトコとエストの前に来て腰を下ろした。


「まだ、お主を警戒している者も多くてな。お主に悪意が無い事を皆に説得するのに少し時間がかかってしもうたわ。」


エストは無言で頭を下げた。


「さて、この度はここにいるフォックとファルナを助けてくれた事、心から感謝しておる。」


長老がそう言うと、深々と頭を下げた。


「あ!いえ!!頭を上げてください。」


「ふむ・・・。すまんの。」


エストの言葉に頭をあげて一息つくと、長老が髭を撫でながらエストに問いかけた。


「お主は、この獣人族を見るのは初めてかな?」


「はい。初めてですが・・・俺は獣人族という種族があることも知りませんでした。こう見えても様々な歴史の本を読んだのですが、獣人族が載った文献はありませんでしたので・・・。」


「なるほどのぉ・・・歴史からも消されてしまっておったか。」


「詳しく教えていただいても良いでしょうか?」


「ふむ・・その昔、儂らの住処はこの樹海ではなく地上の上にあった。その頃は人族とも交流していた部族もおったくらいじゃ。」


「え?」


「ところがじゃ、突如豹変した人族は儂らの種族を『汚れた種族』と蔑み、儂らの先祖を殺戮し始めたそうじゃ・・・。儂らの先祖は逃げるしかなかった。殺戮を止めない人族から逃げて・・・逃げて・・・この樹海に身を隠したそうじゃ。」


「・・・・。」


「それからというもの・・・外の世界に怯えた先祖達は、ここから出る事無くひっそりと息を殺して命を繋げてきたのじゃ。」


「それは・・・どれくらい前の話ですか??」


「ん??たしか・・・300年ほど前だと聞いておる。それにしてもまさか、種族の存在自体、人族の歴史から消されているとは思わんだ。」


「そうですか・・・。」


「どうしたの?お兄ちゃん・・。」


苦々しい顔をしていたエストを心配したファルナが、上目遣いで問いかけて来た。


「何でもないよ。心配してくれてありがとう・・ファルナ。」


そう言って、ファルナを膝の上に載せたエストは長老の目をまっすぐ見た。


「お主は不思議な人族じゃの・・・・。不思議と言えば、お主の母親もまた変わった人族じゃの。」


「え?どうしてですか?」


「人族は儂ら獣人族と同じように、魔物を殲滅したいと考えていたようだからの。レッドベアを1頭だけ倒せという課題は、儂からしたら不可思議な課題であり、助かる課題でもあった。」


「どういう事ですか?」


「今から100年ほど前の事らしいが、人族がこの樹海を開拓しようと乗り出した事があったのじゃ。」


「ああ!それは知ってます。橋を架けようと調査に乗り出したけど、この森のレッドベアに・・・・って、そういう事ですか。」


「うむ、儂らはレッドベアとある意味共存しておった。縄張りに入らない限りレッドベアも襲って来なかったからのぉ。」


「え?では今日なぜファルナは襲われていたんですか?」


そのエストの問いに長老は口を閉ざしてしまった。


膝の上のファルナは俯き、フォックとフィンナは寄り添い目に涙を浮かべていた。



そして、しばらく沈黙の時間が流れるのだった。

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